961 お姉さま、丸まる
「あの……。何をやっているんですか……?」
放置もできないので、私は仕方なく3人に声をかけた。
「お、師匠。見てくれよ、この醜態」
「本当です。このまま伸ばされてパスタにでもなるつもりなのかしら」
「わたくしは小麦粉ではありませんっ! 引っ張られたところで、別に伸びたりはしませんわっ!」
「いっそ伸びた方がいい気もしますね」
すっきり痩せそうだし。
私が冷静にそう言うと、
「なら伸ばすか」
と、ブレンダさんがさらにお姉さまを引っ張った。
で、結局、純然たるパワー差もあるので、お姉さまはしがみついていた樹木から引き剥がされた。
すると開き直ったお姉さまが私たちにビシッと指を向けてきた。
「ええいっ! 帝国皇女に向かって無礼ですわ! そこに直りなさいっ!」
「お姉さま、そういうのは相手を見て使わないと無意味ですよー」
私はお姉さまを肩に担いだ。
「な、な、なにをするのですかー!」
「さ、行きましょうねー」
仕方がない。
今日はキタエ隊に付き合ってあげるか。
私は練武場に向かった。
よいしょっと。
道場の床にお姉さまを転がす。
すると……。
お姉さまは、ダンゴムシになった。
「……お姉さま、なんですかそれは」
「わたくしは疲れているのです。もう動けませんわ」
「さっきまで、夏のセミみたいに元気に木にへばりついていましたよね?」
「わたくしはまだ幼虫ですわ」
「たしかに今の見た目は幼虫みたいですけど」
丸まって、ね。
「これはダメですね」
その様子を見たメイヴィスさんが、ため息まじりに言った。
まあ、いいか。
私はメイヴィスさんとブレンダさんに言った。
「じゃあ、今日はあきらめて帰りますか」
「そうですね」
「なあ、師匠。それなら、このまま師匠のお店に行ってもいいか? まだ門限までには時間があるからさ」
「それならわたくしも。ファーさんとおしゃべりしたいです」
「はい。いいですよー」
ブレンダさんとメイヴィスさんは、すでにファーとは面識がある。
3人で出ていこうとすると……。
「どうしてわたくしを無視するのですかぁ!」
うしろでお姉さまが叫んだ。
仕方なく振り返ると、羽化する気になったのか、幼虫の状態から少し進化して半身を起こしていた。
「無視はしていませんよね? あきらめただけです」
「……クウちゃんに見捨てられたら、わたくし、大変なことになりますよ? 帝国皇女ともあろう者が、牛になってしまいますわよ?」
「それ、自分で言うことじゃないですよね」
「では誰が言うのですかぁ!」
「わかっているなら動いてくださいね?」
「…………」
「…………」
何故か無言で見つめ合うことになった。
「どうしたいんですかぁ」
ホントに、もう。
「わたくしをやる気にさせてください」
めんどくさ!
とは思ったけど、仕方がないか。
実はいいことを思いついた。
「じゃあ、お姉さま、明日の休日のご予定はどうですか?」
「クウちゃんのお誘いならもちろん空けます」
「なら、迎えに行きますね」
「どこかに行くのですか?」
「はい。楽しみにしていてください」
というわけで。
この日の放課後は、ファーとの交流会になった。
お姉さまは当然のような顔で普通に付いてきた。
うん。
普通に元気ですねっと。
そして、次の日。
大宮殿の奥庭園でお姉さまと合流して、私は空に浮き上がった。
お姉さまも銀魔法の『重力操作』で浮かす。
今日はこれから、2人で空の旅だ。
「うう……。いってらっしゃいです……」
「行ってくるねー」
ものすごく行きたそうな顔のセラは、残念だけどお見送りです。
「それでクウちゃん、今日はどこに行くのですか?」
「ふふー。いいところですよー」
「いいところで、わたくしがやる気になるのですか?」
「それはお姉さま次第ですよー」
「実はわたくしだって、がんばりたいのです……。でも、体が言う事を聞いてくれないのです……」
お姉さまは、大人びていても、まだ14歳。
今の私より、2つ上なだけなのだ。
そういう時もあるよね。
まあ、うん。
最近のお姉さまは、大人びて見えないことの方が多いけど。
さあ、私も頑張るか。
思えば私も、こちらの世界に来て一年以上。
最初の頃より、かなり魔力の扱いに慣れた。
昔は苦労していた飛行魔法の継続も、同時に重力魔法で誰かを運ぶことも、それなりに出来るようになった。
今日は距離もあるし、それなり以上に大変なのは確実だけど……。
逆に言えば、良い訓練になりそうだ。
私も、うん。
いつもふわふわばかりしていないで、たまにはみんなみたいに、真面目に自分を鍛えないとだしねっ!
では!
どうなるかはわからないけどっ!
とにかく行ってみよう!
食の都――。
サンネイラへ!




