暗黒騎士カイル(3)
よく晴れたある日の正午過ぎ。この日は、窓口に苦情を寄せた人に案内されて問題のお宅を訪問することとなっていた。
苦情の内容は、個人宅の庭に植えられた木の枝が道路上にまで伸びて、通行のジャマになっているというものである。
着いた場所は、貴族の邸宅が立ち並ぶ中で一番端の古い家だった。
面積はそれほど大きくないが、庭に植物が所狭しと植えられている。その中でもとりわけ大きい木は、枝が塀を越えて何本も外に出てしまっていた。
木の主は、いかにも頑固そうな高齢の男性だった。
「私、王城に仕えている者なんですが、こちらの木の枝が迷惑だという意見がきまして。家の外に出ている部分については、恐れ入りますが切っていただけないでしょうか……」
路上に出てしまっている枝を指差しつつ、私は深く頭を下げた。直接やり合うと余計なトラブルの元になるので、依頼主には少し離れた場所に身を隠してもらっている。
「突然やって来て何を言う。そんな事をしたら、この木がかわいそうじゃないか。
あんたにこの子の何が分かるっていうんじゃ、けしからん」
案の定、簡単には要請に応じてくれない。私は作戦を変えることにした。
「この枝がね、歩いていると頭に当たるって苦情が来たんですよ。あなたも外に出て、試しに道を通ってみてもらえませんか」
「そんな事あるもんか。でもそこまで言うならいいぞ。やってやろうじゃないか」
男性は私と一緒に外の道まで出てくれた。正面の大きな道路から家の脇の狭い道に入ると、彼は苦々しげな声を上げた。
「なるほど、かがむか手で枝を払わないと通れんぞ。普段は使わないから気づかなかったわい。でもこんな道、通る奴はいないじゃろう」
「それが結構いるらしいんですよ。向こうの大きい道に繋がっているから、抜け道として使われているみたいです。
伸びて通行の妨げになっている部分だけ、切っていただけるとありがたいのですが……」
再び玄関の前へ戻ると、私は最後の一押しに入った。
「でも立派な木ですよね。これだけ育つには相当な年数がかかるんでしょう。
残念に思う気持ちはわかるので、本当に申し訳ないのですが、人助けだと思ってどうかよろしくお願いします」
老人は木を誉められて明らかに気を良くしたようだった。顔つきが大分緩んできている。
「そんなに頭を下げなくてもよいわ。いい方法があるから、よーく見ておれ」
そう言って木の方へと再び近寄ると、幹を大切そうにさすりながら何やら唱え始めた。すると、道にはみ出していた枝がするすると曲がり始めて、全部すっぽりと庭の敷地に収まる形へと変わっていった。
突然の出来事に目を丸くした私に向かって、じいさんは自慢げにこう語った。
「これは樹齢300年の霊木でな。代々世話をしているから、ワシの言う事が分かるんじゃよ〜。
この木の良さが分かるなんて、お主もなかなかやるのぉ。どうじゃ、中で一服しながら詳しい話を聞いて行かんか?」
「いえ、次の仕事があるので……ご協力ありがとうございました。これで失礼します!」
まだまだ語り足りなさそうなじいさんを振り切り、私は一礼して立ち去った。
◇◆
外で待っていた依頼主に事の顛末を報告して書類にサインをもらい、仕事は完了となった。依頼主と別れると、姿の見えないカイルが私の頭に直接話しかけてきた。
「見てましたよ〜、鮮やかな手際でしたね。
他の役人なら、真っ先にナントカ法の第何条に違反するから改めろって、法律を振りかざす所ですよ。それを別のアプローチで解決するなんて、さっすがアンジェラ様!」
「法律を持ち出すと反発して意固地になる人が多いからね。それは最後の手段。
話を聞いて、相手の気持ちを理解してますよーって姿勢を見せつつ、冷静にさせる事が優先。そうすれば、向こうから解決方法を考えてくれる事もあるからね」
しかし枝が自由自在に変形できるとは想定外だった。できるなら最初からやってくれよ、と言いたくても言えないのがこの仕事の辛いところである。
まだ仕事は残っているけど、少し寄り道して帰ろう。私は通りやすくなった抜け道から大通りへ行き、そのまま市場へと足を進める。市場では野菜や果物など様々な商品が売られていた。
パンとアスパラガス、リンゴを両手に抱えた私にカイルが再び話しかけてくる。
「さっきのような手法は、アンジェラ様が元いた国ではよく使われているのでしょうか」
「そうだね。昔は違ったみたいだけど、最近はクレーム対策で色々工夫してるから。でも前世では全然上手くできなくて、空回りすることの方が多かったんだ。かえって火に油を注いだことだって、何度もあったよ」
最近になって、ようやく少しずつ上手にやれるようになってきた気がする。前職は自分に合わないと思っていたけど、気づかないうちに仕事を通じて成長できていたのかな。
あのまま役所に残っていれば、仕事ができるようになっていたのだろうか。そんな考えが頭をよぎる中、私は大切な事に気がついた。
「きっと、リヒトのお陰だ。」
私はぽつりと呟いた。
「リヒトが私を信じて仕事を任せてくれたから、私も自分の力を信じることができた。いい意味で、肩の力を抜くことができるようになったんだろうな」
リヒトにお礼を言わないといけないな。
ここへ来たばかりの時にはゲーム内の作り物にしか見えなかったリヒトだか、いつしか私にとって大切な仲間になっていた。
花屋に並ぶチューリップは蕾を膨らませて、今にも花開こうとしている。ここの世界にも、春が来ようとしているのを私は感じた。




