933 閑話・青年レオの意気込み
「……なあ、ブレンディ先輩。俺ら、このままでいいんですか」
深く広がった森の様子を見つつ、俺はぼやいた。
午後の遅い時間。
夕暮れが近づいて、森はいっそう暗い。
俺はレオ。
普通科の1年生ながら野外研修に参加して、今はパーティーメンバーの先輩たちと共に村の警護をしている。
村を取り巻いた森は、今、アンデッドが発生して危険な状態だ。
なので俺たちは、予定通りに魔物狩りをすることが出来ず、それどころか村から出ることも禁止されて――。
ひたすら受け身に、ただ敵の襲撃を待ち構えていた。
「このままじゃ、研修の評価はルシア先輩の総取りになりますよね? 俺らには成果が必要だと思うんですけど」
「確かに、それはそうだが……。森の探索でもしようってか?」
ブレンディ先輩の返答は、はっきりしないものだった。
「やりましょうよ。な、カシム」
俺はクラスメイトのダチの肩を叩いた。
「そうですね! やってやりましょう! 俺も大賛成ですよ!」
カシムも大いにやる気だ。
カシムは、俺と一緒に剣を鍛えた仲だからな。
お互いに実力はわかっている。
俺たちは天才!
ゾンビどころか、空から襲ってきたガーゴイルとかいう魔物だって、俺たちならやれるはず!
朝に襲撃された時には……。
残念ながらまったく出番がなかったというか……。
動転している内におわっちまったけど……。
すでに見切った!
次は確実に大丈夫だ!
「うーん。と言ってもなぁ。何か理由がないとなぁ、さすがに……」
ブレンディ先輩が首をひねった。
「村人の誰かが森の中に入っていくのを見た、とかはどうですか?」
「お。それ、いいかもだな!」
「そうですよね! 我ながらカンペキな理由だと思うぜ!」
「なら、よし。やってやるか。実は俺も、このまま研修がおわるのは面白くないと思っていたところでな」
盛り上がり始めたところで――。
マキシム先輩が来た。
「3人とも、やめておけ。指示に従ってキチンと村を警護するのが、地味でも一番の成果さ」
「その通りよ。それに、私だけの評価になんてならないって。1人で全部やっているわけではないんだから」
マキシム先輩と一緒に、ルシア先輩まで来やがった。
マキシム先輩は騎士希望で一番に評価が必要なのに、どうしてこう大人ぶったことを言うのか!
ルシア先輩は余裕の態度を取りやがって!
「あー、はいはい。わかりましたよ」
俺は心の底からイライラしつつも、あきらめてそっぽを向いた。
「ブレンディもだぞ」
マキシム先輩がブレンディ先輩をたしなめる。
「わかったよ。しかし、このまま見張りだけしておしまいっていうのは、なんとも寂しい最後ではあるがな」
「ま、本当はさ、私だって戦いたいけどね。朝に襲撃された時には、心の底からゾクゾクして燃えたし」
ルシア先輩が肩をすくめる。
「村の人たちには申し訳ないが、敵が来てくれることを祈ろう」
マキシム先輩は言った。
まあ、そうだよな。
研修に参加するヤツなんて、戦い大好きなヤツが大半だ。
そもそも怖いなら参加なんてしねーし。
といっても、中にはクウみたいに、なんで参加したのか、わけわかんねーヤツもいるけどな。
俺はふと、この研修に参加して、同じウツロ村に来るはずだったクラスメイトのことを思い出した。
クウは、残念ながら――じゃ、ねーか。
運よく、か。
ウツロ村には来ないことになった。
今頃は町の宿で、ゆっくりしていることだろう。
俺的には残念ではある。
あいつは、だいたいいつも生意気だからな!
この研修で、実はこのレオ様が超一流ってところを見せつけて尊敬させてやるつもりだったんだけどな!
「あー。腕が鳴るぜ。ゾンビの大軍とか来てくんねーかな」
俺は剣を素振りした。
体力は十分。
気力も十分。
今の俺なら、ドラゴンでも倒せそうだ。
「レオとカシムは、今度は腰を抜かさず、最後まで立っていることが目標だな」
マキシム先輩が言う。
「あれは……! 朝の時は、めくれた土のせいで転んだだけだよ! 腰を抜かしてたわけじゃねぇよ!」
「あら。勇敢だったのね」
ルシア先輩にクスクスと笑われた。
「考えてみると、おまえらは森の探索とかの話じゃなかったな」
ブレンディ先輩までこの俺を小馬鹿にしやがった。
「ちがうって言ってるだろ! 見てろよ! 今度こそ、将来は天才冒険者になる俺の真価を見せてやるからな!」
俺は当然、憤慨した。
俺は、すでにゾンビの攻撃なんて見切ったのだ。
次は絶対に楽勝だと自信があった。
そんなことを話していると――。
「アンデッドだ! アンデッドが出たぞ! 全員、警戒!」
柵の内側から森を見張っていた学院生の1人が大きな声をあげた。
俺たちは一斉に顔を輝かせた。
「来たか! やったな、マキシム!」
「ああ、ブレンディ。ようやく俺達の価値を見せる時だな」
ブレンディ先輩とマキシム先輩が肩を叩き合う。
「カシム、俺らもやるぞ!」
「もちろですよ、レオさん! 今年の1年生は普通科が最強っていう、俺達の伝説を作りましょう!」
「おうよ!」
俺もカシムと気合を入れた。
「みんな、勇むのはいいけど、全体の指示には従ってね? 勝手に動かれるのは迷惑だからね」
注意するルシア先輩も、その声は明るい。
野外研修は、なんといっても、魔物を倒してこそだからな!
俺の、俺たちの武勇伝!
たっぷりと作りたいところだぜ!
この時――。
俺たちは、完全に状況を見くびっていた。
死霊の大発生――。
それが、どんなものかも知らずに――。




