946 帰りの馬車のこと
とりあえず、よかった。
私のせいでマウンテン先輩が二次選抜に落ちたなんてことになったら、さすがに寝起きが悪すぎる。
あとはマウンテン先輩の頑張りと、気持ち次第だ。
セラとお兄さまとおしゃべりしながら――。
頭の隅っこの方で、私は帰りの馬車のことを思い出していた。
ウツロ村からの――。
帰り道――。
馬車は帝都に向かって街道を進み――。
マウンテン先輩は御者台にいた。
がたがた。
ごとごと。
馬車は揺れながら、ローペースで新街道を進んでいた。
前後には他のパーティーの馬車。
加えて、先生と護衛の人たちが乗る馬。
ウツロ村であまりに想定外の事件が起きたことから、帝都へは新街道を使って全員で帰ることになったのだ。
ちなみに馬車は、ガーゴイルの襲撃で破壊されたそうだけど、村にあったものを買い上げて使っていた。
荷台では、サクヤとオーレリアさんが寝ている。
体を丸めて気持ちよさそうだ。
「マウンテン先輩。御者、私と替わりましょうか? 先輩も、そろそろ1度、休憩したらどうですか?」
私はマウンテン先輩に荷台から声をかけた。
村を出て3時間は過ぎていた。
景色は、深い森から空の開けた丘陵へとすでに変わっている。
「いえ、大丈夫ですよ。クウちゃんさんこそ、ゆっくりしていてください」
「私は、もう十分に休みましたので」
私は笑って、ひょいと御者台の隅に飛び乗った。
マウンテン先輩のとなりに座って手綱を受け取ろうとするけど、マウンテン先輩は離してくれなかった。
「……実は、いろいろと思うこともあって、休む気にならないのです。なので私のことはお気になさらず」
「すみません。それって私のせいですよね」
「どうしてですか?」
「だって、私が飛び出したから――」
「何を言っているのですか。そのおかげで皆を助けることができたのです。クウちゃんさんも友人を助けることができたのでしょう? それは間違いなくよかったことだと思いますよ」
「でも、指示に従わなかったとこで評価って下がるんですよね?」
「それ以上に活躍した自信はありますよ」
マウンテン先輩は勝ち気に笑った。
「じゃあ、何を悩んでいるんですか?」
「自分の将来について、です」
「騎士を目指しているんですよね?」
「ええ、もちろんです。ただ、目の前に助けを求める人がいた時、それでも任務を優先できるのか――。むしろ私は、騎士よりも冒険者の方が――。自由に生きる方が向いているのではと――」
「マウンテン先輩は、断然、騎士の方がいいと思いますよ!」
「そうでしょうか?」
「騎士の方が、どう考えても助けられる幅は広いです」
権力的に考えても。
「しかし、任務には縛られます」
「冒険者はお金に縛られますよ。頑張って人助けしたところで、お金にならなければ生きていけません」
「……それは、そうですね」
「理想と現実の格差なんてどこにでもあるんですから、それなら最高の場所で頑張りましょうよ」
「……それも、そうですね」
「でもまずは、現実を頑張ってくださいよー。でないと、ただの空回りの痛い子になっちゃいますからねー。やりたいことをしたければ、実力に加えて実績と信頼が必要ですよねー」
騎士になってから独善的にならないようにとの心配を込めて。
私は言った。
「ええ、そうですね……。確かに、その通りです。そうしたいと思います」
「はいっ! まずは、みんなに信頼される騎士を目指して! ぜひ、がんばってくださいっ!」
私は気楽に笑って、そうマウンテン先輩を応援した。
ただ、うん。
思い返してみれば――。
その時の先輩の笑顔は、どこか寂しそうだった。
選ばれることはないと――。
すでに失格だと――。
自己分析して、思っていたのだろう。
がたがた。
ごとごと。
帰りの道は、魔物や強盗が出ることもなく――。
平和に進んでいき――。
途中の町で一泊して――。
大広間で、浴衣に着替えた学院生みんなで夕食を取った時には――。
生徒だけの無礼講とあって――。
おまえら酒飲んでるのかってくらいの大騒ぎで――。
レオが特に鬱陶しかった!
何度も何度も、英雄レオが窮地の村を救った物語を創作するんじゃない!
話す度に内容が加速していく!
作家にでもなる気か!
まあ、うん。
私は優しい子なので、あえて否定はしませんでしたけれども。
騒がしいのは好きだしね。
その夜は、オーレリアさんまでもが、聖水を投げつけてスケルトンを倒した話を10回は繰り返した。
笑い声が響いて、よい夜ではあったのです。
「――という感じの研修だったよ」
お兄さまとのオハナシをおえて、セラと2人になってから――。
私はそんなことを、長々とセラに語った。
場所は、セラの部屋。
いるのは、私とセラの2人だけだ。
部屋に敷かれたふわふわのラグの上に2人で座っている。
誘われるまま夕食も一緒に取ることになったので、時間までセラの部屋で過ごすことにしたのだった。
「いいなぁ、わたくしも行きたかったです」
「来年は行けるといいねー」
「はい。お父さまに掛け合います!」
「あはは」
「でも、意外です」
「ん? 何が?」
「クウちゃんにも、理想と現実の違いがわかるんですね」
「セラー、それはどういう意味かなー?」
「だってクウちゃんは、何でもできるし、何でもカンペキじゃないですか。現実が理想そのものかなと思って」
「高い評価をありがとう。もしそうなら、迷ったりはしないよー」
マウンテン先輩への対応は、本当にアレでよかったのか。
私はまだ、よかった、とは思えていない。
「……それはそうですね」
「うんー。私だって、悩める子なんだよー」
「クウちゃん」
「ん? なぁに、セラ」
「わたくしはこれでも、クウちゃんの一番のお友だちです。なんでも遠慮なく相談してくださいね」
「うんー。ありがとー」
今させてもらっているよー。
こうしてへたりながら話ができるのは……。
そういう相手がいるのは……。
ホント、ありがたいよー。
セラと友達になれて、よかったって、ホントに思ってるよー。
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