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939 カメの子たちの朝




「カメ?」

「そうね」

「あ、おはよ、アンジェ」

「ええ。おはよう、クウ。昨日は助けてくれてありがとう」


 アンデッドの襲撃があった翌日の朝。

 まだ夜明け前の時間。

 私は気合で目覚めて、転移の魔法で竜の里に来ていた。

 来る前には、ウツロ村の破損していた柵の修理もした。

 まったく本当に、私は働き者だ。


 竜の里では竜の人のお姉さんの立ち会いで、すでに起きていたアンジェとイレースが私を待っていた。

 半袖半ズボン。

 背中にカメの甲羅を背負って。


「私、カメの子4号なんだって。この子は5号」

「…………」

「竜の里では、これが正装なのよね?」

「あの、アンジェ……」

「どうしたの、クウ? もしかして、おかしかった?」

「あ、えっと。素敵なカメだと思うよ! うん、カメカメ! カメェェェ!」


 アンジェが質問する中、私は狂いかけていた。

 何故ならば……。


 4号。

 カメの子4号。


 4号って私じゃないの!?

 私だよね!?


 という衝撃が、私の中では落雷のように迸りまくっていたからだ。

 それこそ、どかどかどかぁぁぁぁぁぁぁん! だ。


 1号は、ナオ。

 2号は、ユイ。

 3号は、エリカ。


 ならば4号は、当然、私だよね!?

 なんでアンジェ!?

 どゆこと!?

 てか、なんで5号まで決まっちゃってるの!?


 え?


 え?


 カメだよね!?


 カメの子だよね!?


 なんで私をすっとばして、私、いない子になっちゃってるの!?


 かめーへんの?


 かめなの?


 かめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!


 あああああああああああああああああああああ!



「なんにしても、貴重な経験をさせてもらったわ。朝まで限定とはいえ、4号にさせてもらえて。……って、どうしたの、クウ? やっぱり限定とはいえ、カメなのは問題があったりした?」

「え、あ、ううん! そそそ! そんなことはないよ! 限定なんだ? 朝までの4号さんなんだ?」

「ええ……。そうだけど……」

「私、素敵なカメさんだと思うよ! カメーへんよ! カメェェェェ!」


 私はなぜか、心の底からホッとした。

 よかった!

 本当によかった!

 安心してから……。

 私は急に冷静になる自分を感じた。

 だって、うん。


 …………。

 ……。


 クウちゃんさんって、そんなにカメになりたかったっけ……?

