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新しい仲間たち

 私、佐藤杏子改めアンジェラ=マイヤーが新しい仕事を始めて、3ヶ月が経った。

 日々強さを増していく夏の朝の日差しを浴びながら、今日も職場へと向かう。


 王城に入ってすぐ右手にある小さな部屋の扉には、『住民なんでも相談室』というプレートが掛かっている。私はこの新設して1ヶ月になる部署の室長として、住民の相談を受け付けたり、町をよりよくするための提言を行っている。



「おはよう、今日は2人とも早いね」



 先に出社していた部下たちが、私の声で顔を上げた。



「外回りをする前に、ちょっと調べておきたい事がありまして……」



 1人がそう言って、びっしりと書き込みが入った王都の地図を見せてくれた。



「公衆トイレ設置箇所の候補を考えていたのね。案は今月中にまとまりそう?」


「ええ、この調子ならバッチリです。アンジェラさんが色々アドバイスしてくださったおかげです」


「ううん、ハンナが頑張ったからだよ」



 私の返事に大喜びの彼女は、元徴税官吏(かんり)のハンナ=ミュラー。赤毛がトレードマークで、私より1歳年上の女性職員だ。


 素直な性格なのだが、少し気が弱くピンチの時にうろたえがちな所がある。そのせいで税金の取り立てに失敗して異動になったのだけど、努力家の彼女はここではなかなかの働きを見せてくれている。



「エミールは書類の整理? だいぶ整頓されてきたね。ありがとう」


「本当はもっとキレイにしたいんですけどね。今日はこの位にしておきます」



 20代半ばの銀髪の青年が、メガネの鼻当て部分を中指で上げながら溜息混じりに答える。彼、エミール=クラウゼは隣国の大学を出ている法学者で、専門家目線の意見をくれる貴重な存在だ。


 政治経済や魔法にも詳しいので分からない事があれば大抵答えてくれるが、気難しくてちょっと偉そうなのが玉に(きず)。まぁ年上だし、この部署にはもったいない位のエリートだから仕方ないか。



 私はカウンターの脇から執務スペースへ入り、奥にある自分の席に腰をかけた。机の上に積み上げられた住民からの要望に目を通し、外回りで確認すべき点をメモにまとめていく。

 市壁がボロボロで何箇所も修理が必要みたいだ。路上のゴミも増えてきていて、衛生面も対策しないといけなくなっている。



「自警団設立の打ち合わせは、夕方からだったよね? それまでに色々見ておきたいから、そろそろ出ようか?」



 そうハンナに声をかけた時入り口の扉が開き、よく知った明るい声が飛び込んできた。



◇◆



「アン、お疲れ! 忙しそうだな」



 リヒト王子が片手を軽く上げて挨拶した。皮の鎧に身を包み、腕には小型の盾を装備している。



「ダンジョンを探索するみたいな格好だね。授業はどうしたの?」


「今日から夏休みだから、領地を回ってみようと思ってな。外は魔物も多いし、これくらいは普通だよ」



 そう言って胸を張る王子の後ろから、カイルがひょっこり顔を出した。



「僕も王子に同行しますが、何かありましたら遠慮なく呼んでくださいね!」


「了解! これから外回りだから、助けが必要になったらお願いね」



 彼は王子の護衛だが、私の身辺警護もしてくれている。魔法で自分と私の影をリンクさせており、非常時に駆けつけられるようになっているのだ。



「休み中に領地の視察なんて偉いわね。さすがは未来の王様。頼もしいわ」



 私は少しからかい気味にリヒトを誉めた。彼は本来、遊び好きのチャランポラン王子である。私がこの世界に転生する前にプレイしたゲームの中でも、休みの日には狩りや馬の遠乗り、飲酒に明け暮れていた。



「学校で習わない事を知るいい機会だし。俺もアンに負けてられないからな」



 そう言ってリヒトはにっと笑う。冗談めいた軽い口調とは裏腹に、その目はどこか真剣味を帯びている。私はドキッとして目を逸らした。


 そんな私には気がつかない様子で、王子は室内を眺め回した。



「この部屋も立派な窓口になってきたな。少し前まで埃っぽい倉庫だったなんて思えないぞ。……この百合はアンが生けたのか?綺麗だ」


「侍女のロッテとニナさんからの差し入れよ。たまに遊びに来てくれるの」


「いい友だちを持ったな。感謝しないと」



 リヒトはしみじみとそういった後で突然私の部下の名前を呼び、面食らった様子の2人に爽やかな笑顔で礼を言った。



「クラウゼとミュラーも、アンを支えてくれてありがとう。これからもよろしく頼む」



 彼はそのまま部屋を出ようとしたが振り返り、満面の笑みでこう付け加えた。



「アン、今週末のピクニック、楽しみにしてる。昼食は俺が用意するから、弁当はいらないよ」



◇◆



「リヒト王子、素敵ですよねぇ……。全然威張らないし、誰にでもお優しいし……」



 軽快な足取りで去っていくリヒトの背中を見送りながら、ハンナがうっとりと溜息をついた。


 この国の女性の大半は、熱烈な王子のファンだ。花を持ってきた2人も、居合わせていたら興奮してキャーキャー叫んでいただろう。しかしエミールは別の意見のようで、ハンナの隣で肩をすくめてみせた。



「キザだし、格好をつけ過ぎだと思いますけどね。大体、王子ともあろう方が勝手にフラフラしているなんて感心しませんよ」



 これまでリヒト王子のもとで働いてきて、気が付いたことがある。王子のキザキャラは、サービス精神から来ている周囲の人間へのパフォーマンスに過ぎない。


 本当の彼は、国民を深く愛している熱血青年。フラフラ遊びまわっているように見えるのも、成人前の自由な時期に見聞を広めることが目的なのだ。


 でも私は、エミールに反論するつもりはなかった。多分言っても信じてもらえないし、自分だけが知っている優越感に浸りたい気持ちもあったからだ。


 エミールは私の方をジロリと睨みつけて、非難の矛先をこちらへと向けてきた。



「それよりあり得ないのは、いち家臣が王子にタメ口を聞いていることですよ。大臣に聞かれたら大問題ですよ」


「だってリヒトが嫌がるから……聞かれて困る人の前ではさすがに敬語に変えるけど」



 数ヶ月前にささいな誤解が原因で大喧嘩をした時に、責任を感じたリヒトは罰として敬語をやめてくれと私に頼んだのだった。



「アンジェラさんとお話をしている時の王子って、すごく楽しそうですよね。もしかして、例の噂って本当なんですか?」


「噂とは、どの噂のことかしら……?」



 イヤな予感がしつつも、私はウキウキ顔のハンナに問いかけた。



「やだなぁ、王子とアンジェラさんが恋仲だっていう話ですよ~。他の人には黙っておくから、正直に言ってください♡」



 まだそんな事を言ってる奴がいるのか! 毎度のことながら、呆れて昔のマンガのようにズッコケそうになってしまう。私は力いっぱいに否定した。



「付き合ってません! リヒトとは仕事だけの関係だから、そういう詮索をするのは絶対にやめて」


「えぇ~、あんなに親し気なのに~」



 私は席を立ち、納得いかない様子のハンナの背中を勢いよく叩いた。



「お喋りはもう終わり。外回り行くよ!」


「やだ〜、置いて行かないでください」



 荷物をまとめて外へ出ようとする私を、彼女は大慌てで呼び止めた。

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