第三論:ホットスタートのパターン
さて、ではどういった導入がホットスタートと言えるのだろうか。
わたしは第一話において『読者・視聴者の興味を強くひく』をホットスタートの定義とした。
この定義で言うと、およそあらゆる創作のジャンルにホットスタートというものは存在すると思っている。
例えば音楽であってもだ。
ベートーベンの交響曲5番「運命」。あれだってホットスタートと言えないか?
30分ある曲の、最初の音符4つだけであそこまで誰もが知っていてインパクトある導入の曲が他にあるだろうか。
歌詞でもいい。例えばQueenのBohemian Rhapsody。
あれはアカペラ→バラード→オペラ→ロック→バラードと曲が変遷するが、そのバラードパートの一言目。
……歌詞を書くと怒られるのかな。まあ、要は美しいバラードに合わせて、
『母上、拙者たったいま人を殺してきて候』
というような歌詞で始まるのである。
映画はどうだろうか。
アクションやパニックものなどの多くにおいて冒頭に爆発シーンがあるなど、観客の興味を惹く要素がある。
ただ一方で全ての映画がそうではない。静かなオープニングの名作も多いし、中盤で中弛みする展開のものも多い。
あれは映画というジャンルにおける意図的なものと思った方が良い。
つまり、前話でも話した通り『すでに金を払っている』からであり、また映画というエンターテイメントは2時間前後を休息なしに見ることを強要するものである。
常に視聴者を楽しませ続ける。これは視聴者を緊張させ続けるという意味であり、これをすると視聴者は折角のクライマックスに疲労困憊ということになる。
故にペース配分が大事となる。
ハリウッド系の創作論を小説に持ってくるような指南書がある。
悪くない、有用だ。創作論を知らないより知ってる方が良い。
だが、映画という2時間ぶっ続けのエンターテイメントと、なろうという隙間時間にちょこちょこ読むエンターテイメントを等価と考えるべきだろうか。
否。あなたは何を参考とし、何を採用しないのか選ぶべきだ。
では小説はどうか?
純文学に(純文学というカテゴリがなんなのか私には理解できないが、ここでは中高生の持つ国語便覧に載ってるような作品とする)ホットスタートは必要なのか?
必要はない気がする。だがそれでもわたしがホットスタートと言って一番最初に浮かぶ作品はこの文学作品であり、何かと言うと太宰治の「走れメロス」である。つまり、
メロスは激怒した。
これだ。たった8文字の一文目。小説を読み始めたら最初の一文で主人公が激怒しているのである。先が気にならないだろうか?
とっぴなスタートというパターンならカフカの「変身」や夏目漱石の「吾輩は猫である」も同様であろう。
つまり一文目からグレゴールザムザが目を覚ますと巨大な毒虫だったり、主人公が名前の与えられていない猫なのである。
これは先述のBohemian Rhapsodyとも通じるところがあろうか。
カフカの「変身」は参考にしやすい。わたしもこのパターンをそのまま使った事がある。
例えば「聖女の忍法は万能です!伝説の忍者、聖女に転生す。〜皇太子がわたしに抱き着こうとしてももう遅い。それは変わり身でござる……ですわ!」
https://ncode.syosetu.com/n8361gq/
で使用した。
某が長い眠りから目を覚ますと少女であった。しかも金髪の南蛮人である。
「解せぬ……」
これで文章を始めた。
このパターンはコメディタッチの転生系でそれなりに見かけられるホットスタートのパターンである。
『読者・視聴者の興味を強くひく』という意味で、「え、なになに?どういうこと?なんで?」と思わせればそれはホットスタートと言える。
ではなろうでホットスタートを描くとして、どういうスタートをすれば良いのか?
実のところ例えば開幕からアクション・バトル・爆発というハリウッド映画や漫画などでよく見かけられる手法を、小説に直接持ち込むことには危険性がある。
それは小説には絵も映像も音楽も効果音もないからだ。
例えば、ちょっと書いてみるとすると、
『ドーン!と激しい爆発音がした。爆風が僕の身体を持ち上げる。
窓ガラスが全て吹き飛び、オレンジの炎が視界に広がった。』
どうだろうか?
