愛と勇気とSDGs(1)
王都を巡回する時は、城から出てすぐの場所にある中央広場を起点としている。
近頃では活動が認知されてきたのか、今日も頑張ってるね、応援しているよと声を掛けてくれる人が増えてきている。部下が入ってからは、移動中に雑談する楽しみもできた。
「ハンナは、前の部署にはどの位いたんだっけ?」
「1年です。最初は内勤だったんですけど、ミスが多くて徴収係に回されて……。そっちでも上手くいかなかったので、拾っていただけて本当に感謝してます」
「ここの部署の方が向いているのかもね。今はバリバリ活躍してるもん」
「そうかな……だとしたら凄く嬉しいです。ありがとうございます」
照れて頭を掻いているハンナは、年上のはずなのにまるで妹のようで可愛い。交代で外に出ることも多いが、やっぱり2人の方がにぎやかで好きだ。
「この辺りにも、トイレがあると便利だと思うんですよね。目安箱でもそういう意見が多いですし」
ハンナが広場の隅を指差した時、どこからか急に怒鳴り声が聞こえてきた。「ケンカだ!」通行人がざわつき、何人かは声のあった方向へと走り出す。
どうやら私たちの出番のようだ。
広場からほど近い商店の前に、人だかりができている。野次馬たちをかき分けて進むと、中年男性が大声で喚きながら店主と思われる男性に掴みかかろうとしていた。
「俺に恨みがあるからって、よくもあんな事してくれたな!」
「おい、一体何の事を言っているんだ……?」
「あの、ちょっと……落ち着いて! 王城に仕える者です、事情を教えていただけませんか?」
ハンナが割って入り、王の署名入りの身分証を提示する。男性は渋々店主から離れていったが、怒りは収まらない様子だ。
「こいつが、俺の家に放火したんだ!」
「何もしていないですから。お宅の勘違いですよ」
「じゃあどうして火の気のない寝室がいきなり燃え出したんだ! ウチの坊主たちがうるさいって文句を言ってたアンタ以外には考えられねぇ」
どうも中年男の被害妄想のようだ。リヒトにお願いして、水晶に映してもらおうかと考えていると隣の家から大きな声が聞こえてきた。
「パパ待って! 僕、燃えるところを見てたよ」
10歳くらいの小さな子どもが男の元に駆け寄ってきた。どうやら息子さんらしい。
「誰もいない部屋の隅っこに、小さい火の玉が集まって火事になったんだ。あれって精霊でしょ? 学校で習ったよ」
正体不明の放火騒ぎは初めての事ではなかった。最近同様の不審火が立て続けに起きている事を話すと、中年オヤジはやっと納得して自分の家に帰っていった。
礼を言う店主に報告書類のサインをもらうと、私達は見回りを切り上げて王城に引き返した。
「今週で4回目の不審火ですか。うち1件は確実に精霊が絡んでいそうですが、残りもその可能性がありますね。でも突然頻繁に起きるようになった理由がわかりません」
エミールが自席で腕組みをして唸っている。事件について意見を聞いたところ、彼にも理解しかねる部分があるようだった。
「王子に報告して、詳しい調査をお願いしようかな」
「それがいいですね。もしかしたら宮廷魔術師たちも動き出しているかもしれませんよ」
彼の話によると、魔法の原動力である精霊は目に見えないだけで普段から人々の生活の中に存在しているらしい。そして非常に気まぐれなため、術者の能力が低いと呪文を唱えても従ってくれなかったり、反対に人間の命令なしに勝手に魔法を発動させることもあるそうだ。
とはいえ、精霊の暴走は頻繁に起きることではないので、やはり気がかりだと言う。私は精霊も魔法も無縁な存在なので全くわからないが、何か事件の匂いがすることは確かなようだった。
◇◆
精霊によるボヤ騒ぎがあった数日後、私はリヒト王子に連れられて街道沿いの野原へピクニックに出かけた。
ここは町からそれほど離れていないのだが、静かで近くに小川があって雰囲気もいいので王都の住民には人気のお出かけスポットらしい。
「アン、このサンドイッチ美味いな! どうやって作ったんだ?」
王子は丘の上に腰掛けるやいなや、昼食を始めた。葡萄酒を飲み、私の手抜き弁当をありがたそうに食べている。
「何の工夫もしてないよ。普通にパンを切ってハムとチーズを挟んだだけ」
