991 お説教は誰!?
「ねえ、お兄さま。常識って、なんでしょうね」
「……ちなみにクウ、いつから居た?」
「学院からいましたよ。私、常識的に考えて、昨日のことを報告しようと思ってそちらに行きましたから」
「安心してくれ、クウちゃん! いつもは違うルートなんだ! 今日のルートはたまにだけなんだ!」
なんかウェイスさんが言い訳するけど……。
「たまにならいいわけではないですよね? 町中であんなに走って、誰かに怪我をさせたらどうする気ですか」
私は常識的に答えさせていただいた。
「安心してくれ、クウちゃん! 人にぶつかったことはない! そこは十分に気をつけているんだ!」
「物を壊したことは?」
「安心してくれ、クウちゃん! ちゃんと弁償しているさ!」
「それだけの問題ではないですよね?」
「安心してくれ、クウちゃん! もちろん俺たちも平気さ! 任せろ! むしろ最高の訓練になっている!」
私はいったい、どれだけ安心すればいいんだろう。
謎だ。
「とりあえずウェイスさんはもういいです。少し黙っていてください」
「お、おう……」
私はニッコリと微笑んで、お兄さまに向き直った。
「で、お兄さま。常識って、なんでしょうね」
私は話を戻した。
「うむ。そうだな」
お兄さまは私から目を逸らすと、わざとらしく制服を整えた。
その後で言った。
「とりあえず腹が減ったな。姫様ドッグでもどうだ?」
「へー。奢ってくれるんですか?」
「ああ。もちろんだ」
「なら、俺はこれで! カイスト、クウちゃん、またな!」
「ダメですよー」
すかさずウェイスさんが逃げようとしたけど、制服の袖はしっかりと掴ませていただきましたよっと。
「さあ、行きますか」
私は2人を連れて、意気揚々とお店に入った。
放課後。
大人が食事を取るには中途半端な時間とあって、人気の姫様ドッグ店でもテーブルには余裕があった。
あと幸いにも、ロックさんとブリジットさんはお店にいなかった。
なのでスムーズに席に着くことができた。
中央広場に面したオープン席だ。
早速、いただく。
今日は新メニューのスパイシークウバーガーを頼んだ。
ぱくぱく。
もぐもぐ。
うむ。
やっぱり、クウバーガーは美味しいね!
「さあ、お兄さま。では、お願いします」
「ふむ。ああ、そうだったな。それでマーレ古墳のダンジョン町では、やはりまたあの子たちが暴れたのか?」
まあ、いいか。
私は先に、ざっくりと昨日のことを話した。
「なるほどな。確かに、昨日に関しては、クウは悪くないな」
お兄さまは深くうなずいた。
「ですよねー!」
よかった!
私は許された!
「むしろ、よく頑張ってくれた。感謝しよう」
「どういたしまして」
「よかったよかった! さあ、あとは腹も減ってるし、上手いモンを食って楽しい時間を過ごそうぜ!」
ウェイスさんは姫様ドッグを5つも頼んだ。
ばくばく食べている。
私は再び、お兄さまにニッコリした。
「さあ、お兄さま。常識について、私に教えてくださいね?」
「ふむ。そうだな」
お兄さまは私と目を合わせず、姫様ドッグを食べた後、
「なあ、クウ。俺は思うのだ。常識とはすなわち――。」
「はい。なんですか?」
「すなわち、だ」
沈黙が流れた。
私は水を飲む。
「……人間、たまには羽を伸ばすのも悪くはないものだな。自己の解放とは本当に素晴らしいものだ」
お兄さまは言った。
「ですねー。あははー」
私は笑った。
沈黙が流れた。
お兄さまは水を飲む。
「なあ、クウ」
「はい。なんですか」
「まあ、その、アレだ……。たまには良いものだな」
「お兄さま」
「なんだ、クウ」
「自分のことを棚に上げる前に、まずは、私にお説教しようとした件について何か言うことはありませんか?」
「すまん」
膝に手を置いたお兄さまが頭を下げた。
私は息をついた。
「……まあ、いいですけど。今回は、それで許してあげます」
「ははは! そうか! よかったな、カイスト! 俺達は許されたぞ!」
膝を叩いてウェイスさんが豪快に笑う。
「ただ、町中を走るのなら、人のいないルートを選んでくださいね。事故になったら本当に大変ですよ」
「安心してくれ! 今度からは、もっと検討させてもらうぜ!」
「楽しいのはわかりますけどね」
「だろー! クウちゃんなら、わかってくれるよな!」
「でも、本気で驚きですよ。ウェイスさんはともかく、まさかお兄さまがあんなことをしているなんて」
「だろうな。カイストは、普段は優等生の真面目ヅラしているからな」
「私、完全に騙されてました」
「よし、せっかくだ。カイストの面白エピソードを語ろう」
「あ、いいですね、それ。聞きたいです」
ここでお兄さまが、
「コホン」
と、わざとらしく咳をした。
「ウェイス、姫様ドッグも堪能したことだし、俺たちはもう帰るぞ」
「いや、これからだろ?」
「いいから行くぞ」
お兄さまは席から立ち上がると――。
ウェイスさんの腕を取って、強引に立ち上がらせた。
「クウ、では、またな」
「はーい」
まあ、いいか。
私は笑顔でお見送りしてあげることにした。




