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火事と喧嘩は異世界の花(4)

 誘拐事件翌日の夕方。散歩をするため部屋から出ようとした時に、私はリヒト王子と遭遇した。どうも、学校帰りにお見舞いに来てくれたようだ。


 リヒトは手に抱えていた紙の箱を私に差し出した。



「これ、焼き菓子だから食欲がある時に食べて。もう横になってなくても平気か?」


「ありがとう。体は、お陰様ですっかり大丈夫です。

一日ずっと寝ていたから、だいぶお腹が減っちゃって。お菓子は後で大事に食べますね。」



 心配そうな様子のリヒトだったが、私の笑顔を見て安心したのか、ほっとした表情を浮かべた。


 そのまま帰ろうとするリヒトを誘って、私は一緒に城の外へ出た。

 謁見や陳情、城での仕事が終わって町の方へ帰って行く人など、城門には多くの人が行き交っていた。日が完全に落ちてしまうまでには、まだ少し時間がある。


 町の中心部を離れて人がまばらになった時、私とリヒトは、ほぼ同じタイミングで謝罪の言葉を述べた。



「元はと言えば、俺が変な事を言ったのがいけなかったんだ」


「ううん、こんなのお互い様です」



 確かに彼の方が先だったが、私だって相手の話を聞かずに一方的に対話を拒否したことには変わりない。普段、人の話を聞いて落とし所を探る仕事をしているのに、プライベートでケンカをしたら全然冷静に話をする事ができないなんて。



「コミュニケーションって、一番必要な時に感情が邪魔をしてできなくなる物なんですね」


「その通りだな。間違いない」


「仕事を通じて成長したつもりになっていたけど、まだまだ全然未熟者だな、私。なんだか恥ずかしいです」


「私、じゃない。俺たち両方だよ」



 私たちは、顔を見合わせて笑った。



「ここからそんなに遠くない所に、アンに見せたい物があるんだ。でも、今日じゃなくてもいいから無理するなよ」



 そう言って気遣うリヒトに、まだ余裕だからもう少し歩きたいと思っていたと伝える。



「アンを攫った犯人の事、誰かに聞いたか」



 リヒトはためらいがちにそう尋ねかけた。私が黙って頷くと、彼はそのまま言葉を続けた。



「アイツは国王にうまく取り入って出世したんだが、最近権力を盾にやりたい放題し始めて。他の大臣の意見も無視して、ワイロを渡す人間の言うことばかり優先するようになってきたんだ」



 だから、自分を無視して住民の要望を通した私を消そうとしたのか。私は納得した。



「親父には前々からクビにしろと何度も言ってたんだが、ガキの言うことだ、まともに取り合ってもらえなかったよ。今回の件でさすがに処分があると思うがな。

予兆はあったのに、守れなくてアンには申し訳なかったと思っている」


「そんな事ないです。リヒト王子もカイルも、全力で私を守ってくれたじゃない」


「そう言ってもらえると救われた気がするよ。ありがとうな」



 王子は少し苦笑いしたような声で答えた。



「カイルから、アンが大臣に脅されたって聞いたぞ。仕事を辞めたいとは、思わなかったのか?」



 気遣わしげな口調で、王子が尋ねてきた。大臣から、民衆の方だけを見るなと言われたことを思い出す。私は軽く首を振った。



「住民に一番近い現場の人間が、その声を上に届けるのは当然の義務じゃないですか。

私は私のやるべき事をやる。判断は王様やリヒトにしてもらえばいい。だから、絶対に退くべきじゃないと思ったんです」


「やっぱり、アンはかっこいいな」



 王子は感嘆したような溜息をついた。そして一呼吸置き、真剣な表情で真っ直ぐに私の瞳を見据えた。



「俺、決めたよ。

今はまだ青二才だけど、いつか絶対にアンに相応しい王になる。だからずっとここにいて欲しい」


「私はそんな大層な人間じゃ……」



 そこまでのリアクションが帰ってくると思わなかったので、私は言葉を詰まらせた。

 でも必要としてもらえて嬉しい。俯いて一人で喜びを噛み締めていると、ふいに王子の声がした。



◇◆



「ここだよ」



 そう言われて着いたのは町外れの小さな公園だった。ベンチと花壇以外には遊具などは何もないが、何本か木が植えられている。少し薄暗くなっていて見にくかったが、木々には私がよく知る花が咲いていた。



「こっちの方が、よく見えるか」



 そう言ってリヒトが右手を振ると、いくつもの蛍のような小さくて淡い光が木の枝に灯った。



「これって……」


「アンの元いた世界にあった、サクラの木に似てるかなと思って。どうだ、少しは似てるか?」


「うん、そっくり……」



 日本で見た桜よりも、花の数がまばらで華やかさはないが、その花の色や形は紛れもなく桜だった。


 こぼれそうになった涙をリヒトに見られないように、さりげなく拭う。私が意識しないようにしていたホームシックを、彼には悟られたくなかった。



「まだ、町の外には出た事がなかったよな。今度休みが取れたら、近くの河原までピクニックに行こうか」


「嬉しい、楽しみにしてます」



 私の答えを聞いてリヒトの顔がパッと輝いたが、次の瞬間には懇願するような瞳で私を見つめてきた。



「この前は、レディを侮辱するような事を言って悪かった。本当に済まないと思っている」


「何度も謝らなくても大丈夫ですよ。誤解を生む事をした自分もいけないかったし」


「いいや、俺がどうかしていたんだ。アンはそんな女性じゃないって分かっているはずなのに。頭が真っ白になって、とんでもない暴言を吐いてしまった」



 それって、つまりはヤキモチって事? リヒトってば、もしかして私のこと……



「こんな言い訳しても許されないと思ってる。もう遅いかもしれないけど、気が済むまで殴るなり罵るなりしてくれ!」



 頭がぐるぐるして、胸の高まりが抑えられない。リヒトは謝るのに必死なあまり、私がそれどころじゃないことに気づいていないようだ。



「もういいから、ほら顔を上げて?」



 両肩を掴んで無理やり起こそうとすると、目が合った瞬間に燃えるような瞳でじっと見つめられた。顔から火が出そうな私に、ゆっくりとその瞳が近づいてくる。



「はーい! 今日はそこまで!」



 カイルがなぜか影からではなく、公園の隅の生垣からひょっこりと出てきた。



「もう夕飯の時間ですよ。

こんなところでイチャイチャしてたら、町の人に見つかって大変なことになるからお止めなさい!」


「カイル! 一体どこに行ってたの?」


「アンジェラ様がお休みになっているうちにと思い、武器の手入れをしていました。ご心配をおかけしてすみません」


「お前、あえて遠くから見てたな!」



 顔を真っ赤にして掴み掛かるリヒトに対して、カイルは飄々とした様子だ。



「さすがに魔法で盗み聞きするのはマナー違反ですからね。王子こそ、人には怒るのに自分は抜け駆けなんて卑怯ですよ〜」



 二人とも、口では言い合っているがどこか楽しそうである。私は横からそんな彼らを見守っていた。


 ここが自分の仕事場であり、家だ。この世界は安物の恋愛ゲームに過ぎないけれど、自分にとっては紛れもないリアルなのだ。


 私はここで生きていく、そう心に誓った。

これで第1章完結です。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。引き続き、番外編と第2章をお楽しみください。

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