 いや、うん。

 カメになりたいなんて思ったこと、ないはずなんだけども。

 だよね……。

 うん……。

 むしろ避けていたはずなんだけども……。

 ほしい人がいるなら、あげればいいことだよね……。

 自分の心がわからないね。


 まあ、いいや。


 とにかく、カメの子は臨時なのね。

 4号も5号も朝までなのね。


 私は、アンジェのとなりにいたエルフの少女イレースに目を向けた。


「およはう。調子はどう?」


 すでにイレースからメティネイルは抜けている。

 なので私は友好的に笑いかけた。


「貴女が私を助けたのね?」

「まあ、一応は」

「そう。余計なことをしてくれたものね。私、消えたかったのに」


 じっとりと言われた。

 うーむ。

 これはアレかな、このまま村に帰しても……。

 また同じことをやっちゃう感じなのだろうか。


「でも、おかげで気づいたこともあるわ」


 イレースが言う。


「……どんなこと?」

「あの小さな村が、この世界のすべてではないということ」

「うん。そうだね。世界は広いよね」


「この子、生まれも育ちもウツロ村でね。村とそのまわりの森から出たのはこれが初めてなんだって」


 アンジェが教えてくれる。


「――ねえ、聞いてもいいかしら?」


 イレースが私に言った。


「うん。なぁに?」

「ここは、竜の里なのよね?」

「うん。そだよー」

「ホールには竜もいたから、それはそうだと思ったのだけれど……。どうして私たちはカメなの? 誰も教えてくれないのだけど」


 ふむ。


 何故、カメの子なのか。

 それはナオが、たまたまカメの甲羅の中に隠れることで、溢れた瘴気の中で一命を取り留めたから。

 だけどそれは、ペラペラと第三者にしゃべることではない。


「それは私にも言えないな」

「どうして?」

「だって、それは――。君が、君自身で決めることだから」

「意味がわからないわ。貴女は――貴女たちは、カメの甲羅に人生の真理があるとでもいいたいの?」

「うん。そうだね」


 少なくともナオは、そこに真理を見出した。

 気がする。

 たぶん。

 そこはかとなく。


「――そう」


 イレースは感情のない声で、そうとだけ答えた。


「なんにしても、世界は広いよ? 今はまだ子供だから、自由にはできないと思うけどさ。大人になったら――。そうだなぁ……。まずは帝都にでも来てみるといいかも知れないね。村から出たことがないなら、本気でびっくりするくらいに大きな建物ばかりの別世界だから」

「イレースは水の魔力が強いから、仕事には困らないわよね」

「だね」


 アンジェの言葉に私はうなずいた。

 あ、そうだ。

 私はイレースに、うちのお店のちらしを渡した。

 もしも帝都に来たなら、たずねてね、と。

 ちらしを受け取ったイレースは、ちらしに目を通した後で言った。


「――そうさせてもらうわ」


 と。


 その言葉は――。

 つまり今は、大人になる気持ちがある。

 と、思っていいのだろうか。

 私のそんな考えを、表情で読み取ったのだろう。

 イレースは言った。


「一度はこうしてカメの子にさせてもらった者として、カメの真理を探す旅も悪くはなさそうね」

「だね」


 私は笑顔で同意した。

 うん。

 はい。

 本当に?

 とは思ったけど、そんなことは口にしないのだ。

 何故ならイレースは、それこそ憑き物が落ちたように、すっきりとした顔を見せてくれていたから。


「ナルシオールさん、お手伝いありがとうございました」


 私は竜の人のお姉さんにお礼を言った。


「いいえ。たまにはニンゲンと触れ合うのも、悪くない経験ですね」

「よかったらナルシオールさんも、私の家に遊びに来てください」

「ぜひ、と言いたいところですが――。フラウニール様の邪魔をすると本気で怒られますので、ハースティオのいる3号の元に遊びに行く許可をクウちゃんさまからはいただければと」


 もちろん、私は快く許可を出した。

 エリカの陣営がさらに強化されそうだけど、まあ、いいよね。


 この後は誘われて食事を取った。

 私が来たということで、他の竜の人たちも集まってきて、朝食は思わぬ賑わしいものとなった。

 帰ってからの口裏合わせも忘れずに確認した。


 そして。


 アンジェとイレースはカメの甲羅を脱いで、元の服に着替えた。

 帰還の時間だ。


 近くのダンジョンに転移して――。

 外に出て――。

 あとは、イレースを重力操作の魔法で浮かせて――。

 魔法で空を飛んだ。

 アンジェは自力でフライの魔法をかけて、単独で見事に飛んでみせた。

 ホント。

 さすがは伸び盛り。

 あっという間に成長していくね。


「……ね、ねえ。貴女たち、何者なの? どうして普通に、当たり前みたいに空を飛んでいるの?」

「あはは。世界って広いでしょー」

「さすがに寒いけど、でも、サイッコーよねーっ! あー! 朝の新鮮な空気が体に染み渡るぅー! ねえ、クウ、競争しましょっ! クウがイレースを運びつつなら互角くらいよね、きっと!」


 アンジェは元気いっぱいだ。

 晴れた空の中。

 地平線からは、すでに金色の朝日が出ていた。





書籍版、発売中です。

目指せ2巻なのです。

ぜひ手に取ってやってくださいm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
ぐぬぬ、この作品を読みながら一番嫌いなやつだイレース。反省すらしないとか。自分のせいで母親を含めた村の皆が死ぬかもしれなかったのが分からないのか
[良い点] ゲーム化してなにも考えずにふわふわする機能を実装してほしい!
[一言] このまま書籍化したら20巻越えそう 編集で大幅カットするとは思うけど 出来たらコミカライズ、アニメ化として欲しいところですね。
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