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《番外編》噂のベーゼを君に(前編)

 誘拐事件から10日ほど経って、ようやく落ち着いてきたある日。


 私はいつものように、リヒト王子や護衛のカイルと一緒に酒場『冒険者』でリンゴジュースを飲んでいた。



「宰相の処分もひと段落したし、ようやく飲めるようになったな。まだ後任が決まっていないのは痛いが、なんとかなるだろう」



 事件の黒幕である宰相の処遇について詳しくは聞かされていないが、処刑か終身刑になりそうという噂を他所で耳にした。私を攫う際に、王子の護衛であるカイルを襲撃したことが王家への反逆と見なされたらしい。


 リヒト王子からは、「二度とあんな事が起きないようにした」とだけ言われてそれきりである。血なまぐさい話を私の耳に入れないようにする、彼らしい気遣いのようだ。



「休んでいた間に溜まった仕事も、ようやく片付いてきましたよ。王子の方にも迷惑をおかけして、すみませんでした」


「もう敬語は使わないって約束だっただろ」


「ご、ごめんなさい。……あっ、また使っちゃった!」


「仕方ないですよ。急に話し方を変えろと言われても、難しいですよね」



 カイルが助け舟を出してくれた。私に同情したのかと思いきや、どうも目的は別にあるらしい。

 意地悪な顔で、王子を冷やかしだした。



「『君を侮辱した罰だ』なんて言ってましたけど、本当はアンジェラ様との距離を縮めたいだけなんじゃないですか〜?」


「ばっバカ言うな! そんな訳ない」


「カイル君、あんまり意地悪しちゃダメですよ。王子だってお嬢さんと仲良くなるために必死なんですから」



 マスターまで一緒になっていじってきた。リヒトは顔を伏せて、違うんだと言いたげに手を左右にブンブン振っている。



「敬語は少しずつ無くしていくから、ちょっとだけ待ってもらえない?」



私のぎこちないタメ口を聞いて、王子は顔を上げた。



「本当か? 嬉しいぞ」



 この口ぶりではカイルたちの言うことが正解のようであるが、あんまりイジメるのも可哀想なので私は黙っておいた。



「そんな事より、今日はあんまり食べないな。どうかしたのか?」



リヒトが皿を私の方に出してくれるが、料理に手をつける気にはなれなかった。



「疲れてるのかな、何だか食欲がないんだよね。明日はお休みだから、一日ゆっくりするつもり」


「それがいいな。あとは好物でも食べて体力をつけるといいぞ。食べたい物があったら何でも言ってくれ」



 確かに、こっちに来てから食べていない料理はたくさんある。でも、ここで調達できそうな食材って何があるだろう。


 ……そうだ、アレは見たことがあるような気がする。



「チョコレートって、食べた事あります? 好きだけど高価で手が届かないんだよね」


「ドロドロした茶色い薬の事だろ。アンはあんな物が好きなのか? 変わってるな」



 リヒトは味について説明する代わりに、苦そうな表情を作ってみせた。

 そういえば、昔のチョコレートって砂糖もミルクも入っていないマズい飲み物だったって聞いた事があるな。



「ごめん、今のは忘れて。食べ物の差し入れは大丈夫。気持ちだけ貰っておきます」



 私は勢いよく前言を撤回した。気まずいので話題を変えることにする。



「そういえば、元いた世界には年に一回好きな人にお菓子やプレゼントを贈る日があったけど、ここにも似たイベントはあるの?」



 チョコレート繋がりでバレンタインデーの話を振ってみたが、少し苦しかったか。

 王子は少し考えた後でこう答えてくれた。



「そうだな……家族や友人、恋人に花なんかを贈り合う風習はあるぞ。聖人の生まれた日か何かだった気がするが、何だっけな」



 さすが乙女ゲームの世界。恋愛系のイベントはちゃんと押さえているんだな。



「王子は人気だし、たくさん貰えそうだよね。部屋がお花だらけになっちゃいそう」



 リヒトは「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりのドヤ顔で私を見て、大きく頷いた。



「ああ、貰いすぎてじいやに怒られたこともあるぞ。今は贈り物はお断りしているけどな」


「受け付けると大量に届きますからね。でも代わりにファンの方全員と握手をしているんですよ。リヒト様ってばマメですよね」



 以前ニナさんが「リヒト王子はこの国のアイドル」って言ってたけど、あれはマジだったのか。握手会まで開いているとは、恐れ入った。



「プレゼントなんて、握手する時のレディの笑顔だけで十分だからな」



 王子はふふんと自慢げに笑った。久しぶりにキザ全開である。



「でもコイツも案外モテるんだよ」



 リヒトは憎々しげにカイルの方を指差した。



「護衛でついて来てるだけなのに、いつの間にか学院の女子から色々貰ってたんだぞ」


「話をしたこともないような子から高価なプレゼントを頂いた時には、困りましたよ」



 カイルは嬉しそうにニヤニヤしている。この子、可愛い顔してるからな。黒目がちな瞳は、子犬のようでどこか惹きつけられるものがある。優しいけど少し影のある雰囲気もポイントが高い。

