52Hzの鯨
52ヘルツの鯨(52ヘルツのくじら)は、正体不明の種の鯨の個体である。その個体は非常に珍しい52ヘルツの周波数で鳴く。この鯨ともっとも似た回遊パターンをもつシロナガスクジラやナガスクジラと比べて、52ヘルツははるかに高い周波数である。この鯨はおそらくこの周波数で鳴く世界で唯一の個体であり、その鳴き声は1980年代からさまざまな場所で定期的に検出されてきた。「世界でもっとも孤独な鯨」とされる。
1 Forever
「世界は小さな籠だ」と呟くとする。誰かがそれを聞きなにを思うだろう。大抵の人は恐らく聞き流すか頭のおかしな奴がいるとしか思わない。
でももしかしたら、この3両編成の電車の中だったらいるかもしれない。「それはちがうよ」と呟く人が。
ときどきいやほとんど毎日だが自分がなにをするべきか、するべき事があるのか分からなくなる。見慣れた景色はモノクロに変わり自分の背景は真っ白だ。これがもし少年漫画の見せ場、ここぞという時の見開きなら心が踊る名シーンとなるのだが、ページを何度めくっても同じシーン、同じ見開きの漫画が面白いわけがない。
つまりはそれが僕の毎日。落ち着いた日常とは退屈な日々とイコールなのだと、そしてそれは決して幸せとは思えない現実なんだと言いたげな顔をした人たちの中に僕はいる。
簡単に言えば刺激が足りないのだ。
何かを変えようと思ったことは何度かある。資格を取ってみようとしたり、YouTubeを見漁ったり、YouTuberになろうとしたりと恐らく誰もが考えそうなことを一通り目を通しベッドに投げ捨てた。
夢の無い大学二年生 橋本龍馬それが僕だ。今までの人生が役に立つというのならそれは恐らく履歴書を書く時ぐらいだろう。長ったらしく書く必要がないからだ。実にシンプルでわかりやすい。読んだ人に俺がどんな人間か3秒でわかる。「凡人」だと。
大学からの帰り道、いつものように音楽を聴いて帰っていた。1日の中で1番好きな時間だ。真っ白の1日に色のついた下敷きをポンッと置いていってくれる気がするからだ。その透けたカラーの下敷き越しに見た街並みはまるで別世界。そのアーティストが作った街。それを僕は籠の外から覗いて楽しむんだ。
「ピーピー、、、プツッ」
右耳のイヤホンからそう聞こえたと思えば音楽が止まった。
「はぁー、、」
ため息をつきながらイヤホンを外した。
バッテリーが無くなったのだ。
去年買ったBluetoothイヤホンで1万2千円するそこそこいいやつだ。僕の金の使い道といえばゲームかそれくらいで服や食事といったところには興味はなく音楽を出来るだけいい音で聴くということくらい。金銭的にギリギリ買えるのが今のイヤホンだったというわけだ。
普段なら絶対にこんなミスはしないのだか大学のテスト勉強を夜遅くまでしながら音楽を聴いていた時そのまま寝落ちをしてしまったため充電をする時間がなかった。
久々に街の音を聞いた。人の話し声、電車の走る音、踏切。どれもあまり好きにはなれなかった。
ひとりぼっちを実感するからだ。
最寄りの駅を降り歩き始めた。
改札を出てすぐの信号を渡り、15分ほど歩いたところに白い塗装で塗りたくられたアパートの二階。そこが自宅だ。
その道中は約二曲分か三曲分、ストレスが溜まっていると足を止め気が済むまで音楽を聴いたりした。しかし、今回はそれが出来ない。
「さっさと帰って充電しよ」
そう思い早歩きで帰ることにした。
5分ほど歩いた時の事だった。どこからか音楽が聞こえてきた。さほど気にはしなかったがそれがスピーカーからではなく誰かがギターを弾いているのだと気づいた時、ふと足を止めた。
どこから聴こえるのかわからない。近いようで遠いような大きいようで静かに流れているメロディにやがて透き通るような歌声が呼応する。
どれくらい聴いていただろうか
なにを考えていただろうか
その間呼吸はしてたのか
道路の大きさには適さない速さの車が横切った時我にかえる。大きく息を吸った。
視野の端に映った草木の緑に目を移し、そしてゆっくりと歩き始めた。
2 旅人
今日は日曜日。休みにやることといえば相変わらず音楽を聴くこと。そしてもう一つ、腹が減るかトイレに行きたくなるまで一日中ゲームをすること。典型的な現実逃避人だ。それらは僕を孤独にはしない。今の僕に辞められるわけがなかった。
「おつかれー」
ゲーム用のヘッドセットから声が聞こえた。
たつま「おつかれ」
ほぼ同じテンションで言い返した。
「どうする、バトロア??」
たつま「いいよ」
ゲーム仲間の荒木は高校の同級生。とくに気を使わない、なにも考えずに過ごせる友達だ。
四時間ほどぶっ続けでゲームをし、そろそろ腹が減ったなと思い始めた頃
荒木「新作買った??」
荒木「先週の火曜発売日だよ?」
新作のソフトの話題を振ってきた。
ずっと買おうと思ってたやつが発売したと言う報告だった。