これで小説が始まったとして、あなたはこれの続きが気になるだろうか?
わたしはイマイチだ。つまり、爆発という映像なら画面を埋める炎にインパクトがあり、ドーン!という音が耳を奪うのであるが、文章だとそうはならないだろう。
どちらかと言えば同じ爆発ネタでも、
『女は社畜であった。残業で疲れた脚を引きずりながら、缶酎ハイ片手に自宅へ戻ると、彼女の住む安アパートは爆裂四散していた。』
動きはない。爆発を直接描いたのではなく、結果があるだけだ。でもこういうオープニングのが先が気になるのだろう。多分ね。
なぜか?
これに対する解答をわたしは得ているが、読者のあなたも考えてみるといい。答えは次話で。
さて、表題のホットスタートのパターンであるが、小説におけるホットスタートについて改めて分類してみると、私は以下の5種類に分類されると考えた。
1:一文で読者の心を奪うパターン。
2:物語の起承転結の起にあたる部分、オープニングが面白いパターン
3:メインストーリーの前に面白い小ストーリーを加えるパターン
4:クライマックススタート、転結だけ書くパターン。
5:メインストーリーの興味が惹かれる部分を時系列を変えて入れるパターン
説明していこう。
「1」
先述の「走れメロス」などはこのパターン。
理想的ではあるが、これが出来れば誰も苦労はしないのである。
「2」
ミステリーで言う『冒頭に死体を転がせ』はこのパターンとなる。
オープニングに読者の興味を惹く、先が気になるシーンを置いておくパターン。
オープニングでのアクション・爆発などは映画・漫画よりの表現であり、あまり小説には向いてないと考える。詳細は次話で。
拙作だと
「TS転生悪役令嬢侠客伝!」
https://ncode.syosetu.com/n8645ft/
などがそれに当たるか。
「3」
メインとなるストーリーの説明とか入る前に小ストーリーを挿入する。そこで主人公の活躍を描くことができる。映画に多いパターン。とは言え、あくまでもストーリーの挿入であり、10分以上はかかると見て良い。
よって話の導入としてはなろうなどに持ってくるのも悪くないが、一話切りを避けるような効果は無い。
「インディジョーンズ 失われた聖櫃」がこれの最も有名なパターンか。「スピード」などもそう。
タイトルにある通り、聖櫃に纏わる話をメインの起承転結とすれば、本来の『起』、オープニングにあたる部分は、大学で考古学の授業中のインディの元に陸軍情報局が聖櫃捜索の依頼に来るシーンであろう。
だが、あの映画のオープニングはそれよりも前。南アメリカの遺跡を探索するシーンである。あの最も有名な、インディが巨大な丸い岩に追われるのはこのパートにある。
「4」
本来存在するはずのストーリーをぶった切って、起承転結の転、クライマックスのみを書く。なろうの異世界恋愛の婚約破棄ネタ短編は全てそうであり、私も何本か書いている。ハイファンタジーの追放ものもこの系譜。
そこまでに至るストーリーをカットしているので短編と相性が良く、そこから長編に繋げるのも可能だが途中離脱率が高くなりがち。
短編においては非常にポイント稼ぐのに有用な手法であるのは間違いない。話の一番面白いところだけ書けば良いのだから。
「5」
本来先に起きるはずのバトルシーンやクライマックスをチラ見させてから時系列を戻すパターン。
アニメのオープニングとかは基本的にこの働きがあるのではと思う。
拙作だと、先述の、
「王都の決闘士」
https://ncode.syosetu.com/n3936gz/
がこのパターンにあたる。
この方法が有用かについては難しい。正直、1話継続率が75%で私の作品の中では良くない部類なのだ。
ただ、これは他の要因もあるので、この手法が有効で継続率がもっと下がるところを75%に留めたのか、無益だったのか不明。
本日はここまで。
現在私が連載中の「王都の決闘士」であるが、特に冒頭を読んでみてどう思うかについては意見をくれると嬉しいところである。
下の海村さんのイラストバナーから跳べるので宜しければ是非。