暗黒騎士カイル(2)
ロッテから依頼のあった、行方不明の猫探しは予想以上に難航した。
城下町で猫がよく集まる場所を教えてもらって順番に当たったが、それらしき猫は見当たらなかった。
「オスの白猫でイエローとアクアのオッドアイ、首にはタグ付きの紺色の首輪かぁ。すぐに分かりそうなんだけど……」
「これだけいるとどれも同じに見えますね。首輪だって取れちゃってる可能性がありますし」
私は町の中央広場で、カイルと2人で立ち尽くしていた。
カイルとはテレパシーで会話をしていたのだが、途中でこちらに応援に来てもらった。そして2人で手分けして探したのだが、手掛かりが掴めずに途方に暮れていたのだ。
陽が傾いて肌寒くなってきた。市場が撤収して人がまばらになった広場に、冷たい風が吹きつける。
「猫の特徴をまとめた貼り紙を作って、町中にばら撒いた方が確実かもよ。
今日はもう遅いから一旦退却しよっか」
早くお城に戻ろうと、来た道を引き返そうとした私に向かってカイルは首を振った。
「アンジェラ様、必ず見つけますからあと少しだけお時間をいただけませんか」
私は半信半疑のままカイルに連れられて、広場に面した市庁舎の横から建物の裏側へと回り込んだ。しばらく進むと、開けたところに出る。
業務時間外の市庁舎の裏庭は薄暗く、人影もなかった。
彼は目を閉じて両腕をまっすぐに伸ばし、おもむろに何かをぶつぶつと唱え始めた。すると彼の立っている場所を中心に、地面が見たことのないような黒い光を放ち、魔法陣のようなものが浮かび上がってきた。
「汝、我が命に従い此処に来たれよ」
最後にそう言うとカイルは手をそっと下ろした。地面が光を失い、元の状態に戻る。
カイルがこちらに振り向き、
「もうすぐ猫ちゃんが来るはずです」と言ったか言わないか位のタイミングで、白い猫が物陰からこちらへと飛び込んできた。
慌てて両手で抱き止めると、猫は人懐っこい目をこちらへと向けてきた。ロッテから聞いたとおりの特徴で、首には紺色の首輪を付けている。私はタグを見てこの子だと確信した。
◇◆
私たちはその足でロッテの実家へと向かい、彼女の両親に猫を渡してきた。
「もう、見つからない事を覚悟していました。本当にありがとうございます!」
家で夕飯を食べて行かないかという誘いを断り、カイルと一緒に家路につく。
「お陰で助かったよー! ありがとう。
さっきのは、やっぱり魔法? 素人には何が起きたかサッパリだけど、凄いね!」
私は若干興奮気味にカイルに話しかけた。
カイルはいつものドヤ顔をするかと思いきや、少し決まりが悪そうな表情である。
「暗黒魔法を使って話しかけてみたんです。猫は魔族の仲間と呼ばれる位、親和性が強いのでコミュニケーションが取りやすいのですよ。
でも日が出ている間は使えないので、見つけるのが遅くなってすみませんでした」
「謝らなくていいよ。むしろ感謝してるし。
でも、こんな便利な術があるのなら最初から言ってくれればよかったのにな」
「できれば使わずに終わらせたかったんです。人前でやると、いつも気味悪がられますから」
カイルは突然足を止めた。夕闇に染まる彼の顔が別人のように歪む。
「通常の魔法、いわゆる四元素魔法と呼ばれるものは精霊に呼びかけて、使役することで発動できます。しかし暗黒魔法だけは特殊で、本来は魔物しか使うことができないと言われています」
じっと下を見つめたまま、険しい口調でカイルは自嘲した。
「この国では、代々王族の護衛をしているうちの一族のみが使用できるんです。
でも古くから忌み嫌われているので、暗黒魔法も一族の存在も隠されていて知らない人も多いんですよ」
「王家を守る影の存在、か。カイルは忍者みたいな立ち位置なんだね。
カッコいいよ!」
「ニンジャ……ですか。あなたがいた国では、ニンジャは差別や迫害を受けることはないのですか?」
『カッコいい』という私の言葉が信じられないのか、疑いの眼差しで問いかけてくる。
「忍者については、私も本とかアニメでしか見た事がないから何とも言えない。
……でも、王様を守るって大役じゃん。
暗殺されて国が混乱することを考えたら、差別どころか感謝されるべきだよ。周りが何と言おうと、カイルは胸を張って役目を果たせばいい」
少なくとも王子はそう思っているはずだ。
「アンジェラ様」
考えている最中に呼ばれ、はっとする。
「あなた様なら、そう言ってくれるんじゃないか。そんな気がしていました。
ありがとう」
その時私は、カイルの笑顔を初めて見た気がした。
ゲームでの彼は、聖女と出会った直後からエンディングまでずっと、張り詰めたような深刻な表情のままだった。
転生してからは何度か笑う声を聞いたが、テレパシーでの会話だったので、顔を見ることはできなかったのだ。
こんなに、可愛い顔をしていたなんて。
少年のような無垢な笑顔に、私は思わずキュンとしてしまう。カイルの年齢を知らないけど、意外と年下なのかな。
「そうだ、これを。
これさえあれば、たとえ地の果てでも私はアンジェラ様の元に駆けつけられます」
カイルがマントの内側から取り出したイヤリングを、私は受け取る。赤い木の実のような球体が揺れる、可愛らしいデザインである。
カイルはそのまま跪いて私の手を握り、軽く口づけするとこう言った。
「僕はあなたの影です。命を懸けてでも、必ず守り抜いてみせる所存です。
我が愛しの姫君」
ひゃーっ。私は、自分の顔が物凄い勢いで上気するのを感じた。
手にキスなんて、マンガやゲームでしか見たことがないよ! まさか自分の身に起こる日が来るなんて。
「だから姫はやめてって!」
私は、照れ隠しにわざと強い口調で叱った。
◇◆
王子が立ち上げた『住民トラブル相談窓口』には、その後数日間は1日につき1件前後の相談しかなかった。また、内容も探し物や迷子など窓口の趣旨から外れたものばかりだった。
しかし、口コミで評判を呼んだのか、日を追うごとに少しずつ件数は増加していった。そして、本来の目的である住民同士のトラブルの仲裁依頼もぽつりぽつりと舞い込むようになってきたのである。