荒木「俺もう買ったよ?発売日チェックしとけよ!」
たつま「これ終わったら買いにいくよ」
今日は外に出るつもりは無かったが正直欲しかったので止むを得ず出かけることにした。
最近のゲームはほとんどダウンロードできるのだが僕は飽きたら売るのが定番なのでパッケージ版を買うようにしている。
たつま「ちょっと行ってくるわ、今日はもう入らないと思う」
荒木「いってら!」
ゲーム機の電源を切り、簡単に支度をし家を出た。ゲームショップは駅前のビルの二階にある。
ほぼ全てのソフトをここで購入してるため、店員さんに顔を覚えられる始末だ。
「いらっしゃいませー、、あっこんにちは!」
僕は軽く会釈をして店内を回った。
目当ての新作があるのを確認しつつ、旧作を眺め新作を手に取りレジへ向かった。お会計を済ませ店を出ると駅ビルが見えた。
去年までは小さな駅だったのだが3年近くの工事を終え、そこそこ大きな駅ビルに変わった。
そのため人口も増え祝日はいつも人でいっぱいだ。
階段を降りながら人混みを眺めていると細長いバッグを背負った男が1人広場に突っ立ってるのが見えた。
たつま「なんだあいつ」
近づいてみると男が背負ってるのがバッグではなくギターケースだということがわかった。
男はそのギターを取り出してチューニングを始めた。
たつま「こんなとこで弾く気かよ」
たしかに駅は大きくなったが路上ライブをやるような場所では絶対なかった。
男は大きく深呼吸をしてから少し笑みを浮かべ右手を上げたと思ったら勢いよくギターをかき鳴らし始めた。
「なんなんだこいつ、、」
そう口にしたのは僕だけじゃなかった。
当然だ。誰がどう見てもこいつはヤバいやつだ。
男がかき鳴らす音は気づけばなにかのメロディに変わっていた。
カシャカシャと音が変わった瞬間、街の音を飲み込む様な声で歌い出した。
男はまるでヒーローが悪者を倒した時の様な表情を浮かべギターを掲げた。少なくともこの場の誰よりも自由に見えた。
騒動を聞きつけた警察官が2人走ってくるのが見えた。男は警察官に気づき慌ててギターをしまい走り出した。
男「またくるわ!!!」
なんだったんだあいつ、、
そう思いながら男の立っていた場所に近づく何か落ちているのが見えた。
たつま「なんだっけこれ」
たしかギターを弾く時に使うやつ、名前は分からなかった。男が落としたのは間違いなかったし走って行った方向が帰り道だったこともあり持って行くことにした。
10分ほど歩いたところで男が膝に手をついて息を荒げているのを見つけた。
たつま「あのー、、これ落ちてました
あなたのですよね?」
男「え?はぁはぁ
あーピック、、ありがと」
男「聴いてたの??どーだった?!」
少し興奮した様子で話しかけてきた。
たつま「すごいですね、あんなところで
とても真似出来ないです」
男「そっか、、ありがとう!!」
褒めている訳ではなかったがあえて言わなかった
たつま「なんであんなことしたんですか」
男「いや、あの辺のやつら、、はぁはぁ
刺激が欲しそうだったからさ、、
俺がプレゼントしてやった」
そういうと、また笑った
どおりでヒーローみたいな顔をする訳だと理解した。同時に少し自分の心を覗かれたみたいで嫌な気持ちになった。
たつま「あなた誰ですか?」
苛立っていた。自分とは明らかに正反対の男が僕よりも自由に伸び伸びと生きているのを見せつけられて自分を否定された気がしたからだ。
せいや「高杉せいや、、旅人です」
せいやは小さく笑った。
僕は聞き覚えのある声だと一瞬考えピックを差し出した。
せいや「ありがと、お前は?」
赤い夕日が2人を照らしていた。
僕が名乗ると
せいや「そっか、、またな!」
そう言って歩き出した
たつま「帰ってゲームしよ」
そう呟いて僕も歩く
新作のソフトを握り締め
彼がたつまに忍ばせたプレゼントに気づかぬまま
3 クラスメイト
大学に向かう電車の中、僕は昨日のことを思い出していた。せいやはなにをしてる人なのだろうか。まさか本当にただの旅人だったのだろうか
この時代にそんな人いるのだろうか。
あの歌はなんていう歌だろう。
気がつけば昨日のことで頭がいっぱいになっていた。考えるのはやめよう、そう思いながら電車を降りた。
大学は自宅から電車で一本のところにあった。
家を出てから電車で20分くらいのところにある。
通学にはちょうどよく、家賃も安かったのもあって今のアパートに一人暮らしをしている。
キャンパスに着くとどこからか聞き覚えのある自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
せいや「たつま〜!」
そこにいたのはせいやだった。
僕は驚いて言葉を失った。
たつま「せいやさん、、
なんでここにいるんですか?!」
せいや「いや、俺ここの生徒だから!
