950 アンジェとおしゃべり
放課後、お姉さまの様子を見届けた後、私はすぐに我が家に帰った。
エミリーちゃんと店番を交代する。
たまには早く帰してあげないとね。
「では、店長。お先に失礼します。お疲れ様でした」
「うん。気をつけて帰ってねー」
「妾が家まで送るので、安心するといいのである。ついでにゼノのところに行くので夕食は不要である」
「うん。わかったー。ゼノによろしくねー」
エミリーちゃんとフラウがお店を出て、私はファーと2人になる。
ファーとおしゃべりした。
エミリーちゃんたちの協力で、ファーはどんどん知識を得ている。
私が野外研修に行っている間も頑張っていたようだ。
試しに問題を出してみたけど即座にカンペキに答えは返ってきた。
礼儀作法なんかも、いつの間にか覚えていた。
ただ残念ながら現状、自我は得られていない。
状況に対して最適解を示すだけの、メイドロボのままだった。
なので会話は、そっけないものだった。
進化には、知識とは別の何かが必要なのかも知れない。
「やっほー、クウ」
「やっほー、アンジェ」
しばらくするとアンジェが遊びに来た。
お客さんはいない。
のんびりタイムだ。
私は早速、アンジェにキタエ隊とお姉さまのことを話した。
「……そもそも、普通に考えればダンジョンの方が大変よね。ダンジョンをご褒美だと思えるのが、さすがと言えばさすがね」
「あははー。だよねー」
我ながら口が軽いです。
でも私は、そもそも、ふわふわのクウちゃんなので仕方ありません。
ふわふわしたい年頃なのです。
おしゃべりしたいのです。
12歳なのです。
前世?
そんなものは、もうどこかに溶けて消えてしまったのです。
まあ、うん。
私はともかく、アンジェやエミリーちゃん……。
それにマリエもだね。
私の友達は、みんな、びっくりするほどしっかりとしているので、変な噂になる心配はない。
なので私は安心なのです。
実は私が一番、精神年齢が低いんじゃないだろうか……。
なんて、思うこともあるくらいなのです。
まあ、さすがにそれはないけど。
なにしろ私は、中身20歳超えのお姉さん。
ほんの少しだけふわふわとしているだけで、しっかりしていることには我ながら定評があるのだ。
「それにしても、今日は1人なんだね」
いつもはスオナかセラが一緒だけど。
「スオナもセラも、それぞれ派閥の人たちとのお付き合いね」
「へー。大変そう」
「大変なのは私よ。どっちに付き合っても、角が立つんだからさ。クウのところに逃げてきちゃって、邪魔だったらごめんね」
「安心して。うちは大歓迎だよー」
セラは皇帝派。
スオナは門閥派。
本人同士は仲良しでも、所属する派閥は違う。
最近では皇帝派の大優勢で、門閥派はすっかり大人しくなって表立って噛みついてくることはないけど――。
それでも垣根が消滅したわけではない。
生徒会や寮生活で、両側の先輩と接する機会の多いアンジェは、いろいろと気苦労しているようだ。
「ちなみに体の方はどう? おかしなところはない?」
「ええ。おかげさまで。体は健康よ」
「それはよかった」
「というか、アレね……」
「ん?」
「私もメイヴィス様のことは言えないかも。あの時に悪魔と戦った高揚が忘れられなくて、正直、体が疼いて困るわ」
「もっと戦いたいって?」
「そ。なんかね、体が叫ぶのよ。暴れさせろーって」
「あはは」
「あーヤダヤダ! 戦闘狂になりそう」
自分で自分を抱いて、アンジェはブルッと震えた。
「いいんじゃない? 将来はメイヴィスさんたちの後を継いで、狂犬って呼ばれるようになれば」
セラとスオナとアンジェで、人数も一緒だし。
「それがイヤなのー。勘弁してよー。ただでさえ、ギザに仲間だと思われてうんざりしているんだからさー」
「あはは」
「あいつ、殴れば殴るほど元気になって、変態かってーのよ」
「アンジェ、お願いだから、変な方向に目覚めないでね……」
「私は目覚めないからねっ!?」
「あはは」
「ホンットに、さ。クウは気楽でいいわね。あ、でもさー、クウー」
アンジェが急に、妙にいたずらっぽい目を向けてきた。
「どしたの?」
「クウはどうなのよー。目覚めちゃったりしていないのー? 最近、けっこう学院で噂になっているわよね」
「なにが?」
「なにがって……。決まってるでしょ」
ふむ。
なんだろ。
私が首をひねっていると――。
「仲良くしてるじゃない。お・に・い・さ・ま♪ って」
「あっ! その言い方いいねっ! あざとかわいい! アンジェって、そういう子にもなれるんだねー」
なんて私が感動すると、アンジェは肩をすくめた。
「その様子だとないか」
「なにがなの?」
「アンタとカイスト殿下が仲良しねって話」
「んー。そうだね。お兄さまとは、けっこう仲はいいと思うよ。最近は一緒に仕事することも多いし。最初の頃なんてさ、ツーンと澄まして無視してたくせに、最近は愛想も良くなってねー」
「まあ、よくわかったわ。ねえ、ところでさ、アリーシャ様って、もうご婚約は正式に決まったの?」
「ううん。まだだと思うよ」
「そっか。早く決まればいいのにね」
「だねー」
さすがに皇女様だけあって、本人たちの気持ちだけで、即座に決定というわけにはいかないのが辛いところだ。
「あと、そうそうっ! スオナなんだけどさ――」
「何かあったの?」
「あったあった! クウは、ガイドルって覚えてる? ほら、アロド公爵が決めた元の婚約者の先輩」
「うん。もちろん覚えてるけど」
「最近、お昼休みにね、あの2人が中庭で話しているを見かけちゃって。偶然にも同じ本を読んでいたらしくてね。スオナ、あんなに怖がっていたのに、けっこう自然な感じで驚いちゃってさー」
「へー。いつの間にか、仲良くなってたんだ?」
「みたい。青春よねー」
「だねー」
「アンタもでしょー」
「私?」
私は首をひねった。
「まあ、いいけど」
「ていうか、アンジェだよね?」
「私?」
今度はアンジェが首をひねる。
「ギザと仲良しだよね?」
すっかりと。
「やめてよねー! あーもう! 肌がかゆくなってきた!」




