930 クウちゃんさまの事情
こんにちは、クウちゃんさまです。
お話は少し戻ります。
ウツロ村へと続く森に入って、ほどなくして先生たちと合流して、今からウツロ村に行っても活躍の場がないと言うことで――。
先生たちからの指示もあって――。
がたがた。
ごとごと。
私たちは馬車に揺られながら、来た道を引き返すことになった。
道中、私はいくらか寝て……。
結局、揺れに呼び起こされて目は覚めちゃったけど……。
なんとか頭をすっきりさせることができた。
今日はまだこれからなのだ。
頑張らねば。
「わたくしたちは幸運ですわね。不気味な森に関わらず、町でギルドの仕事をするだけでいいなんて」
オーレリアさんは心から嬉しそうだ。
野宿、嫌がってたしね。
「そうですね……。正当な評価はいただけるとのことですし……。我々は、とにかく指示に従って全力を尽くすのみですね……」
マウンテン先輩は複雑な心境なのだろう。
元気は明らかになかった。
「しかし、皆は大丈夫なのでしょうか……。森は明らかに不気味で、アンデッドまで出たとのことでしたが……」
マウンテン先輩がつぶやく。
「騎士とは任務に忠実であり、ひたすらに公であるもの。マウンテン先輩は騎士を目指すのであれば、心配するのは結構だが、それよりもギルドの任務をこなすことを考えるべきでしょう」
サクヤの言いようはまったく生意気な後輩だけど、一応、先輩とは付けているので私はスルーした。
「そうですね、その通りです。気を取り直して頑張りましょう」
マウンテン先輩も納得しているし。
「うむ! 実は私は、前々から冒険者の仕事には興味があったのだ! 実はむしろ望むところなのだ!」
あーうん。
サクナは夏休みに、冒険者にさせろとギルドで騒いでいたよね。
「でも、冒険者ギルドの仕事ってさー。初心者に回ってくるのって、勇ましい仕事とは限らないよー」
「と、言いますと?」
私がぼやくと、サクナが聞いてきた。
「下水道の掃除とか、ゴミ捨て場の掃除とかね」
「それはスルーしましょう!」
「そうですわね!」
サクナが叫ぶと、すぐさまオーレリアさんが同意した。
「……しかし、せめて聖水だけでも、先生に渡すべきでしたね。せっかく購入したのに無駄になってしまいました」
マウンテン先輩は町で情報を収集して、最近、ウツロ村の周囲にアンデッドの出ることを聞いていた。
なので私たちの馬車にはたくさんの聖水があった。
「今からでも渡しに行きますか?」
「そうですね……。できれば、そうしたいところですが……。昼からゾンビが出るのであれば、夜はさらに出そうですし……」
道を引き返して、すでに結構な時間が過ぎている。
ここからまたウツロ村に向かうのであれば、到着はきっと夕方だ。
とはいえ、夜には間に合う。
私は馬車の後ろ側の手すりに顎を乗せて、ぼんやりと、街道のずっと先のウツロ村の方に目を向けた。
私も正直、よかったかなぁ、とは思っている。
瘴気の漂う森を放置してしまって。
森の中の村にはアンジェもいるし、けっこう心配だ……。
アンジェ……。
今頃、何してるのかなぁ……。
そう思った時だ。
――クウ! 助けて!
どこかから、アンジェの声が聞こえた。
ような気がした。
え。
なんだろ。
私は一瞬、アンジェが近くにいるのかと思って……。
思わずあたりを見回してしまった。
だけど、街道にも周囲の丘陵にも、当然ながらアンジェの姿はなかった。
「クウちゃん、どうかしましたか?」
オーレリアさんに聞かれた。
「あ、いえ……。今、一瞬……」
「魔物ですか! それならば、このサクナにお任せを!」
「ううん。ちがうけどね……」
「そうですかぁ」
「サクナさん、そこは落胆ではなく、安堵するところです」
「何を言いますか、先輩! 戦士たるもの戦ってこその本領です! 我々はまだ蚊としか戦っていません!」
「わたくしたちは、ただの学生ですからね?」
「何を言っているのですか、先輩。野外研修に参加している以上、我々は否応なしに戦士なのです。覚悟を決めましょう!」
「……悪夢ですわ」
気のせいかな……。
サクヤとオーレリアさんのやりとりを聞きつつ、私は再び手すりに顎を乗せた。
がたがた。
ごとごと。
馬車は町を目指して、新街道を進む。
でも……。
気のせいじゃなかったら、アンジェは今、どういう状況なんだろう……。
何かに襲われている?
大ピンチ……?
私とアンジェは、セラと同じように、ゆるーい契約でつながっている。
去年の初夏――。
初めてみんなが私の家に泊まりに来た夜のことだ。
遊びで契約したんだよね……。
だから、もしかしたら、気のせいではないのかも知れない。
私は心の中でアンジェに呼びかけてみた。
だけど返事はなかった。
まあ、うん。
念話できるほどのつながりではない。
それはわかっていた。
でも……。
あ、また――。
クウ――。
アンジェの、つぶやきのような呼び声が聞こえた。
それは錯覚ではない。
アンジェの身に何か起きているのだと、私はようやく確信した。
「ヤマちゃん先輩、すみません!」
「いきなりどうしたのですか、クウちゃんさん」
「私、ウツロ村に行ってきます!」
「それは――。どういう?」
「確信したんです! 何かが起きているって!」
「村で、ですか?」
「はい! 魔法の道具で行きますので、姿は消えますけど心配は無用です! 先輩は研修を果たしてください!」
返事を待たず――。
私は『透化』すると同時に空を飛んだ。
一直線にウツロ村に向かう。
そして――。
エルフの少女に襲われているアンジェを見つけた。
とにかく『昏倒』させた。
アンジェを介抱する。
幸いにも、アンジェは生きていた。
体中、怪我だらけだった。
さらに魔力を枯渇させて、意識を無くしていた。
怪我については、すぐに癒やした。
魔力の枯渇は、時間経過で回復するだろう。
エルフの少女については――。
一見、水の魔力をまとったエルフの少女だけど――。
違う。
よく見れば、身の奥に渦巻く嫌な気配を感じ取ることができた。
その気配を私は知っている。
強い気配ではない。
だけど、おそらく、間違いはないだろう。
私は2人を肩に担いで、銀魔法の『転移』を発動した。
まずはダンジョンの隠し部屋。
真っ白なその部屋に、エルフの少女――。
ううん――。
悪魔メティネイルを幽閉して――。
アンジェについては、竜の里に連れて行って――。
竜の人にアンジェの看護をお願いした。
いつも唐突ですみません。
よろしくお願いします。
その後で、私は家に戻った。
相手は悪魔だ。
念の為、ゼノとフラウに同行をお願いした。
そして私たちは、メティネイルを呪縛した上で――。
対話を始めるのだった。