先週やっと引っ越し終わって今日からなんだ」
たつま「え??せいやさんって何歳ですか?」
せいや「18だよ?」
たつま「年下だったんだ」
少し損をした気分になった
せいやは今日もギターを背負っていた
たつま「ギター、、いつも持ち歩いてるの??」
年下とわかった途端タメ口かって思われたくなかったが敬語を使い続ける気にはなれなかったので出来るだけ丁寧に聞いた。
せいや「そうだよ!また聴きたかったらいつでも 聴かせてあげるから言ってな!」
せいやはタメ口をやめる気はないらしい
たつま「歌手目指してるの?」
せいや「そう、武道館行くんだ」
真っ直ぐなやつだった
少し古臭くも感じた
そして僕はこの古臭さを嫌いにはなれないとなんとなく思った。
たつま「じゃあさ、何か弾いてよ」
せいや「いいよ、なにがいい??」
たつま「昨日みたいなのよりゆっくりなやつがいいな」
せいや「よし、、それじゃあ、、」
少し考えてからギターを取り出しゆっくりと弾き始めた。キャンパスの広場でギターを弾くやつなんて見たことがない。しかし僕は昨日ほどせいやを変な奴だとは思わなくなっていた。
こいつならやるよな、、昨日会ったばかりのやつを少し理解し、そう思ってた自分に少し驚いた。
どお?
そんな顔でせいやはこっちを見ていた
たつま「思い出した」
昨日からどこかで聞いた声だと思っていたのが今気がついた。イヤホンのバッテリーが切れた帰り道、聞こえた歌声の正体がせいやだと。
たつま「いい、、なんて歌?」
せいや「ミスチルのクラスメイト」
青空の真ん中にある時計からチャイムが鳴った
僕らは慌ててそれぞれの授業に向かう。
今度は僕が先にまたねと言って。
4 花
大学を終えて家路に向かう時、ふと辺りを見渡した。駅のホームを歩き車両の窓を覗きながら歩いていると2両目の窓からギターケースが頭を出してるのを見つけた。
慌てて電車に駆け込むとギターを抱えて座席に座ってるせいやと目があった。
せいや「え?誰かとおもったらたつまじゃん」
「なにしてんの??」
たつま「いや、俺もこの電車だから」
「この前、、ピック?渡した場所
あの辺に住んでるんだよね」
せいや「なんだ!めちゃくちゃ近いじゃん」
「俺もあの辺だよ」
そんな会話してる時、電車が動き出した
僕はたつまの座っている前のつり革に捕まりサラサラとした布で出来たようなギターケースを見ながら話をしていた。
たつま「しってるよ」
せいや「え?!なんで知ってるん??」
「もしかしてあの時つけて来てたの??」
たつま「ちがうよ、前にあの道通った時に聞いたんだ、ギターの音と歌ってる声」
「多分だけどあれもせいやだろうなって思ってたから」
せいや「あぁーなるほど、引っ越してきた時何回か弾いてたからその時か」
「結局大家さんから連絡あって近所から苦情来てるからやめてくれって言われたよ」
そりゃそうだ、とたつまは思った。
僕は帰り道に聴いただけだからいいが、近所の人からしたら大迷惑だろう。
せいや「だから駅前で聴かしてやろうって思ってさ!」
悪そうな顔をしていた。
どんな感情でなにを考えているのかが全て顔に出るタイプなんだと思った。やりたいことをやり、否定されても突き進む人間。一個下の生意気な男はきっと僕とは違う世界の人間なんだと思った。
色のある世界、下敷き越しでなくてもその物一つ一つに色をつけている。うらやましかった。
