941 クウとセラ
「クウちゃん……」
「セラ……」
ごくり。
妙な緊張感の中、私は何日かぶりにセラと対面した。
こんにちは、クウちゃんさまです。
私は今、野外研修をおえて、ようやく我が家へと帰ったところです。
お店にはセラがいました。
1人で店番をすることになったエミリーちゃんを気遣って、店番を手伝ってくれていたようです。
それ自体はありがたいことです。
私がフラウとゼノを呼び出してしまったからね。
フラウとゼノの2人は、もう用件は済んでいるけど、ついでなのでしばらく散歩してくるそうだし。
とはいえ……。
ごくり。
私はもう1度、息を呑んだ。
セラはやっぱり、言うのだろうか……。
クウちゃんだけに、と。
くう、と。
その時、私は、どうすればいいのか……。
それを受け止めて、微笑めばいいのか。
それとも、スルーしちゃうか……。
運命の分かれ目だ……。
さあ……。
いいよ、セラ……。
来て……。
私は決めない。
いや、決めた。
私、本能だけで、ちゃんと返してみせるから……。
ごくり……。
セラが笑顔を見せ、それから口を開いた。
「おかえりなさい」
と。
え?
あれ?
「う、うん……。ただいま……」
「どうしたのですか?」
「あ、うんん……。なんでもー。あははー。エミリーちゃんもただいまー。ファーもただいまー」
「うんっ! おかえり、クウちゃんっ!」
「ニクキュウニャーン」
私は自らの視線を、エミリーちゃんとファーに移動させた。
いったい、どうしたというのだ!
なぜセラが、クウちゃんだけに、をしてこない!?
何があった!
はっ!
まさかセラ……。
別人に!?
ここでも悪魔の陰謀が!?
許さん!
と思ったけど、セラに怪しい気配はない。
実に爽やか。
うん。
ちゃんと光の子だ。
私はそそくさと、エミリーちゃんをお店の隅に誘った。
「……エミリーちゃん。何かあった?」
「え? なんで?」
「いや、だって、セラがおかしくない?」
「そうなの……? わたしは、ものすごく普通だと思うけど……」
「あ、うん。普通だよね」
「それがおかしいの?」
「だってセラって、ちょっとおかしな子だったよね? ほら、クウちゃんだけにとか連発してさ」
「あー」
「……やっぱり何かあったの?」
「あ、うん。もしかして、余計なことだったかな……?」
「えっと。なにが?」
おそるおそるたずねてみると……。
なんと。
な、な、なんと……。
にゃんと!
私が留守にしている間に、エミリーちゃんがセラを教育してくれていた!
すなわち!
クウちゃんだけにくう、とか叫んじゃうのは……。
ちょっと変な子だよ?
おかしいよね?
と、セラにそう言ってくれたのだ!
この最強無敵のクウちゃんさまですら……。
大陸に名だたる聖女さまですら……。
光と闇の大精霊、さらには竜族の長ですら……。
それは、あまりにも難関で、成し得なかったことだというのに!
「エミリーちゃん、ありがとう」
「あ、ううん……。余計なことだったらごめんね」
「ううん。そんなことはないよ。私は今、本当に感謝して、本当に感動して涙が出てきそうだよ」
私はセラのところに戻った。
そしてあらためて言った。
「セラ、ただいま」
「はい。おかえりなさい、クウちゃん」
「セラ、ほんの少し見ない間に、なんだか大人になったね」
「え? そ、そうですか?」
「うん。なった」
私は満面の笑みで答えた。
「実はわたくし、恥ずかしながら気づいたことがありまして。エミリーちゃんに教えられてしまいました」
「うん。それは、素晴らしいことだと思うよ」
「ありがとうございます。わたくし、誤解していたのです。クウちゃんだけに、くう。それは人前で気安く繰り返すものではなかった、と」
「うんうん。そうだねー」
素晴らしいね。
その通りだよ。
「クウちゃんだけに、くう。それは、光だったのですよね。それは、わたくしたちの希望だったのですよね。それは、触れ合いの気持ちだったのですよね。天に広がるまさに青空のように」
胸に手を添えたセラが語る。
ふむ。
「わたくし、これからは心を入れ替えて、ちゃんと心の中で、わたくしの青空を広げるように、クウちゃんしますね」
「そかー」
まあ、うん。
いいや。
私は投げ出した。
よくわからないけど、心の中であれば、べつにいいよね。
うん。
心は自由だ。
心は本人だけの世界なんだし。
そもそも今はふわふわ工房の営業時間中だった。
お客さんが来ちゃったし。
「いらっしゃいませ! ようこそおいでくださいました!」
セラがにこやかに挨拶する。
なんと。
セラは、いつもの個性的な店員さん――「ボク」と「なのだ」ではなかった。
普通になっている……。
だと……。
それもまた、エミリーちゃんの教育らしい。
すごいね、エミリーちゃん。
若干9歳で、私ですら投げ出したセラの教育を成し遂げるとは。
大物になるよ。
書籍版、発売中です。
よろしくお願いします。