 王子は納得いかないようだが、確かにこの手の男子は密かに人気だ。



「レディの扱いの丁重さは、俺には敵わないけどな」



 こう言って、王子は自信満々にマウントを取りにかかった。まぁ確かに、ゲームでのカイルの無愛想っぷりを見ていたら、全方位に優しいのはリヒトかなと想像はつく。



「リヒト様はお姉様が2人もいらっしゃいますから、女性には慣れてますもんね」



 大人なカイルはマウント合戦には乗らず、笑顔で肯定する。

 王子に兄弟がいる話は初めて聞いた。



「お姉さんがいるんだ、どんな人だろう。一度お会いしてみたいな」


「やめておいた方がいいぞ。姉貴といるとロクな事が起きねぇからな」



 リヒトは憎々しげにそう言った。きっと嫌なエピソードがたくさんあるに違いない。ちょっと気になるが、今は詳しく聞くのはよしておこう。



「それより、さっきの話でいい事を思いついたぞ」



 お姉さんの話を避けるためか、話題が元に戻る。



「少し時期はズレるが、日頃の礼も兼ねてアンに何か贈るよ。何を貰えるかは当日までのお楽しみだ」



 王子はそう言って、お得意のウインクを決めた。



「じゃあ私もお菓子でも作ろうかな」


「いいな〜。僕もプレゼントしますので、アンジェラ様のお菓子をいただけませんか?」


「オッケー! じゃあ1週間後に皆で一斉に交換ね」



 こうして私たちは、季節外れのバレンタインプレゼントを贈り合うことになった。



◇◆



 そして約束の日。私たちは再び酒場に集まり、各々のプレゼントを交換した。



「香ばしい匂いがするな。焼き菓子か?」


「クッキーを作ってみたの。ちゃんと試食したから、味の方も保証済みだよ。

2人のは何かな? 開けてみてもいい?」


「いいぞ。俺もアンの反応が見たいからな」


「僕のプレゼントも開けてみてください」



 リヒトのプレゼントは大きな箱に入っていて、ずっしりとした重みを感じる。それに対してカイルからのは、片手に収まるサイズの小さな軽いものだ。


 私はカイルの方から開けてみた。



「これって……指輪じゃない!」



 付き合っている訳でもない女子に、指輪は重くないか。カイルは、私が若干引き気味であることに気づかずに笑っている。



「アンジェラ様にちょうどいいと思って。試しに今着けてみてくださいよ」



 私はあまり気が進まなかったが、断るのも悪いので仕方なく嵌めてみた。その瞬間、指輪全体がキラキラと輝きだす。

 光が消えた後、私は自分の体が軽くなったのを感じた。



「着けるだけで回復できる魔法道具なんです。この間はお疲れのご様子でしたからね。窓際に置いて3日間、月の光を当てれば繰り返し使えますよ」


「めっちゃ便利じゃん、ありがとう〜! さてさて、リヒトのはどうかな〜♪」



 包みを開くと、鉢植えの木が入っていた。よく見ると小さな金色の実がいくつもあって可愛らしい。



「ありがとう。ちょうど部屋に観葉植物が欲しかったんだ。見た事がない木だけど、珍しいやつなんじゃない?」


「こいつは黄金の実がなる木でな。今はまだ小さいけど、ちゃんと育てれば金貨くらいの大きさに育つんだぞ」



 予想もしていない答えに、思わず木を凝視してしまった。卓上サイズの植木にしては重いと感じたが、まさか金の重みだったとは。リヒトは満面の笑みで言った。



「最近のアンの活躍は目覚ましいからな。遠慮せず受け取ってくれ」


「あ、あざーす」



 私は困惑のあまりおかしな言葉遣いになってしまった。なんだろう、この猛烈なコレジャナイ感は。これは、プレゼントって言うより臨時ボーナスの類なんじゃないのか。


 きっと高価であろうプレゼントを前にして、「正直もうちょっと色気のある物を期待していました」とは言いづらいので私はありがたく頂戴することにした。



 おっかしーな。リヒト王子って私に気があるのかと思っていたけど、ただの思い違いか。

 ただの部下として見てもらった方が、間違いなく仕事をしやすいのだが、なぜだろう。私は一抹の寂しさを覚えた。

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