93 私にも出来た(アンジェリカ視点)
あーもう、私は何を言うんだろう!
自分が情けなくて、頭をかきむしりたくなるっ!
だって私!
いつも言っていたのに!
身分とか関係ないって!
よりにもよって、大切な友達――。
というかライバル!
というか目標!
クウの前で情けないことを言うなんて!
…………。
……。
現実的に見て、まったく関係ないなんてことはないけど。
私の思考は正しかったと思うけど。
クウの前で言うべきことじゃなかったぁー。
「あの、クウ……?」
「よくわかんないけど、作るだけ作っとこう!
私、いいアイデアを思いついちゃったんだよね~」
ふふ~ん♪ なんて鼻歌を歌いながら、クウが素材を出していく。
私の葛藤は「よくわかんないけど」で流された。
クウは気にも止めていない。
よかったけど、なんだか釈然としない。
だって、さ……。
もう少し心配してくれてもいいんじゃない?
私、ちょっと弱気な子になってたよね、おかしかったわよね、様子?
「できたーっ!」
もやもやしている内に、クウは新しいアイテムを生成した。
「じゃーん! どう? 結局、指輪にしちゃったけどね」
たぶん、銀製。
羽を形どった虹色に輝く模様が刻まれている。
「いいと思う。すごく綺麗ね」
「でしょー」
クウは自信満々だ。
「作るだけでもすごいけど……。よくこんなに素敵なデザインを次から次へと簡単に思いつくわね」
「それは……。えーと……。あはは。才能?」
「……まあ、才能よね」
すごすぎてむしろ呆れちゃうけど。
「で、この指輪に。
付与――魔法発動補助。
付与――自動MP回復。
よし成功!」
クウが何を行ったのかは、なんとなく理解できた。
指輪に魔法の力を込めたのだ。
「アンジェ、ちょっとこれをはめて魔術を使ってみて」
「うん……。いいけど……」
私はおそるおそる、指輪を手に取ってはめた。
指輪がサイズを変えて、私の指にぴったりと収まる。
すごい。
魔道具の指輪だ。
それに……。
「ねえ、クウ……。すごくない、これ……? なんか、なんかさ……。指輪から魔力が流れてくる感じなんだけど……」
「うん。そういう付与をつけてみました」
「そんな気楽に……」
国宝級とか、そういうレベルよね、そんな効果。
「ねえ、クウ……。あと今更なんだけどさ、この虹色に光ってるのって、もしかしてミスリルとかじゃないよね?」
「うん。ミスリルだよー。さすがはアンジェ、物知りなんだねー」
「そんな気楽に……」
一体、ホントにいくらするのこれ!?
叫びたい気持ちを抑えて、私は精神を集中させた。
とにかく魔術を使ってみたい。
だって、なんだか、指輪をはめてから、体の中で魔力が高ぶっている。
うずうずする。
窓を開ける。
私の得意な魔術といえば、やっぱりファイヤーアローだ。
「指輪、魔法発動体にしてあるから、いつものワンドのかわりに使うようなイメージを持つといいよー」
「うん……。わかった……」
夕空に向かって腕を伸ばす。
そこから指輪をはめた人差し指をさらに伸ばして、赤い空に照準を定める。
そうだ。
こんなに魔力が高ぶっている今なら、私にもできるかも知れない。
セラには負けたくない。
セラが無詠唱なら、私も無詠唱で――。
心を研ぎ澄ませる。
魔力を収束する。
今まで何度も放ってきたファイヤーアローを強く強くイメージする。
形だけじゃない――。
炎の熱気も――。
矢の軌跡も――。
すべてを魔力で描いた。
自分だけの力では、とても無理だったと思う。
だけど、指にはめた指輪が、まるでペンみたいに描くのを助けてくれた。
完成する。
その感触があった。
今だ!
「ファイヤーアロー!」
唱えた瞬間、強い反動を受けて私はうしろに倒れかかった。
クウが支えてくれる。
クウの体温を背中に感じながら、私は夕空に描かれた炎の軌跡を見つめた。
「――やった。ねえ、クウ、私にもできたよ」
「そうだね。すごいね」
すごいのはクウの力だけどね。
そう思いつつも、ありがたく賛辞は受け止めた。
「ふふっ。才能あるわよね、私」
だって――。
嬉しいんだもん。
この後は、お風呂に入った。
体を洗ってから、クウと2人で並んで湯船に浸かる。
「ねえ、クウ。お風呂、洗う人と湯船の人を交代していけば、セラとエミリーと4人でも入れたんじゃない?」
シャワーのついた洗い場は2人分あるし。
「それ、なんか忙しいからヤダ。お風呂はね、まったりしないと」
「それはそうかー」
魔石の力でお風呂の温度は適温だ。
水も綺麗だ。
なかなかここまでの設備は、一般の家庭にはない。
クウって、やっぱり要人なんだろうねえ。
当然だろうけど。
「ねえ、クウ」
「なぁに?」
「クウはさ、来年、学院には来ないのよね?」
「うん。私、お店があるし」
「人でも雇って来たら? きっと楽しいと思うんだけど」
「んー。そもそも問題がねえ」
「なにかあるの?」
お店のことだろうか。
それとも精霊的な何かだろうか。
「きっと、私、問題が解けない」
「どんな?」
「テストの」
「テスト?」
繰り返してたずねると、入学試験、とクウは言った。
「……ああ。でもクウなら平気じゃない? 私もそうだけど、名士の推薦があれば試験は免除されるのよ?」
クウにならいくらでも推薦人がつくだろう。
「入学してからもあるよね」
「なにが?」
「テスト」
「そりゃあるわよね、当然」
「私、落第する」
「……ああ」
ごめん、クウ。
思わず納得してしまった私がいた。
「そこはチームワークよね? 私とセラがいれば、いくらでも教えられるし」
「縁があったらよろしくね」
そう言うとクウは、ぶくぶくとお湯の中に隠れた。
よほど勉強には自信がないようだ。
綺麗な空色の髪が湯船にふわふわと揺れる。
つい、思ってしまう。
もしもクウと一緒に入学できれば、私の弱気な予測なんて、きっとあっさりと風に飛ばされて消える。
セラとも楽しく学院で過ごせるだろう。
でも、まあ、最初から人頼みなんて私らしくないか。
自分で頑張らなくちゃダメよね。
なのでしつこい勧誘はしなかった。
「縁があったらよろしくね」
同じ言葉で返すと、息を切らしたクウがぷはぁっと湯船から顔を出した。
「ねーねー、アンジェ」
「ん?」
「ほら、海からオバケが出てきたよ~~」
胸の前で腕を折り曲げて、髪を顔に張り付かせたまま、クウが低い声でウラメシヤと謎の言葉をささやく。
「なにそれ?」
「オバケ……だけど……」
衣服やアクセサリーに関して、クウはセンス抜群だ。
本当に素敵な品を作る。
でも、うん。
「……どうかな? ……おもしろかった?」
「怖いかどうかなんじゃないの?」
「なんで?」
「だって、オバケでしょ?」
「そ、そかー」
お笑いにこだわるのは、正直、やめた方がいいと思う。




