986 闇の囁き?
私たちは隊列を組んで、ダンジョンの通路を歩いた。
「……空気は生暖かいのだな。照明はないのに暗くはないし、呼吸もできる。音も普通に響くのか」
ダリオが小声で思ったことを口にする。
「ダンジョンって、けっこう死者も出るんですよね?」
アヤが怖い質問をする。
「そうね。このマーレ古墳でも、奥には凶悪な魔物がいるし、どうしても自己責任はつきまとうわね」
『黄金の鎖』の女魔術師さんが答えてくれた。
「そうですかぁ……。そうですよねえ……」
「もっとも浅い場所なら、死者なんて滅多に出ないから安心していいわよ」
「出るには出るんですね……」
「ダンジョンで泥酔する人がいたり、実力を過信した無謀な新人がいたり、どうしてもねえ」
お姉さんが肩をすくめる。
「なら、オバケとかも……出ちゃったりするんですか?」
アヤがおそるおそるたずねる。
「そうね。亡霊系の魔物もダンジョンにはいるわね。――ほら、そことか」
お姉さんが冗談めかして視線を動かした――。
その時のことだった――。
フゥ。
と、私の首筋に、冷たい息のようなものがかかったぁぁぁぁ!
「ひゃあああああああ!」
私は驚いて飛び跳ねたぁぁぁぁぁ!
――ねえ、クウ。
闇の中から囁くその声は……。
たとえ姿を消していても、誰なのかはわかる……。
「今は無理ー! 迷惑だからまた後でぇぇぇぇ!」
私は叫んで、ゼノを押しやろうとした。
――えー。
ゼノは、するりと私の手から逃げて、どこかに離れていった。
ふう……。
ホントに、もう。
あ。
私は、みんなの視線に気づいた。
「ごめんねえ。こんな場所でやっていい冗談ではなかったわね」
「あ、いえ……」
お姉さんに手を借りて、立たせてもらいました。
「しっかりしろよ、クウ。言葉だけでビビってんじゃねーぞ。これから本物の魔物が出るんだぞ」
振り向いたレオが冷たい目を向けてくる。
「クウちゃん、オバケ見ちゃった? 怖かった?」
「安心しろ、マイヤ。錯覚だ」
「うん。僕も、ここには何もいないと思うよ。だから安心して……?」
アヤとダリオとラハ君には心配された。
もう帰ることも提案されたけど、さすがにそれは断った。
だって入ったばかりだしね。
何よりも、私はビビったわけではないのだ。
いや、うん。
ビビったことはビビったのか……。
オバケとは無関係な、まったく別の闇の大精霊にね……。
ゼノめ……。
いったい、何の用で来たのか……。
とりあえず離れてくれたみたいだからいいけど……。
しかし、今日はどんな日なのか。
イルといい、キオといい、次から次へと……。
さて。
そんなこともありましたが。
幸いにも、通路で魔物と遭遇することはなかった。
普段なら通路にも魔物はいるんだけど……。
先行したパーティーがすでに倒していて、私たちの移動中にはリポップ時間に届かなかったようだ。
私たちは問題なく、最初の広間に到着した。
広間の様子はいつもと違っていた。
いつもなら、気楽にダラダラと過ごしながら、近くに湧いた敵だけを倒している冒険者の皆さんが……。
今日はキリリと、油断ない様子で立っていた。
真面目に仕事をしている!
なんというか、まるで授業参観のような空気を感じなくもないけど。
広間のあちこちには、武装した騎士の姿もあった。
生徒が襲われたり、間違えて奥の方に行ったりしないように、万全の体制が取られているようだ。
さすがは帝都中央学院の研修だね。
私たちは自由時間となる。
ここからしばらくの間、戦う冒険者たちの姿を見て回れるのだ。
レオたちは早速、走って行ってしまった。
「クウちゃん、私たちも行こっか」
「ごめん、私は静かにしているよ。ダリオ、ラハ君、アヤも一緒に連れて行ってあげてくれる?」
「ああ、それは構わないが……」
「マイヤさんは一人で平気なの? なんなら僕も残ろうか?」
「ううん。気にしないで。せっかくの機会なんだし、見学してきてよ」
3人は、私を残すことにためらいを覚えながらも――。
私に促されて、広間の見学に出かけた。
『黄金の鎖』の人たちにも心配されてしまったけど……。
大人しくしていますのでお気になさらずー、と、明るい愛想笑いを駆使して彼らにも離れてもらった。
それでも気にはされているけど……。
広間は賑やかなので、会話が届くことはないだろう。
うむ。
よし。
やっと1人になれた!
私は壁にもたれて、景色を眺めるフリをしながら――。
ゼノに小声で呼びかけた。
「……ゼノー。姿は見せなくていいから、声だけちょーだい」
「やっほー、クウ」
「やっほーじゃないよー。何の用?」
「言っとくけど、ボクだって来たくて来たワケじゃないからね? これでもいろいろと忙しいんだから」
なら帰っていいよ、と、私は言いかけたけど……。
ゼノは用があるからこそ来たわけだ。
「何かあったの?」
私は仕方なくたずねた。
「何かじゃないよ、クウ。いったい、君は何をやっているのさ」
「私?」
「イルが来て、クウに意地悪されたって怒ってたよ。と思ったらキオが来て、クウとオトモダチになったって自慢して。ボクの目の前でキオがイルを見下して、イルが本気で怒り出して大喧嘩になって。あやうくこの大陸で、大竜巻と大洪水が発生するところだったんだからね」
「言っとくけどさ……」
「なに?」
ゼノが、ものすごく不機嫌な声で聞き返してきた。
「私は悪くないからね……?」
「は?」
うわ。
本気でイラッとされた!




