968 閑話・皇女アリーシャは精霊に気に入られて……。
「美味! 最高なの! 特にこのカラアゲ? っていう衣の付いた肉料理、これはなんなのなの! 肉汁が弾けるの! カリッとプシューで至福なの! こんな料理は聞いていなかったなの! イルは大満足なのー!」
よかったです。
水の大精霊イルサーフェ様は、心から幸せそうな様子で、眼の前に置かれた山盛りの料理を食べてくれています。
特にカラアゲを気に入ってくれたようです。
両手に持って、交互にパクパクと口に放り込んでいきます。
そのお姿を見ていると、こちらまで幸せになれるようです。
ほんの少しだけ、はしたなくはありますけど……。
ええ、はい……。
もしかしたら、わたくし、アリーシャも……。
メイドや料理人たちには、こんな風に見られていたのかしら……。
わたくしも、ええ……。
時には両手にスイーツを持って、パクパクしていましたわね……。
イルサーフェ様のお姿は、反面教師――。
ええ……。
我が身の鏡として、自戒の楔にしなくてはなりませんね……。
いえ、でも……。
イルサーフェ様は、精霊様です。
すなわち、正義なのです。
その行いは、自然の摂理に則った、正しいものなのです。
とすれば、わたくしは正しかった?
わたしくは、むしろ、もっとパクパクと食べて……。
精霊様のご意思に近づく努力を、するべきなのかも知れません……。
ああ……。
カラアゲも美味しそうですわ……。
「なの? どうしたなの? おまえもカラアゲがほしいなの?」
ああ、いけません!
物欲しそうな顔をしたら、イルサーフェ様に気づかれてしまいました!
「え。あ。いえ……」
「ほしいなら遠慮せずに食べていいなの。たくさんあるなの。それにみんなで食べた方が楽しいなの」
ほら、と、イルサーフェ様が、その手に持ったカラアゲを、わたくしの方に差し出してくださいます。
受け取らないのも失礼でしょう。
わたくしは受け取って、いただくことにしました。
ぱくり。
噛むと、まるで口の中に、新しい世界が広がるかのようです。
衣はカリカリ、中はジューシー。
本当に見事な完成度です。
はふう。
思わず、変な声が出てしまいますね……。
「アリーシャはいい顔をするなの。よし、決めたなの! アリーシャ! おまえはイルと契約をするなの!」
「ほふ」
まだわたくし、カラアゲが口の中にあるのです。
いきなり返事はできませんでした。
「じゃ、決定なのー!」
「ほふほふっ!」
わたくしは急いで、カラアゲを飲み込ます。
我ながら恥ずかしい姿です。
「も、申し訳ありません、大精霊様――」
ここで司祭が口を挟んできました。
彼が言うには――。
「こちらの御方は、帝都にお住まいの皇女殿下であらせられまして――。サンネイラの住民ではありませんので――」
「なら、引っ越せばいいだけなの。ここは良い土地なの。なんといっても水の大精霊であるイルが、ずっと見てきたんだから!」
「別の者にしていただくわけには……。たとえば、ここにいる巫女リーファなどは生まれも育ちもこのサンネイラで――」
「確かにそこの子は良質な水の魔力を持っているなの。でも、それとこれとは別の話なの。アリーシャはイルに声を届かせたなの。しかも何故か、イルを物質界に連れてきてくれたなの。そんなの普通は不可能なの。それこそイルとの相性が完璧すぎて困るくらいか、強大な力の作用が――」
話しかけて、急にイルサーフェ様は動きを止めました。
ハッと何かを思い出したように――。
「強大……。強大な……」
立ち上がって――。
緊張しきった面持ちであたりを見回します。
「ど、どうされました……?」
「完全に忘れていたなの……。イルは、命を狙われているんだったなの……」
「「「えええ!?」」」
司祭を始めとして、部屋にいた皆が驚きの声をあげます。
部屋には、司祭に巫女に神官――。
それにトルイドさんと、そのご両親がいます。
わたくしはたずねました。
「相手は――、魔王、なのですか?」
「アリーシャ! まさか知っているなの!? 魔王のことを!」
イルサーフェ様が驚きと共に、期待を込めるような声をあげて、わたくしのことを見ますが――。
「いえ――。イルサーフェ様がそう言うのを聞いたので――」
「なの……。なのぉ……。そうなのねえ……」
「あの、魔王とは、いったい、どういう……」
「イルは、イヤというほど、先代様から聞かされてきたなの……。それは完全にトラウマになっているなの……。
そして、現れたなの……。現れてしまったなの……。
青い光なの。まばゆい、青。その圧倒的な輝きで、闇を、光を、火を、風を、飲み込んでいった恐怖の存在なの。あああ! ヤダヤダなのぉぉ! イルは飲み込まれたくないなのぉぉ! 怖いなのぉぉぉ!」
「あの、イルサーフェ様……。それはまさか……」
「やっぱり知っているなの!?」
「いえ――」
わたくしは、一瞬、思いついたことを口に出しかけましたが――。
それは留めました。
いくらなんでも、まさかでしょうし。
青い光といっても、唯一ではないでしょうし。
そもそも彼女は、ふわっとした優しい子です。
魔王などと呼ばれる存在ではありません。
ただ、ええ……。
夏に白騎士の皆が、彼女のことを……。
白天の世界に輝く、たったひとつの青い星!
と声を揃えて叫んでいたのを……。
思い出してはしまいましたが……。
「なの。でも、おかげで助かったなの。さすがの魔王も、まさかイルが物質界にいるとは思わないに違いないなの」
イルサーフェ様とお話ししながら、わたくしは思いました。
これはクウちゃんに、先に知らせておくべきでしたね……。
いえ、今からでも知らせに行きましょう。
そう思った時でした。
「ふふ……。ふふふ! そうなの! 今のうちに防衛体制を整えるなの! 物質界でなら魔王も力は出せないはずなの! 追いかけてきたところを、返り討ちにしてやればいいという話なの!」
イルサーフェ様が、とんでもない決意をしてしまいました。
「なの! みんな、外に出るなの! 外にもニンゲンがいるなのね! 大精霊の帰還をまずは盛大に知らせてやるなの! そうしないと大魔法を行使した時、みんなを驚かせてしまうなの!」
「いったい、何をするつもりなのですか?」
わたくしはたずねました。
「この地は、遥か昔から水の大精霊の地なの。だからこの地には、大いなる水の力が蓄積されているなの。だから大丈夫なの。任せてなの」
イルサーフェ様が行ってしまわれます。
わたくしたちは、互いに顔を見合わせた後――。
他にどうしようもなく――。
イルサーフェ様に続いて、神殿の外に出ることになりました。