たつま「これ、なんて読むの?」
ギターケースにTylerっと書かれたロゴがあった
僕はそれを指差して聞いた。
せいや「テイラーだよ、ギターのメイカー」
たつま「高そうな名前だね」
せいや「めちゃくちゃ高い!俺からしたらだけど」
「ギターはピンキリだから安いのは1万くらいだけど高いのは何百万もする」
「俺が持ってるのは30万くらいかな、貰い物だからよくわからないけど」
たつま「そんな高いのくれる人がいるの?!」
せいや「親父がくれたんだ。大学の入学祝いに」
たつま「いいお父さんだね」
電車が駅に着くことを知らせるアナウンスが流れた。ギターを大事そうに抱えながらせいやが立ち上がり僕もドアの前まで歩いた。
たつま「そういえばここでこの前歌ってた歌、
あれはなんて歌なの?」
せいや「あぁ、あれは旅人。ミスチルの」
謎が解けた。あれは曲名だったのか。
たつま「好きなんだね、ミスチル」
せいや「大好き!波はあるけどね、最近はずっとミスチル!」
ミスチルはなんとなくなら知っていた。ドラマやCMで流れてる曲なら僕も聴いてたしそれなりに知ってるつもりだった。
ただ、世代で言うと僕たちの親の世代のバンドだったため珍しく思えた。
たつま「じゃあ家で歌ってたのもミスチル?」
せいや「どれのことだろう、、何曲か歌ってたからわからん!」
そう言うとせいやは笑った。僕はなんて伝えたらわかるだろうかと考えているとせいやが思いつくように声を上げた。
せいや「あ!そだ!うちこいよ!聴かせてやるよミスチル!」
たつま「え、、あぁいいの??」
せいや「もちろん!汚いけど」
いろいろと気になったことや聞きたいこともあったのでついていくことにした。
せいやの家は本当に近かった。ただこの前会ったところが家の前ではなくそこから駅のほうに五分くらい戻ったところだったのでそれについて聴いてみると
せいや「いやぁ、お巡りさん追っかけてきてたから通り過ぎちゃって」
なんとなく納得した。
せいやの家は僕のアパートよりも古めかしい感じで歌を歌われた住民に同情すらした。
せいや「いらっしゃい!入って、汚いけど」
汚なさをやけに強調されたせいか、さほど汚いとは思わなかった。汚いと言うより物が多い感じだ。ベッドの上には漫画と何枚かのピック。テーブルには未開封の替えの弦らしきものとMr.Childrenと書かれたギター用の楽譜のような物が広がっていた。
たつま「これこんなにいっぱいあるんだ」
ベッドに散らばってたピックを指差して言った。
5、6枚はあった。こんなにあるのなら届ける必要なかったんじゃないかと後悔した。
せいや「うん、弦とか楽譜とか買いに行くとさ安いからついでに買っちゃうんだよね。すぐ無くなっちゃうし」
そういいながらせいやはベッドに座りギターを取り出し少しだけチューニングをすると僕に目を向けた。
せいや「なに聴きたい?」
たつま「いやいいのかよ、また怒られるよ?」
せいや「大丈夫大丈夫!静かに歌うから!」
全然信用出来なかったが渋々楽譜を手に取りめくり出した。聞いたことありそうなやつをなるべく探した。途中で見覚えのある歌詞を見つけて思わず声を出した。
たつま「これだ、多分この前きいたやつ」
歌詞はあんまり覚えてないけどこの単語印象的だったから」
Foreverという名前の歌だった。歌詞を見てもわからなかったがサビの入りにあるForeverという単語が印象的でそこだけ覚えていた。
