995 テストの朝。ナリユキだけに……。
朝、いつも通りに目が覚める。
ベッドから身を起こしてカーテンを開ければ、暗い空が見える。
雨が静かに降っていた。
今日は勝負の日。
ついに2学期のクライマックス、一斉テストの当日だ。
私の心は落ち着いていた。
なにしろちゃんと、テスト1週間前から毎日放課後に勉強した。
少なくとも赤点になることはないだろう。
うん。
私にはそれで十分だ。
贅沢は言わないのだ。
ただ、とはいえ、勉強を見てくれたエカテリーナさん、付き合ってくれたアヤたちクラスメイト。
彼女たちの善意に応えるため、全力は尽くしますが。
私はいつも通りに2階のリビングに降りた。
すると、なぜか。
「遅いのです。まったく、いつまで待たせるのですか。本当にクウちゃんさまは礼儀知らずの屑鉄なのです。10年鍛造されてこいなのです」
「もー、リト。ダメだよ、そんなこと言っちゃ。クウは寝ていたんだろうし」
「ユイ、たとえ寝ていたって、クウちゃんさまがリトたちの魔力に気づかないはずはないのです。無視したのです」
すみませんね、まったく気づかなかったよ!
というわけで。
偉そうな顔で椅子にふんぞり返った幼女姿のリトと、ちょこんと座ってニコニコしている聖女なユイちゃんがいました。
「おはよ、ユイ。どうしたの? 明日の約束だよね?」
会うのは。
「うん。そうなんだけどね。実は早朝に重要な報告が届いて、急いで知らせておいたほうがいいと思ってきたの」
「ねえ、ユイ。明日じゃダメ?」
「重要な報告だよ?」
「うん。それは聞いたけどね……。でも、今すぐ、私が動かなきゃ大変なことになるって話ではないよね?」
ユイの様子から見るに。
「それはそうだけど」
「ねえ、ユイ。明日でお願い」
「え。でも、せっかく来たんだよ?」
「私が繊細なのは知ってるでしょー。余計なことを聞いたら気になってテストに集中できなくなっちゃうよー」
「うーん。そっかー。わかったよお。じゃあ、勝手に短く言うね」
「もー! それ同じー!」
「でも、ここまで言っちゃったら、気になるのも同じだよね?」
「それは、まあ、ね……」
たしカニ。
v(・v・)v
「実は、ナリユ卿が置き手紙を残して失踪しました」
「え?」
「1ヶ月前のことだそうです。『探さないでください。旅に出ます』。手紙にはそう書かれていたそうです。未だに見つかっていないそうです。なので残念ながら調印式は延期となります。ごめんなさい」
ユイは丁寧にお辞儀して、再び話を始めた。
「クウの場合、伝えてさえおけば、ふんわりした運命力が働いて、偶然にも見つけちゃうかなーと思って急いで伝えたかったの。ごめんね」
「あ、ううん……。なんかそう言われると、そんな気もする自分がいるよ。理解したから気にしないで」
「ありがとう。ごめんね。テスト、頑張ってね」
「うん」
「リト、帰ろ。クウ、また明日の朝ね。――転移、聖女の館」
ユイとリトは、転移魔法で帰っていった。
トリスティン王国にいたナリユ卿のことは覚えている。
ナリユキだけで反乱軍のリーダーになってしまった、優柔不断で意志薄弱な公爵家の青年だ。
今は、トリスティン貴族連合の盟主になっている。
当然ながら実権はない。
ただのお飾りの青年だ。
とはいえ、盟主は盟主。
いてもらわないと、調印式はできない。
「大切なテストの前に、とんでもないことを聞いてしまいましたね」
私の前に紅茶を置いてくれて、ヒオリさんが苦笑する。
「まったくだよ。紅茶ありがと」
温かい紅茶を飲んで、私は気持ちを整える。
なにしろテスト本番なのだ。
「とりあえず朝食を準備しますので、食べて気持ちを切り替えてください」
「うん。そうするー」
ナリユ卿の失踪はインパクト抜群すぎる話だけど……。
捜索はとっくに行われているようだし、ユイが失踪と言い切る以上、発生時点において事件性はないのだろう。
よし。
ナリユキだけに、ナリユ卿!
そのことはいったん、すっぱりと忘れよう!
あーでも。
ナリユキだけにナリユ卿と言えば、オルデは元気なのかなぁ。
オルデは、トリスティンの王城でナリユ卿に見初められて、いきなり求婚された帝都在住の女の子だ。
今はモッサの下で礼儀作法の修行に励んでいる。
私は一瞬、ほんの少しだけ思った。
まさかナリユ卿、オルデに会うために帝都を目指している、とか……。
私はソード様として、以前に彼に言ったのだ……。
オルデの素性をたずねてきた彼に……。
そのくらい自分で調べろ、と。
自分で調べて、自分で見つけて、その結果として結ばれたのなら――。
その時には、センセイの名において祝福してやろう、と。
ただ、それは、ナリユ卿がオルデのことを、リゼス聖国の貴族令嬢だと勘違いしていたからこその話で――。
すぐにオルデ本人が、その勘違いを正した。
自分は帝都のただの平民の子だと。
それで残念ながら、そのまま求婚の話は立ち消えになった。
ナリユ卿は、オルデへの未練を残しながらも……。
平民でも構わない!
とは、言わなかったのだ。
それでおわった、儚い恋の話だった。
まあ、うん。
さすがにないか。
ナリユキだけのナリユ卿に、帝国までオルデを探しに来る度胸があるとは、どう考えても思えない。
どうせ彼のことだから、盟主という重圧に負けて――。
ナリユキだけで逃げ出したのだろう。
残念な話ではあるけどね。
私的には、お似合いな空気も感じていたので。
新章「ナリユとオルデ編」スタートであります\(^o^)/




