947 お姉さまの秘め事
私はそれなりに鋭い子なので、すぐに気づいてしまった。
大宮殿での、皇帝一家との夕食。
それは一見、楽しい空間だった。
だけど、違う。
皇妃様の目が笑っていない。
陛下とお兄さまが、目を逸らしている。
セラは気づいていない。
ナルタスくんは無垢だ。
アリーシャお姉さまは、すべてを気にすることなく、隙のないお上品さで食事を進めている。
違和感の理由は……。
うん。
はい。
私には、わかる。
わかってしまうのです。
食事の後、退出するところで、お姉さまに手を掴まれた。
「クウちゃん、ちょっといいかしら」
「はい。なんですか?」
「ここではなんですから、わたくしの部屋で……」
「はぁ……」
正直、面倒な予感しかしなかったけど……。
それでも断るよりは、話を聞こうと思ったのですが……。
「お姉さま。クウちゃんは、さすがに今日はおしまいです。帰って、ゆっくりと休んでもらいます」
セラが立ちはだかった!
のだけど……。
まあ、うん。
私は大人しくアリーシャお姉さまのお部屋に行かせてもらうことにした。
話の内容はわかるので、セラは連れて行かない。
というか、行けない。
ごめんね。
そんなー、って、悲鳴を上げられたけど。
ばたん。
ドアを閉じて、お姉さまと2人になる。
「考えてみると、お姉さまの部屋に来るのは初めてですね」
お姉さまの部屋は、けっこうカラフルだった。
棚や机はパステルカラー。
可愛らしい小物がたくさんあった。
嬉しいことに、うちの工房のぬいぐるみもあるねっ!
精霊ちゃんもいるっ!
しばらく見せてもらってから、私は黄色いソファーに腰掛けた。
「実は、クウちゃん……。わたくし、クウちゃんに折り入って、ご相談したいことがありまして……」
「また太ってしまったんですよね?」
私は言った。
すると、なぜかお姉さまは、心底、驚いた顔をした。
「な、なぜ、そう思うのですか……?」
なるほど。
お姉さま的には、これはもう駄目だと思いながらも……。
一方では、まだ余裕よね、と思ってもいるのだろう……。
その気持ちは、よくわかります。
「見た目的には、ほとんど変わってなんていませんのに……。さすがはクウちゃんの慧眼といったところですね……」
「普通に生活する範囲なら、たしかに変わっていないですよね」
ゆったりした服を着て、まじまじと顔を見られなければ。
「ですよねっ! わたくしもそう思いますっ!」
「でもパーティーや式典だと話は別ですよね。ドレスってボディラインがハッキリと出ちゃいますよね」
「わたくし、いいことを思いつきました」
「はい。なんですか?」
「つまり、人前に出なければ問題はないわけですよね」
「はい。そうですね」
「なーんだ。不安になって損をしましたわ!」
お姉さまが笑う。
「じゃ、私はこれで――」
帰ろうかな。
と思って立ち上がろうとすると――。
「クウちゃん……。でも、ですわよ?」
「はい。なんですか?」
お姉さまに手を掴まれたので、仕方なく座り直した。
「わたくしは帝国の第一皇女。責任ある立場として、人前には立たざるを得ない機会も多いと思うのですけれど」
「私に言われても知りませんよー」
私は皇女じゃありませんですし。
おすし。
「そんなこと言わずに、どう思いますか?」
「んー。なら、そうなんじゃないですか?」
「それは、大変なことですわよね……?」
「さあ」
「そんな他人事みたいに!」
「他人事ですよね?」
なんか、うん、いつものことだけど。
「クウちゃん」
「はい。なんですか?」
沈黙が降りた。
「じゃあ、私はこれで」
うん、私は帰ってもいいよね。
「待ってくださいっ!」
お姉さまにまた掴まれた。
「もー。なんですかー」
「実は、お願いしたき儀がございますっ!」
時代劇か!
「お姉さま」
「はい、クウちゃん!」
「いいですか? ダンジョンに連れて行ってほしいというのなら、」
「お願いしますっ!」
「まずは、自分で努力をしてからにしてください」
「え」
「え、じゃありません」
え、はギャグの合図ではないのです。
「まずは、ちゃんと自分で甘いものを制限して、ちゃんと自分で運動して、ちゃんと自分で頑張ってください」
「それができれば苦労はしませんわっ!」
甘ったれかぁぁぁぁ!
と叫びかけて、私は我慢した。
「大丈夫です。お姉さまならできます。できなければ――」
「できなければ……?」
「まあ、うん。できなくても、トルイドさんは気にしないと思いますよ。彼は外見だけで人を見るタイプではないですよね」
「そ、そうなのですか?」
「私は知りませんけどね。今のはテキトーに言っただけです」
「え」
「じゃあ、私はこれで」
さらばなのです。
「…………」
なんか動きの止まったお姉さまを残して。
私はおうちに帰った。
書籍版もよろしくお願いします。
目指せ2巻なのです。