せいや「あ、それこの前やってたかも」
「これ歌おっか??」
たつま「いや、せっかくだから別のにする」
そう言ってまたページをめくり出した。
なんとなくだけど自分の今の気持ちにあったメロディを探してた。楽譜なんて読めないから本当に適当だけど歌詞の雰囲気でどこかで聴いたことあるようなタイトルを見つけ指差した。
せいや「花?いいよ!センスいいねぇ」
そういうと少し笑ってから真剣な表情になりゆっくり歌い出した。
どこかで聴いたことがあった。しかしその時とは明らかに違うところがある。この歌を聴いたときの感じ方。イメージが恐らく違う。初めて聴いたは多分聞き流していただろう。でも今は違う出来るだけ心に、頭の中に、体のどこかに焼き付けておこうって思ったんだ。不思議だった。気がつけば僕の顔は少しだけ笑みを浮かべてた。
せいや「たつま、、顔気持ち悪いぞ?」
たつま「うるせー!まだ数回しか会ったことない奴に言う言葉じゃねーだろ」
そして2人は笑った。そこからしばらくはせいやの夢の話が続いた。聞けば聞くほどデカく堂々とした夢の話は、なぜかせいやなら簡単なんじゃないかと思えてしまう。そう伝えると、お前はなにを聞いてたんだ!と怒られたけどなにも言い返せなかった。そしてせいやは興奮した状態で続けた。
せいや「たつま、52Hzの鯨ってしってる??」
たつま「いや、なにそれ?曲名?」
せいや「違う!世界一孤独な鯨だよ。その鯨の鳴き声が52Hz。観測できたのは鳴き声だけ。他の鯨じゃ52Hzの鳴き声は出せないらしいからまだ発見されていない鯨がいるんだ。」
ふーん。という顔で聞いていた。それで??って聞き返すとせいやは続けた。
せいや「いると思うんだ。人間にも。見つけてほしくて泣いてる人が。俺はそんな人たちに寄り添いたい。姿が見えないならせめて声だけでも届けたいんだ」
真剣な顔をしていた。見なくても分かったが目を見て聞かなきゃいけない気がした。
僕はせいやのほうを向いた。
せいや「だから俺は歌を歌う!いつか自分が産み出した歌で見えない誰かを救いたい」
お前ならできる、不意に出てしまった。でも本気でそう思ったんだ。たった数曲、しかも有名なミュージシャンの曲を聴いただけでなにか分かるわけでもないのに何故か僕は心からそう思った。
せいや「だからお前はなにを聞いてたんだ」
呆れた様にそういうとせいやの携帯が鳴っていた。出ようとした瞬間に切れてしまったが画面に(不在着信5件)の文字が見えた。
大丈夫?と聞くとせいやは苦笑いしながら頭を掻いてこう言った。
せいや「大家さんからだ」
外は日が沈み、窓からは黄色い月が見えていた。
5 終わりなき旅
ベッドの上に寝転がり天井を眺めながらせいやが語った夢の話を思い出していた。自信があったってあそこまで言い切れるだろうか。いや、自信とかそういうことじゃないのかもしれない。ただ僕には無いなにかを沢山持っているのは確かだ。技術面を無しにしても同じことだろう。夢を持つとはどんな気分なのか、誰かに夢を語る時の高揚とはどれほどのものなのか、僕には知るよしもなかった。
「ピピピピッピピピピッ」
いつのまにか寝てしまい朝になっていた。
「大学、、行かなきゃ」
支度をしてイヤホンを手に取り家を出た。大学に着く頃、携帯にメッセージが届いた。
せいやからだ
(昨日はありがとな!
授業おわったら連絡して!)
