999 閑話・少女オルデの新生活?
夕食は、とんでもない挨拶から始まった。
「初めまして、ナリユと申します。オルデさんとは結婚の約束をした間柄です。どうぞよろしくお願いします」
ナリユが礼儀正しく、爽やかな笑顔でそう言って頭を下げた。
私は固まった。
いきなりこの男は何を言っているのか。
「結婚……。そんな話は初めて聞いたが……。なあ、母さん?」
「オルデ、彼とは1度、会ったきりなのよね?」
父と母が当然ながら戸惑う。
「そ。今日で2度目。変な関係じゃないわよ。何故か行き倒れていたから放置もできないし拾ってきただけ」
「オルデ……? それで、約束はしたの?」
母の怪訝な目が私に向いた。
すると即座にナリユが言う。
「はい。しっかりと。オルデ、また会えて僕は本当に嬉しいよ。こうして出会えたのはまさに精霊様のお導きだ」
「あー、はいはい」
私は肩をすくめた。
あまりにまっすぐに言われると、さすがに照れる。
「ま、まあ、とにかく、まずは食べようじゃないか」
父に言われて、食事になった。
我が家の夕食は質素だ。
パン、スープ。
以上。
とはいえ、スープには野菜だけではなくて、肉もちゃんと入っている。
栄養は取れるし、味も悪くはない。
私は、特に不満もなく、毎日、食べさせてもらっている。
ただ、どう考えても貴族の食事ではない。
私はナリユの顔を見た。
確実に微妙な顔をすることだろう。
と思ったのだけど……。
ナリユは意外なことに、スプーンでスープを口に運ぶや否や、微妙どころか本気で感動する様子を見せた。
「ああ……。美味しい……。この温かさ、体に染み入るようだ」
「大げさね。いくらでも食べてきてるでしょ」
「そんなことはないよ。僕はずっと針のむしろだったからね。どんなにご馳走が並んでも、味なんて感じることもなかったし。旅の中では、襲われたり騙されたり盗まれたりと、散々だったし」
ナリユがしみじみと言う。
「……アナタ、よく帝都まで来れたわよね」
世間知らずの化身なのに。
「精霊様のお導きさ。それに僕は、どうしても君に会いたかったんだ」
「ホンットにバカね」
私は心の底から息をついた。
その様子を見た母が言った。
「結局、2人は、いい関係ってことなのよね?」
「はい!」
「簡単に返事をしないでよね。貴方、そんな身分じゃないでしょ」
「そんなことはないよ、オルデ! 信じてくれ! 僕は君のために公爵家の身分も貴族連合の盟主も、すべて捨ててきたんだ! だからどうか僕のことを養ってくださいお願いします!」
「あのね! どうしてそうなるのよ!」
「え?」
「え、じゃないわよ。男なら、私を養ってよね!」
なぜか沈黙が流れた。
「な、なあ、オルデ……。結局、そちらの彼はどこの誰なんだい? もしかしてどこかのお貴族様なのかい?」
父がおそるおそるの様子で聞いてくる。
「あ、うん、そうよね」
隠しておくつもりだったけど、今、ナリユが思いっきり叫んだか。
そもそも隠し通すのは無理か。
なにしろ世間知らずの生粋のボンボンだし。
「ナリユ、自己紹介してあげて」
「いいのかい? 秘密にしておく話なんだよね?」
「ええ。もういいわ」
「それなら――」
席から身を起こしたナリユは、姿勢を正した後、うちの父と母に向けてそれはもう優雅に一礼した。
「お初にお目にかかります。私はナリユキーノ・デ・ナリユ。この度はオルデさんとの約束を果たす為、すべてを捨てて帝国へと参りました。トリスティン王国ナリユ公爵家の者です」
「こ、こここ、公爵家のお方ですか……!?」
慌てた父と母が立ち上がって、しどろもどろでお辞儀を返す。
やはり、本物は違う。
今のナリユはみすぼらしい格好をしていて、髮だってもつれているのに、育ちの良さはわかる。
挨拶を見れば、とても庶民とは思えない。
この後は、なんとも微妙な空気の中……。
とりあえず、夕食を続けた。
「そ、それで、オルデ……。おまえはこれから、どうする気なのだ?」
父がたずねてくる。
「どうするも何も、どうすればいいと思う?」
私が聞き返すと――。
ナリユが相変わらずの笑顔で言った。
「オルデ、わかったよ。僕は、君の父上の仕事を手伝おう。そして、君のことを養うことにするよ。父上、僕に仕事を教えてください」
「オ、オルデ……?」
「んー。好きにさせてあげたらー?」
放り出すこともできない以上、うちに置いておくしかない。
それなら働かせたほうがいい。
最近は好景気で、仕事はたくさんあるし。
それに……。
多分、その内に迎えが来るだろう。
探しているに決まっている。
そうすれば、お礼がたっぷりと貰えるかも知れない。
「どうぞ僕のことは、気楽にナリユとお呼びください」
「貴方って、家名と名前がかぶってるのね」
「ああ。我が家の伝統でね」
「へー。そうなのねー」
「ともかく、僕はもう家を捨てた身さ。これからはオルデの夫として、精一杯に頑張ることを誓うよ」
「ちょっと、それは勝手に決めないでくれる?」
「オルデ、いい子を作ろうね!」
「だーかーらー」
いきなり子供なんて作るわけないでしょ!
本当に常識から、ナリユには叩き込む必要がありそうだった。
ともかくこうして……。
私とナリユの、突然の共同生活は始まったのだった。
995話に出てきたナリユの家出時期ですが、距離を考えて
2週間から1ヶ月に変更しました。
ご指摘ありがとうございました\(^o^)/




