94 きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪(アンジェリカ視点)
お風呂タイムがおわって、みんなでクウの部屋に集まった。
みんな、クウの作ったフェアリーな感じのパジャマに着替え済みだ。
落ち着いたところで、クウが指輪をみんなに手渡す。
魔術の発動補助に加えて魔力の回復効果があって、しかも使用者の指にフィットするという国宝みたいな指輪だ。
これを売るだけで一生遊んで暮らせる気がする。
もちろん売らないけどね。
「……あのクウちゃん。
これってミスリルを使っていますよね?
たしかお父さまと、もうミスリルの道具は作らないと約束されたのでは……?」
指輪を手のひらに乗せたセラが、言いにくそうにクウにたずねる。
「純ミスリルのアイテムはね。この指輪のミスリル配合なんて10%もないし、たいしたことないよ」
クウが気楽に笑う。
「いやたいしたことあるからね!?」
思わず私は突っ込んだ。
ミスリルなんて、少し使われているだけですごいものなのだ。
「平気平気ー」
クウはどこまでも能天気だ。
いつものことだけど。
「問題なければいいんですけど……」
なんだかセラの心配げな表情を見ていると、とんでもない禁忌の品をもらってしまった気持ちになる。
「それよりほら、はめてみて」
「はい……」
促されてセラが指輪をはめる。
すぐに感嘆の声をあげる。
うん、わかる。
私もそうだったしね。
踊るような体の中の魔力に急かされるように、セラが再び光魔術を唱える。
「――ヒール」
見事に光の癒やしが発動する。
セラはふうと息をついて額の汗を拭ったものの、気絶はしなかった。
「すごいです、この指輪……。魔力の消費が半分以下になっている気がします。ヒールを唱えてまだ余裕があるなんて」
「ふっふー。さすがは私だよねー」
「はいっ! さすがはクウちゃんですっ!」
「すごいよねー、私」
「はいっ! クウちゃんはすごいですっ!」
「ふっふー。もっとほめていいのよー」
「クウちゃんは帝国一ですっ! 大陸一ですっ! 世界一ですっ!」
「クウ、アンタなに皇女様に太鼓持ちさせてるのよ」
放っておくと延々とやっていそうなので、とりあえず突っ込んだ。
セラもノリノリになってるし。
そんな騒ぎのそばでエミリーは静かだった。
セラと一緒にクウの太鼓持ちをしまくっていてもよさそうなのに、無言のまま自分の指を見つめている。
指には指輪がはめられている。
「エミリー、どうしたの? 気持ち悪くなった?」
気になったので、様子を伺った。
「ううん……。なんかね、力が溢れてくるみたいで……。体の中にね、熱があって、ぐるぐる回っているの……。なんだろ、これ……」
「ああ、魔力を知覚したのね」
エミリーは魔術の素人だ。
クウにもらった魔術の入門書を読んだことがあるだけで、専門の授業や訓練は受けたことがない。
なので今のところ、魔力の知覚もできていなかった。
それが指輪の力で成されたのだろう。
「……ヒオリさん。エミリー、変なことになってないわよね?」
念の為にヒオリさんに聞いてみた。
「エミリー殿は指輪からの魔力を制御できていないのです。そのせいで体内の魔力が乱れています。このままでは魔力飽和ですね」
「大丈夫なの?」
「泥酔した人間のように倒れるだけです。かわりに魔力の知覚を最効率で学べるのですからよいことではないかと」
本気で魔術師を目指すのなら、と、ヒオリさんは付け加えた。
「いいならいいけど……」
とはいえ、エミリーが今にも倒れそうにふらふらしている様子を見ていると、とても心配になってくる。
だって、私より3つも年下の、まだ小さな女の子だし。
「せっかくだし、ボクが手伝ってあげよう。ねえ、クウ、いいー? エミリーの魔力を整えたいんだけどー」
ゼノがエミリーをうしろから軽く抱きしめて、クウの許可を求めた。
返事はない。
クウは未だにセラに褒め称えられてデレデレとしている。
いつまでやってるのよ。
セラもセラね。
皇女様なのに、どうしてヨイショする側なのよ。
脇に控えるメイドの人も、まったくやめさせようとしないし。
ホントにいいのかしら。
まあ、いいんだろうけど。
よく考えれば、相手は精霊様なのよね。
「ねえ、クウ! いいー!?」
「ん? いいよー」
絶対に話なんて聞いてなかったクセに、クウはお気楽にうなずいた。
ホントにこの子は。
今に痛い目を見ても知らないからね。
「エミリー、聞こえる? 力を抜いて。今からボクが手伝ってあげるからね。優しい夜の闇に身を委ねて」
「……うん。……わかった」
エミリーの体が黒い霧のようなものに包まれる。
「ヒオリさん、これ、大丈夫なの?」
「某に聞かれても……。精霊様のすること故、信じて様子を見るしかないと……」
博学なヒオリさんにもわからないのか。
それはそうか。
精霊がこの世界に現れたのは、1000年ぶりなんだし。
「ねえ、クウ――」
クウなら精霊だし、わかるわよね。
聞いてみよう。
と思ったのだけど……。
クウとセラはベッドの上で2人、正座して向き合って手をつないで、きゃっきゃっと飛び跳ねて遊んでいた。
「あーもう! そこの2人! なにやってんの!」
ちょっと私、キレた。
「あ、ごめんごめんっ! ほら、アンジェも来なよっ!」
「楽しいですよーっ!」
「もー!」
私は、いらっとして2人に近づいた。
文句を言う前に、クウに手を取られてベッドに引っ張り上げられる。
強引に。
「ちょ――っ! あんっ!」
もう、変な声をあげちゃったじゃないっ!