昨日の帰り際に連絡先を交換しといたのだ。
了解の返信をしてからポッケにしまい授業に向かった。
終わってから連絡すると駅で待ってて欲しいとのことだったので待つことにした。
とくに理由はないのだろう。大学にこれといって仲のいい友達がいたわけでもなかったから理由もなく呼び出されることが少し嬉しく思えた。
せいや「ごめん!お待たせ!」
たつま「いや、大丈夫」
「どうしたの??」
一応聞いてみた。
せいや「カラオケ行くぞ!今日暇なんだろ?」
カラオケか、、少し渋った顔をしてしまった。
高校の時行ったっきり行ってなかったからだ。
その時も部屋の角で烏龍茶を飲みながら友達の歌を永遠に聴いただけ。あまり乗り気にはなれなかった。
せいや「え?なに?あんま好きじゃなかった?」
たつま「いや、そういうわけじゃないけど」
正直、せいやの歌が聴けるのなら別にいいかと思った。僕は歌わずに聴いてればいいか、そう思い行くことにした。
カラオケは自宅のすぐ近くに個人でやっているところがある。看板の値段を見る限りそこまで安くはないが近場がいいと思いそこに行った。
せいや「よっしゃ!なに歌う?」
たつま「いやいや、せいや歌っていいよ」
せいや「じゃ、最初いくわ!」
最初とかじゃないんだけどと考えてるうちにせいやは歌い出した。相変わらず上手かった。音程も声量も誰が聴いても文句は言わないだろう。激しい歌でもどこか心地よく感じた。
せいや「よし!じゃあ次たつまな!」
たつま「俺はいいって!聴いてるだけでいいから」
せいや「たつま、初めて会った時から思ってたんだけど元気なくね?発散しろよ、ストレス」
いろんな人に言われていた。テンション低い、元気ないよね、わかってはいたがどうすればいいのかわからなかった。せいやもきっとそれを感じてここに連れてきてくれたのだろう。
そう考えたら歌わないのは失礼に感じた。
たつま「わかったよ、、んーなににしよう」
せいや「普段どんなの聴いてるの?」
たつま「ゆず、コブクロ、ラッド、あいみょんとか髭男とかかなぁーあっミスチルもたまに」
「広く浅くって感じかな」
せいや「へぇーコブクロは??」
たつま「難しいんだよなぁ」
せいや「いいじゃん!未来とか歌えないの?」
たつま「まぁじゃあそれでいいや」
なんとなくもうどれでもいいような気がして適当に決めてしまった。イントロが流れ出したときせいやが話しかけてきた。
せいや「たつま、歌はね。音程とか声量とかも大事だけどどれだけ気持ち込めるかがやっぱ大切だとおもう。全力で歌えよ?」
そう言ってせいやは笑った。
タイミングなのか、そう言われた瞬間にやばいと感じた。適当に歌って終わろうとしてたことが見透かされたと感じ一気に緊張してしまい声が裏返った。
せいやはごめんごめんと言いながら大笑いをしていた。そこまで笑わなくてもいいだろと腹がたった。気持ちぐらい込めてやる。そう思った俺はありったけの気持ちを歌に乗せて歌った。
せいやは笑うのをやめジッと画面に映る歌詞を見ていた。なにを考えてるのだろう。はやく帰りたいな。歌の上手い人間は本当に羨ましいと思った。
歌い終わると画面が急に採点画面に変わった。
たつま「え?!なにこれ、どういうこと?!」
せいや「いやぁ、こっそり採点モードにしましたぁ」
なにしてくれてんだ、、ただでさえ下手なのにそれに点数つけられるなんて絶対に嫌だった。
消してやろうとしたが阻止された。
せいや「そんなにわるくなかったよ?最初以外は」
派手な音楽が鳴り数字が動き出した。
バンッっという音と同時に83点という数字か出てきた。
せいや「ほら!全然悪くないじゃん!!もっと歌ってみなよほら!」
たつま「いや、よくわかんないけどそんなこと絶対ないから!友達とかもっと点数出してるし」
せいや「いや、点数なんて関係ないよ!俺が聴いてて良いと思ったんだから!」
こいつ、やってることと言ってることがめちゃくちゃだ。そう思い渋々もう一回歌うことにした。
たつま「はぁー、なににしよう」
せいや「ミスチルは??」
たつま「メジャーなやつだったら、、」
そう言ってミスチルの「終わりなき旅」を入れた。おぉ!いいじゃん!とせいやは向かいの席で大はしゃぎしてる。
せいや「全力で歌えよー」
たつま「分かってるよ!」
高校の時を思い出した。野球部だった俺は毎日の練習に疲れ果てていた。半強制の自主練と横暴な先輩に嫌気がさしていた。辞めてしまおうかと思い、明日の朝練は行かずにその日の内に辞めてしまうと考えていたとき、ランダムで音楽を流していた携帯からミスチルの「終わりなき旅」が流れてきた。
歌い終わるとせいやが急に立ち上がった。
恥ずかしいくらいの拍手と満面の笑みで振り返ってきた。
せいや「めちゃくちゃいいじゃんか、、なんで最初からやらねーんだよ!」
よく覚えてなかった。昔のことを考えいたせいか、どんなふうに歌ったかほとんど覚えていない。
たつま「え?そんなに??」
せいやの大袈裟な褒め言葉に少し引いているとバンッという音と数字が画面に映し出される。
(88点)
せいや「ほらな!」
歌ってる時のことは覚えていない。なにをどうしたらこうなったのかもわからない。ただ、僕は人生で味わったことのない満足感に浸っていた。
せいやの茶色がかった瞳が眩しいくらいにこちらを見ている。
たつま「わかったから!ほら!せいや歌えよ」
次はなに歌おうか、、僕は気がつけば携帯のプレイリストを見漁っていた。
6 ラララ
せいやとカラオケに行ってから1週間がたった。
あれからせいやに教わったミスチルの曲を聴きあさったり、ライブ映像を見たりとすっかりハマってしまった。
カラオケまた行きたいなぁ、、そうたまに考えることがある。今まではありえないことだろう。
正直、最近の中じゃ相当楽しかった。
せいやからの連絡はカラオケの日から無かった。
たつま「連絡してみるか」
Prrrrrr.....
