953 感謝のココロ
表彰式の次の日。
「……って、ことがあってさぁ」
「へー」
私は朝っぱらからユイのところに行って、昨日のことを愚痴った。
「ねえ、ユイはどう思う? 酷いと思わない? 酷いよね?」
「酷いって、誰が?」
「お兄さま」
「どうして?」
「どうしても何もないでしょー」
私がソファーに浅く座ってへたれると、ケモミミ少女姿のリトが目の前に立って呆れた声で言った。
「まったく。酷いのはいつものことながら、クウちゃんさまの頭なのです。騎士の誇りを理解しないばかりか、卑怯にも裏口入団させようなんて」
「バレなきゃ同じでしょー」
「バレようがバレまいが、犯罪は犯罪なのです。卑怯は卑怯なのです。それは魂に刻まれていく記録なのです。最悪なのです。最低なのです。クウちゃんさまは自分が見込んだニンゲンを、醜い魂の持ち主にするところだったのです。本気で100年は消えていろなのです」
「ねえ、リト。私が消えるなら、リトも連れて行くからねえ」
「なんでなのですか! まっぴらごめんなのです!」
「ふふー。一緒だよー」
腕を伸ばすと、走って逃げられた。
「ユイ、助けてなのです! クウちゃんさまが、自分の責任をリトに押し付けようとするのです!」
「とりあえず、朝ご飯できたよー。食べよー」
いただくことにした。
ダイニングのテーブル席について、いただきます。
ぱくぱく。
もぐもぐ。
ユイちゃんちの朝食は、今日もご飯と味噌汁です。
加えて、小鉢がついていた。
「ねえ、クウ。私もさ、お兄さんの判断は正しかったと思うよ」
「なんでよー」
「ちゃんと、必要な確認はするって言われたんだよね?」
「そもそも卑怯なことをしようとするのが悪いのです。何もかも、小鳥程度の頭しか持たない馬鹿なクウちゃんさまの責任なのです。さっさと反省して最低1000年は消えていろなのです」
「あー、はいはい。消えるなら一緒だからねー」
「2人とも消えちゃ駄目だからね! 私が泣くからね!」
叫んで、ユイはわざとらしくため息をついた。
「だいたいさ、クウ。ヤマちゃんって、正義感の強い人なんだよね。そんな人がクウみたいに堂々と裏口入学して、喜ぶと思う?」
「あの、ユイ……。言っとくけど、私はちゃんと受験して、形だけは普通に入学したからね?」
「ほらー。クウですらイヤでしょー。そういうのー」
「バレなきゃ平気なのー」
「クウの時にも皇帝陛下から裏口入学の話は来たよね? 隠さずに」
「まあ、それは、来たけど……」
「それが誠意というものなのです。わからなければ、1万年くらいは黙って静かに勉強していろなのです」
「少なくとも、皇帝陛下ですらそうだったんだから、それが帝国貴族の誠意であることは確かだよね。クウとの約束を守って、公正に、裏口入団の手続きをしてくれたんじゃないの?」
「もー。なにさー。2人してー」
私が悪いみたいにー。
「とにかく、クウ。感謝の心は忘れずに、ね」
「なのです。クウちゃんさまは、1日100万回、感謝のお辞儀をして謙虚に生きろなのです」
朝食の時間は、あっという間におわった。
その日も学院で授業を受けつつ、ぼんやりと窓ごしの空を眺めて……。
私は思った。
私が、よく知らなかっただけ……。
だったのかな……。
お兄さまにもマウンテン先輩にも、面倒をかけさせただけで……。
マウンテン先輩は、笑顔で許してくれた。
ごめんなさい。
でも、昨日はあれから、お兄さまとは口を利かなかった。
だって密約だったのに……。
まあ、うん。
お詫び……。
ううん。
謝るのは、なんか絶対にヤダ。
いろいろと手を回してくれたことには……。
感謝だけしとくか……。
その方がいいよね……。
うん。
こういう時は、ちゃんと、自分から動いた方がいいよね。
でも、感謝っていってもなぁ……。
面と向かっては恥ずかしいし……。
お昼休みになった。
私はアヤたちと食堂にはいかず、1人、中庭を散歩した。
で。
お腹も空いたので、ベンチに座って、姫様ドッグを食べることにする。
食べつつ、思った。
「そうだ」
感謝と言えば、これがあったよね。
姫様ドッグを食べてから、私は姿を消して浮遊した。
騎士科5年生の教室に行ってみる。
お兄さまはいた。
私がこんなにもいろいろと考えているのに……。
お兄さまは、ウェイスさんたちと何やら楽しそうに笑っていた!
許せん!
許せんけど……。
まあ、いいのです。
私は、感謝に来たのだから。
まずは、スリープクラウドでみんな眠らせてっと。
お兄さまのまわりに姫様ドッグを並べてっと。
よし!
以前にも同じようにプレゼントして、喜んでもらったことがある。
なので、私ってわかるよね!
自分の教室に戻ると、アヤたちも食堂から戻ってきていた。
誘われて、みんなでカードゲームで遊ぶ。
すると、最初のゲームがおわらない内に……。
お兄さまが、勢いよくドアを開けて、私たちの教室に姿を見せた。
みんなが驚いて動きを止めて……。
エカテリーナさんが礼儀正しくお辞儀をする中……。
お兄さまが爽やかスマイルを浮かべながら、私のところに来た。
お兄さまの手には姫様ドッグがある。
「なあ、クウ。目覚めたら、随分と久しぶりに、俺のまわりにぐるりとこれが置かれていたのだが……。これは、アレか? 随分と久しぶりに、おまえからのプレゼントだと思ってもいいのかな?」
「はい。そうです。わかってくれてよかったです」
私はにこやかに答えた。
「ほほう」
「あ、足りなかったですか? まだありますよー。あ、というか、袖にケチャップがついてますよ」
私は優しい子なので、ハンカチで拭ってあげた。
「ああ、すまんな。急いできたものでな」
「えーと、な……。クウちゃんさんよ」
一緒に来ていたウェイスさんが、横から声をかけてくる。
「はい。なんですか?」
「これはアレか? 果たし状の代わりなのか?」
「いえ。ちがいますけど……」
どこから果たし状なんてことになるのか。
ホントに戦闘狂だよね。
「ほら、昨日、いろいろとありましたよね……。それで、私も愚痴ったりしていたんですけど……。まあ、ほら、手間はかけさせましたし、ご迷惑になってしまった気もするので……。感謝の品です」
「感謝だってよ。なら受け取っとけばいいよな」
ウェイスさんがお兄さまの肩を叩く。
「はい。受け取ってください」
「まったく……。おまえというヤツは……」
「さあ、どうぞどうぞ」
オススメすると、お兄さまは姫様ドッグを食べてくれた。
「美味しいですか?」
「まあな」
「それはよかったです。……あの、お兄さま?」
「どうした?」
「あの、えっと……。これからも仲良くしてくれますか?」
「何を言っている。当然だ」
よかった。