この間のクッキーの反省を生かし、怪しい材料は一切使わずに極力シンプルなものにしたのだった。
サンドイッチに手を伸ばそうとしたその時、ふいに後ろから人の気配を感じた。
「そりゃあ、好きな子の手作りなら何でも嬉しいさ。おいしいに決まってる」
「強いて言えば隠し味が効いているのね、愛という名の」
「ちょっと姉上たち、ナチュラルに会話に入ってこないでください」
後ろからお姉様2人が顔を出してくるのを、王子は手で追い払う素振りをした。
「可愛いリヒトと触れ合える貴重な時間だから、公務をほったらかして来たっていうのに。なんて冷たい弟なのかしら」
大袈裟に嘆いてみせているのは下の姉のユリアさん。暗い茶髪のおとなしそうな美人で、いかにも文学少女って感じだ。
「あたしなんて嫁ぎ先から里帰りしてるのに、感謝の言葉もないんだよ」
上の姉のイザベラさんは、言葉では怒っているが口元がニヤニヤしている。金髪で、顔立ちもリヒト王子によく似ている。
「だーかーら、誰も頼んでないって。姉ちゃんたちが勝手に着いてきたんだろ」
王子は普段の余裕のある態度を完全に捨てて、お姉様たちに振り回されている様子だ。
「本当は僕と王子だけのはずだったんですが、これじゃ落ち着かないですよね。せっかくのお休みなのにすみません」
丘のふもとから上がってきたカイルが、スープの入った器を差し出してきた。姉2人と仲良くケンカしているリヒトを尻目に、私の隣に座る。
「賑やかで楽しいよ。確かにこんなに大人数になるとは思ってなかったけどね」
私は器を受け取り、苦笑いをしながら辺りを見渡す。野原には王子とカイル、お姉様たちの他に、前の事件でお世話になった騎士数名が来ている。
「町の近くなのに、ここまで厳重に警備する必要があるのかな?」
「用心もありますけど、リヒト様を見守りたい親心でしょうね。記念すべき初デートですから」
カイルは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
確かに騎士たちはこの前よりも軽装で、徒歩で来ている人もいる。にやけた顔で王子と私の方を盗み見ているのが何よりの証拠だ。
「気晴らしの散歩に行っただけでデートなんて大袈裟すぎだよ。……このスープめっちゃ美味しい! やっぱりプロが作る料理は一味違うなぁ」
地味に一番ビックリしたのは、コックが同行してきたことだった。
私は弁当は必要ないという言葉を、芸人の「絶対に押すなよ」と同義語、つまりは遠回しな催促と解釈した。まさか現地で作るから本当に要らなかったとは。
「王族はいつでも美味しい物が食べられて羨ましいですよね~」
カイルのセリフにも同意だが、どこでも火と水を確保できる魔法の存在の大きさに改めて驚かされた。
この世界は電化製品こそ無いが、魔法のおかげでインフラはかなり整っている。それに魔法道具もあるので、転生してから不便を感じたことはほとんどない。
今日だって、大きなトラブルがあれば部下たちからコンパクト型の通信機で連絡がくるようになっている。私自身が魔法を使えたら、現代日本よりも便利で快適な暮らしすら可能になるだろう。
食事が終わった後、私たちはリヒトの提案で川沿いを少し歩いてみた。日光を反射してキラキラ輝く清流が眩しい。
「あーぁ、こんな日に馬で走ったら最高に気持ちいいんだけどなぁ」
「慣れない二人乗りは危険だし、嫌がるレディも多いのよ。止めてもらって感謝なさい」
ションボリする王子とは対照的に、やたらと態度の大きいユリアさん。私は面白がって質問をぶつけてみた。
「王子は女性の扱いが上手くて大人気ですが、お姉様が手ほどきしたのですか?」
「見事な推理ね、スピード出世をするだけあるわ。そう、リヒトをロマンス小説に出てくる理想の王子様に育て上げたのは、この私」
なるほど、やっぱりそうか。彼を妙にオジサン臭いキザな紳士キャラに仕立てた犯人が、これでよーくわかった。
「ユリアも世の女たちもわかってないな。変に上品ぶるよりも、男らしくバーンとぶつかってきた方がグッとくるじゃんか」
イザベラさんは不満気に口を尖らせた。こちらは顔だけじゃなく、性格も王子に似てストレートで熱血のようだった。




