949 お姉さまキタエ隊、始動
「おいおい、姉御と話がしたければ、まずは親衛隊の俺らを通して――」
「うっさい!」
「ぐはっ!」
学院の放課後。
懲りないデカ男を蹴っ飛ばして、私は鍛錬場の扉を開け――。
ようとしたのだけど……。
うん、アレか。
やっぱり姿を消して、こっそりと中に入ることにした。
メイヴィスさんたちの修行場は、いつも同じだ。
屋内の第一修練場。
強い無属性の魔力反応が3つあるので、中にいるのはわかる。
普段なら、他の貴族生徒も利用する場所なんだけど……。
今日は関係者以外立入り禁止になっていて、外にはメイヴィスさんの子分がずらりと並んでいた。
子分って、こういう時には便利でいいね。
中では、メイヴィスさんとブレンダさんとアリーシャお姉さまが、ちょうど訓練を始めようとしているところだった。
「さあ、アリーシャ、鍛えますよ」
「早く剣を持ちなっ!」
「ええ……。それはもちろん、お付き合いはしますけど……。2人とも、今日は少し様子が変ではなくて?」
「あら。どこがですか?」
「妙にわたくしに構いたがるというか、なんというか……」
「ふふ。それは、わたくしたちがキタエ隊だからです」
「だなっ!」
「2人が鍛えたいのは、いつものことでしょうけれど……。普段は、わたくしには構わず始めますわよね?」
「そんなもん、今日の主役がアリーシャだからに決まっているだろ」
「そうですね」
「倒れるまでやるからなっ!」
メイヴィスさんに負けず、ブレンダさんもやる気全開だね。
素晴らしい。
「なぜ2人は、そんなにも本気の目をしているのですか? しかも、わたくしが主役とはどういうことですか?」
「あら。そんなの、わかりますよね?」
「わかるよな」
「わかりませんわ!」
お姉さまは、いつもと違う空気を感じ取ったようで、修練場にまで来ておいて妙に抵抗を始めた。
む。
お姉さまは、わざとらしくスカートの裾を整えると、
「……わたくし、今日は急用を思い出しました。先に失礼しますわ」
とか言い出した!
逃げる気だ!
「まあまあ、そう言わずに」
「ですね」
そんなお姉さまの両方の腕を、ブレンダさんとメイヴィスさんが左右からがっちりとつかんだ。
「2人とも、離しなさいっ!」
「そうはいかないんだよなー。これが」
「ええ。今日は体力の限界まで一緒に鍛えましょうね、アリーシャ」
「今日から、だろ」
「ええ。そうでした。今日から、ですね」
うむ。
さすがは私の見込んだ2人だ。
よくやってくれている!
「なんのつもりですかぁ! いくら2人でもこのわたくしに、」
「アリーシャ、よくお聞きなさい」
「な、なんですか……」
「わたくしとブレンダは、正式なキタエ隊なのです。貴女には、もう逃げ場なんてありませんよ?」
「そーそー。アリーシャ、おまえに残された道はひとつだけだぞー」
「といっても、すでに放課後ですし……! あまり遅くなると、お母さまに怒られてしまいますわ!」
普段から自由に放課後の食べ歩きをしているお嬢様が、こんな時だけ都合のいいことを叫び出した。
「安心してください。そんなこともあろうかと、キチンと大宮殿には至急の使いを出しました。皇妃様に確認したところ、快く、キタエ隊にすべてお任せするとのお言葉をいただきました」
「そんなー!」
あ、今の叫び、セラにそっくりだったよ。
さすがは姉妹だねー。
「さあ、やるぞー」
「そもそも先程から出てくる、そのキタイ隊というのは何ですか!」
え。
キタイ隊、だと……。
それは、アレだよね。
手拍子に合わせてマッスルポーズを決める、とてとてとても気持ちの良い私のための隊のことだよね。
最近はご無沙汰で、欲求不満だけども……。
ああ……。
私も、久々に解放されたいなぁ……。
「キタイではありません。キタエ、です」
「そーそー。キタエ隊ってのはな、クウちゃんがアリーシャのために設立した新しい組織なんだぜー」
「え。クウちゃんがですか?」
「ええ。キタエ隊の隊長はクウちゃんです。わたくしたちは、クウちゃんの命令で貴女を鍛えるのです」
「だから、逃げ場なんてないぞー。あきらめなー」
「そんなぁ……」
あ、お姉さま、観念したのかな。
がくりと力を無くして、
「わかりましたわ……。わたくしも、いつかはこの時が来ると、実のところは覚悟しておりましたの……」
「おし。やろうぜ!」
「ええ。わたくしたちの、輝くダンジョン生活のために」
「だなっ! アリーシャのダイエットなんて適当におわらせて、早くダンジョンに行きたいぜー!」
「……なるほど。……そういうことですのね」
「ええ。そういうことです」
メイヴィスさんが悪びれる様子もなくニッコリと笑った。
相変わらず、何の毒気も感じない、涼しげで優しげで、清楚な笑顔だ。
うむ。
なんにしても、2人に任せておけば大丈夫だね。
よかったよかった。
私は安心して家に帰ることにした。




