932 クウちゃんさまの計画
メティネイルは、実に素直に知っていることを教えてくれた。
特に悪魔召喚のための魔法陣と呪文は、他ではなかなか手に入らない貴重な知識になった気がする。
「じゃあ、ありがとね。またねー」
「え。あ? おわり?」
一通りの話を聞いた後――。
キョトンとするメティメイルに私は魔法をかけた。
「ディスペル」
どうかな?
真っ白なダンジョンの部屋の中で、あぐらをかいて座っていたメティネイルが閉じた貝みたいに前のめりに倒れる。
うん。
水の魔力に混じっていた邪悪な気配は、綺麗に抜けたね。
予測通り、解呪の魔法でいいみたいだ。
念の為、ゼノとフラウにも確認してもらった。
「いいと思うよ。悪魔の気配は消えたね」
「……さすがはクウちゃんなのである。こうもたやすく、悪魔の憑依を解除してしまうとは。これはもう、感動と尊敬を込めて妾は言わざるを得ないのである。すなわち、略して、さす」
「あ、フラウ。それを言うなら、クウちゃんだけに、ね」
「クウちゃんだけに、なのである」
「うむ」
私は満足してうなずいた。
さす〇〇が流行ったのは、私の前世知識からしても、すでに過去なのだ。
「ねえ、フラウ。この子なんだけどさ、目が覚めて落ち着くまで――というか明日の朝まででいいから、竜の里で預かってもらってもいい? アンジェと一緒に引き取りに行くからさ」
アンジェも今は、竜の里で預かってもらっている。
「それは構わないのであるが――」
「ありがとねー」
「悪魔の件は、これでおしまいということであるか?」
「ふふー。それについては、任せてよ。私ね、実は、ものすごく面白いことを思いついているのです」
「クウちゃんの考えは、なんとなく想像できてしまうのであるが……。クウちゃん、悪魔は危険な存在なのである。遊び半分で扱えば、思わぬしっぺ返しを受けるかも知れないのである」
「だね。クウと一緒だと超絶ザコに感じるのが怖いけど、実際にはボクやフラウでも油断できない相手だよ」
「ふむ」
それは確かに、そうかも知れない。
まあ、いいや。
とりあえず、それはまた後日の話だし、また後日に相談させてもらおう。
なにしろ今は、野外研修の最中なのだ。
そう――。
私にはひとつ、懸念事項があった。
2人に付いてきてもらって、私は新街道の上空に戻った。
私のパーティーメンバー――。
マウンテン先輩たちの乗った馬車を探す。
馬車はすぐに見つかった。
馬車は私の懸念通り、新街道を走っていた。
――引き返したはずのウツロ村に向かって。
そう――。
私は詳しい事情を告げず――告げられる内容ではなかったから、それについてはやむを得ないんだけど――。
マウンテン先輩たちを残してウツロ村に向かってしまった。
それは正解だった。
おかげで、アンジェを救うことができた。
ただ、うん。
……マウンテン先輩は、正義感の強い優しい人だ。
ウツロ村で何かが起きているとなれば、私まで行ってしまったとなれば、力になろうとするだろう。
それは、男気のある素晴らしい行為だとは思うけど――。
多分、評価としては低い。
騎士は冒険者とは違う。
命令の遵守は、ものすごく大切な気がする。
マウンテン先輩は、馬車を返したことで……。
未来を失ってしまうのかも知れない……。
それは正直、私としては、申し訳ない。
私が大人しくしていれば、何事もなく今頃は町について、キッチリ任務をこなしていたことだろう。
そうすれば確実に一定の評価は得られたはずだ。
「それで、クウ、ボクたちにしてほしいことって何なの?」
「あ、うん。まずはね、森に刻まれた全部の呪印を消してほしいんだけど」
「リョーカイ」
「あとね、なんだけど……」
「うん。なに?」
「この森って、アンデッドが発生する土壌になってるよね?」
「そうだね。しっかり呪印の影響を受けているね。消せっていうなら消すけど時間はかかるよ? ボク、浄化は苦手だし」
「それはそうだよね。なにしろ、闇の大精霊なんだし。というわけでさ、ゾンビ、いったん、呼び出しちゃおっか」
「え? 呼ぶの?」
ゼノに驚いた顔をされた。
「瘴気を使って呼び出せば、一緒に浄化もできるよね?」
「それは、まあ、ね」
「ついでにさ、村を襲わせちゃおっか」
「意味がわからないんだけど? 村、助けたのに滅ぼすの?」
「あー。そうじゃなくてねー」
眼下を走るマウンテン先輩たちの馬車を見つつ、私は事情を話した。
「なるほど、なのである。自作自演であるな」
「うん。そそ」
「ってことは、街道沿いには出さずにゆるゆると襲わせて、タイミングのいいところで激戦にさせればいいんだよね」
「うん! そそー!」
さすが、ものわかりが早い!
「わかったのである。他ならぬクウちゃんのためなのである。妾も全力でゾンビを生み出すのである」
「えっと、みんなが守りきれる程度でお願いね?」
「ふむう……。それだと、ドラゴンゾンビは難しいのであるか? インパクトは抜群だと思うのであるが」
「出せるんだ?」
「もちろんなのである。妾はこれでも、闇の竜王なのである」
そういえばそうか。
フラウも、思っきり闇の子だもんね。
「すっごい手加減させてさ、見た目だけ派手な感じにするのは可能?」
「もちろんなのである!」
「なら、クライマックスにお願いしようかなー」
「クウ、決着はどうするのさ? ドラゴンゾンビなんて、並のニンゲンに倒せるモノではないよね?」
ゼノがたずねる。
「んー。どうしようかー」
私は首をひねった。
「いっそまた、ソード様を登場させたら?」
「んー。それもねー」
ここは聖国じゃないし、主役は学院生のみんなだしね。
「なら、マウンテンとかいうクウのオススメが登場して、一撃でも与えたら負けたフリをして退場とか?」
「ん。それもねー」
なんかさすがに、わざとらしい気がする。
お兄さまや陛下の耳に入ったら、あっさりバレそうだ。
まあ、うん。
私はバレてもいいんだけど……。
マウンテン先輩のキャリア的にはどうなんだろう……。
ドラゴンゾンビキラーとか呼ばれて、その後、その武力を期待されるのはよいことではないよね……。
やめた方がいい気がする……。
うん。
それはやめよう。
なんでもやればいいって話ではないよね。
私はこう見て、とてもとても思慮深いタイプの子なのだ。
とてとてなのだ。
思いつきだけで行動するタイプではないのだ。
「まあ、いいか。とにかく、まずはやってみようか。細かいことは、やってから考えればいいよね」