せいや「もしもし?どした?」
たつま「いや、ひまだったからなにしてんのかと思って」
せいや「ちょうどよかった!そろそろたつまに連絡しようと思ってたんだよね」
たつま「え?なに?何かあった?」
せいや「いや!んーとりあえずうちこいよ!」
了解と伝え電話を切った。軽く身支度を済ませ家を出る。五分ほど歩けばせいやの家だ。音楽を聴いていても一曲聴けるかどうかの近さだ。
電話で到着を知らせるとせいやが玄関から出てきた。
せいや「とりあえず入って!」
家に入ると相変わらず物の多い部屋にギターケースが二つ並んでいた。
たつま「あれ?ギターまた買ったの?」
せいや「いや、違う。これは俺が昔使ってた安いやつ」
へー、とだけ言い座ろうとしたらせいやが昔の方のギターを手に取り渡してきた。
せいや「ほら、これあげるよ」
たつま「え??なんで?やりたいっていったっけ?」
せいや「言ってない!言ってないけどやれよ」
そう笑いながらせいやはギターを突き出してきた
たつま「いやいや、無理だろ。触ったことないし」
せいや「今から触るんだよ。興味ないの?」
たつま「いや、無くはないけど、、」
せいや「他に趣味ないんだろ?わざわざ実家に取り入ったんだ」
たつま「そんなこと言っても、、」
とりあえずギターを受け取りケースから出した。
チューニングはしてある、と言われてもなにをどうしたらいいのかさえわからない。
せいや「最初はEだな。あとAとC」
たつま「は??」
何言ってんだって顔で見ていたらせいやもギターを取り出して静かに音を鳴らした。
せいや「これがE、、コードの名前だよ」
「ギターはコードで弾くんだよ」
「他にもいろんな奏法があるけど最初はコード」
せいや「さっき言ったコードを練習して慣れてきたらFかな」
そういいながらまた音を鳴らした。
たつま「F?どんなやつ」
せいや「今、弾いたやつ」
たつま「それはなんで後回しなの?」
せいや「これが難しいんだ。初心者は大抵ここで挫折する。がんばれよ?」
正直言って難しそうには見えなかった。とりあえずEを言われた通り押さえ押してみた。
ジャーンと音を鳴らすとせいやが慌てて立ち上がる。
せいや「ちょっと!もーちょい静かに!また大家さんに怒られる!!」
この前のギターでこっぴどく怒られたらしい。
少し面白かったのでもう一回やりたかったが辞めておこう。
たつま「これあってた?」
せいや「あってるあってる!いい感じ」
意外と簡単だなと思いながら何度か鳴らしてみた。続いてAとCを指の位置を教えてもらいながら鳴らす。
たつま「ちなみにFはどうやって押さえるの?」
こうだよ、といった感じでせいやが押さえる。
やってみ?と言うので指を真似てみるが指が届かない。
たつま「え??指届かないんだけど」
Fはバレーコードと言って1弦から6弦を人差し指で押さえるコードでそこから中指、薬指、小指とそれぞれの弦、フレットの場所を押さえるのだがこれが相当難しい。初心者がやるには指を反対の手で引っ張って持っていかないとまず抑えられない。
たつま「全然むりだ、、まって!指つった!」
せいやは目の前で爆笑していた。
たつま「初心者なんだからしかたないだろ!」
せいやはごめんごめんと言ってこっちを向いた。
せいや「初心者になるんだな。やるってことでいいよね?」
やられた。でもまぁ他に趣味もないし、、
そう思い頷いた。
せいや「そのギター、、お前に預ける」
「いつか必ず返しにこい。おれの大切なギターだ立派なミュージシャンになってな」
たつま「どっかのセリフパクるなよ。ならねぇし
大体最初にくれるって言ってたろ」
そう言って2人は笑った。
せいや「嘘嘘!あげるよ!」
「でもやめるなよ?」
そう言ってせいやは立ち上がった。
どこいくの?と聞くと
せいや「カラオケ!ここじゃ練習できないからな」
たつま「なるほど」