相変わらず、かわいい見た目からは信じられないくらいに怪力だ。
「はい」
セラがにこやかにもう一方の手を握った。
「呼吸を合わせて一緒に、ですよ」
「はねはねフェアリーズっ!」
「う、うん……」
あんまり楽しそうに2人が笑いかけてくるので、思わずうなずいてしまった。
仕方なくつきあう。
最初はタイミングがあわなくて戸惑ったけど、すぐに慣れてくる。
クウとセラがきゃっきゃっと笑う。
あれ。
ベッドのスプリングで小さく跳ねているだけなのに。
なんか、楽しい。
気づいたら私も笑っていた。
結果として、エミリーは大丈夫だった。
ほんの短い時間で魔力の知覚どころか、魔力の制御まで理解できたという。
大丈夫だとわかっているから、クウは遊んでいたのかも知れない。
まあ、うん、そうよね。
クウが友達を見捨てるわけはないわよね。
その点については信用できる。
と思ったら。
「えええええええええ!?
闇の力!?
闇の力でエミリーちゃんを調整って、それって大丈夫なのぉぉぉぉ!?」
と、クウが本気で驚いたのを見て。
まあ、うん、そうよね。
クウの行動に裏付けや真意なんてないわよね。
その点については理解できる。
ううん。
理解が足りなかったのね。
「ねえ、エミリー。楽しかったし、ボクと契約してみない?」
「……ゼノちゃんと契約?」
「うん。死と夜を支配する最強の魔術師になろう?」
「それはダメ。ゼノには悪いけど、まだ闇の力は世間のイメージが悪いよ。エミリーちゃんも乗ったらダメだからね」
すかさずクウが否定した。
「うん。わかった」
「そんなー」
ゼノががっくりとうなだれる。
かわいそうだけど、これはクウのほうが正しい。
「クウちゃん。わたし、クウちゃんと契約したい」
「いいよー」
「やったー!」
「ええええええっ! いいんですか!? それならわたくしも! わたくしも!」
「あ、私もお願いね」
片手をあげて、私も即座に立候補。
「いいよいいよー」
なんとも適当にクウはうなずく。
「では某も――」
「ひおりんはダメ! するならボクとでしょ!」
同じく手をあげようとしたヒオリさんにゼノが乗っかって、押しつぶした。
「え、遠慮させてください……」
「なんで嫌なのさー。一緒にさー、闇の中に沈もうよー」
ヒオリさん、頑張れ。
心の中で応援した。
というわけで。
クウとセラとエミリーと、みんなで手をつないで。
ベッドの上で正座して、きゃっきゃと飛び跳ねて遊んだ。
えっと。
「ねえ、クウ。これが契約なの?」
「うん。これが契約です」
「そうなんだ……」
なんかこう、物語みたいに――。
魂と魂がつながって、すごい力を得るみたいな――。
そういう感じはまったくない。
「正式な?」
「私的には正式です」
「精霊的には?」
「知らなーい」
なるほど理解した。
適当だ。
セラとエミリーは、まったく疑問を感じていないみたいだけど。
まあ、うん、そうよね。
そもそも力がほしくて友達になったわけじゃない。
この契約を、私も楽しむとしよう。




