99 これが芸というものよっ!(アンジェリカ視点)
「3番、アンジェリカ、いきます」
ゼノと同じように片腕を上げて宣言。
芸とは、何か。
芸とは、何のために在るのか。
芸とは、どこへ行くものなのか。
そう。
芸とは、精霊様の御心。
笑いの心は自然の心。
笑えば大地の花開く。
昔、新年会の時、おじいちゃんはそう言っていた。
私は今、ハッキリと思い出していた。
そう。
それが本質なのだ。
大地に咲く花に、みんなにはなってもらおう。
「見せてあげるっ! 刮目して御覧なさいっ!」
美しく。
可憐に。
時に優雅に舞い。
時に儚く散る。
そんな、花に。
「これが芸というものよっ!」
嗚呼……。
みんなに、届け。
大地の息吹。
笑いの心は自然の心。
笑えば大地の花開く。
頭の中で動きを確認する。
まず足をそろえる。
腕もまっすぐに腰につける。
直立の姿勢ね。
そこから、膝を左右に広げて脚で「O」の字を作る。
作ったら腰を少し屈める。
背筋は伸ばしたままね。
そんな脚の動作と同時に、腕も左右から持ち上げていく。
ただまっすぐに伸ばすのではなくて、花のつぼみのようにゆるやかな曲線を描きつつ行わなければならない。
最後にしっかりと両手をあわせて、指先を伸ばす。
その動作を同時に、スムーズに。
山の名前を口にしつつ、決して慌てすぎず、ゆるやかな速度で行う。
最後に――。
山の名前を言い終えるのにあわせて、両膝を深く落とす。
あわせて、両腕を思いっきり天に突く。
指先はさらに鋭く。
さあ、やるわよ。
「聖なる山――。ティル・デナ」
決まった。
聖なる山ティル・デナとは、大陸を縦に貫くザニデア山脈の最奥、竜が住まい精霊の息吹が宿ると伝わる伝説の山だ。
その山を模す。
少しだけ、滑稽に。
それがおじいちゃんの必殺の一発芸、聖なる山ティル・デナだ。
大歓声必至。
新年会の恒例らしかった。
これぞ、芸。
これぞ、息吹。
ふふ。
みんな、あまりの完成度に声も出ないみたいね。
クウもセラもエミリーもポカンとしている。
そんな中、ヒオリさんが、
「……なるほど」
と、つぶやいた。
私は姿勢を正し、一礼する。
すると、割れんばかりの拍手が起きた。
ふふ。
そうよね。
当然よ。
私はクウたちのところに戻る。
「どうだった?」
「……うん。すごかったよ。びっくりちゃった。まさかアンジェが、あんな凄い芸を持っていたなんて」
「そうですね……。わたくしも笑うのも忘れてしまいました」
「ふふーん。でしょー?」
クウとセラの賛辞を受けて、私はちょっとだけ得意になる。
でも慢心は禁物。
「エミリーはどうだった?」
「すごかった! あのね、わたし、ホントのとんがり山かと思っちゃった!」
「でしょー」
とんがり山というのは、クウが勝手に名付けたティル・デナの別名だ。
とんがっているからそう命名したらしい。
私の芸は、かくして大盛況でおわった。
まあ、これひとつだけなんだけどね。
「あ、でも。ごめんね、セラ」
私はふと思い出して、セラに謝った。
「はい、何がでしょうか?」
「だって私、つい真打ちのつもりでやっちゃったけど……。まだセラの番が残っていたわよね」
そう。
もう少し気を使ってあげるべきだった。
私の後では、セラの芸が霞んでしまう。
「そうだ! ねえクウ、最後はクウとセラのコントにしたらどう?」
私は提案した。
「いいかもだね。面白そう」
クウはすぐに乗った。
「でも、そんなすぐにネタなんて考えられるんですか?」
「任せてっ!」
クウは自信満々だ。
「そういうことでしたら、わたくしもクウちゃんと一緒がいいですっ!」
「決まりね」
よかったよかった。
私はうなずいた。
「ちなみにセラちゃんは、どんな芸を考えていたの?」
エミリーが無邪気にたずねる。
「わたくしですか? お兄さまのモノマネをしようかと」
「どんなどんなっ!?」
「はい、では」
セラが立ち上がって、コホンと息をつく。
そして腕組みして、キッとクウのことを睨みつけた。
「……ク、クウのことなんて、なんとも思ってないんだからなっ!」
言いおえるとそっぽを向いて、
ちらり。
と、クウのことを見る。
「ぶっ!」
クウがすごい勢いで吹いた。
えと。
それって何?
どゆこと。
「……セ、セラ、それは何だろう?」
クウがおそるおそるたずねる。
「お兄さまのモノマネですけど……」
「そ、そうなんだ?」
「はい。この間のお兄さま、クウちゃんに対してこんな感じでしたよね?」
「そ、そうだっけ……?」
珍しくクウが動揺しまくっている。
セラだけでなく、シルエラさんにも確認を求める。
面白い。
あ。
見ればシルエラさんがくすくすと口に手を当てて笑っている。
「はい、たしかに。そんな感じでございました」
笑いながらシルエラさんが言う。
「やめてー! なんかそんなテンプレなツンデレとしゃべってたと思うと、すごく恥ずかしくなるぅぅーっ!」
クウが顔を手で覆って伏せた。
「ねえ、クウ。ツンデレって何?」
よくわからないので、私はたずねた。
するとエミリーが教えてくれた。
「アンジェちゃん。ツンデレっていうのはね、普段は冷たい態度のくせに本当は大好きだからたまに甘えちゃう人のことなんだよ」
「へえ、そうなんだ。エミリー、物知りなのね。って、えええええ!?」
待って待って!
「ってことは、セラのお兄さまはクウに懸想しているの!?」
「残念ながら、そこまでではありませんでした。ただ、いつもと違うお兄さまの様子がとても印象深かったですけれど」
「残念じゃないからね!?」
必死で否定するクウを見て、つい私は笑ってしまった。
感情豊かで可愛いわよね、クウって。
なんにしてもセラとクウのコントは、ものすごく楽しみね。
期待させてもらおう。