カラオケについた。部屋は以前来た時より少し広めだった。ギターをもった2人を見て店員さんが気を利かせてくれたみたいだ。
せいや「とりあえずコードを弾く練習からだな」
「G、C、Amを練習してある程度なるようになったらFだな」
たつま「G?」
するとせいやはギターを鳴らした。
せいや「これがG、俺は適当にギター弾いてるからとりあえずやってみ!」
そう言うと携帯の画面を見ながらギターを弾き始めた。
どれくらいたっただろう。フリータイムで入ったので時間はさほど気にしてはいなかったが感覚で夜なのは分かっていた。
せいや「どお??慣れてきた?」
たつま「いや、さすがにまだ全然だけどCとAmはなんとかなる感じかな。Gは難しい」
なるほど、これは想像以上に難しいと感じた。
せいやのように弾けるようになるには一体どれだけかかるのか考えたくもなかった。それと同時にせいやは毎日努力したきたのかと知るいいきっかけになったと思った。
それからまたしばらく練習をしてからカラオケを出た。そして別れ際に僕らは週に出来るだけ多く練習をしようと約束をした。
大体、週に3回か4回僕らはカラオケに行きギターの練習をした。疲れるし指に豆は出来たりしたけど辛くはなかった。久しぶりの充実感に僕は満足していた。
連絡を始めて1ヶ月くらいでせいやがFの練習をしようと言ってきた。正直、自信はなかったが弾いてみると意外と初めよりは楽な気がした。
しかし、音が鳴っているとは到底言えるレベルではなかった。
せいや「まだまだ練習が必要だな」
それから元のコードに加えてFも含めた練習が始まった。せいやが弾けなくていいからこれを練習するといいよと楽譜を出してきた。
たつま「スピッツのチェリー?簡単?」
せいや「簡単なコードとたまにFが入ってくるからいい練習になるはずだよ」
TABと書かれた譜面にコードらしきものが書かれていた。
線が6本書いてあり黒い点が打ってある。
たつま「これは??」
せいや「コードだよ。上の線が1弦でしたが6弦」
「ギター弾きながらだと見やすいんだ」
たつま「なるほど!」
それからまたしばらく練習をした。
ふと思ったことが口に出た。
たつま「せいや、ずっと練習付き合ってくれてるけど自分の練習はいいの??」
「めちゃくちゃありがたいけど歌手になるんだったら時間もったいなくない?」
せいやは少し笑みを浮かべたような表情を浮かべて言った。
せいや「ラララ歌える??ミスチルの」
たつま「え?歌えるかな、、多分」
せいや「じゃあ歌ってみて。自分が1番優しい気持ちになった時と悔しい気持ちになった時思い出して」
たつま「難しいな、両方やるの」
せいや「この歌、両方表現できるといいんだよ」
そういいながらデンモクで曲を入れた。
メロディが流れ僕は言われた通りにいろんな場面を思い出し歌った。
思い通りにならなかったこと、好きな人に振られたとき、泣いてる子供に話しかけるように優しくそんなことを思いながら歌い続けた。
歌い終わったらせいやが口を開いた。
せいや「たつま、一緒に歌手目指そう。」
「それが1番の夢への近道だ」
たつま「本気??」
せいや「もちろん」
「たつまは俺には無いものめちゃめちゃ持ってる」
「一緒にやろう」
振り返ればいつからか僕の背景には色が付いていた。音楽を聴くたびに白紙の僕に一滴一滴ゆっくりと垂らされたインクが少しづつ僕に彩りをくれたんだ。そしてそれを与えたのは間違いなくせいやの音楽だった。これからも近くで聴いていいのか、一緒に歌っていいのか、誰かの背景に色を与えられるのか、そしてそれは自分にできるのか、希望と不安が混ざってから夢に変わった。
たつま「うん、やりたい!」
せいやは少しだけガッツポーズをするとピックを渡してきた。
せいや「やるぞ、練習!」
僕は頷いてピックを受け取った。
僕の背景もう白く無い。