926 閑話・悪魔メティメイルの誤算
はぁぁぁぁぁぁぁ!?
察したぁぁ!?
エルフの連中ですら気づかずに受け入れたメティちゃんの魅惑の魔術を、察して拒んだだとぉぉぉぉ!
…………。
……。
私、メイティネイルは今、溢れる怒りを必死に堪え、精一杯の笑顔で眼の前の小娘に相対していた。
小娘は、帝都から来たアンジェリカという娘。
強い魔力を持った小娘であることは、すでに理解している。
だけどまさか、ここまで敏感とは。
まさかとは思うけど……。
エルフの少女イレースが、実はイレースではなくて、この悪魔メティちゃんであることまで、察していないでしょうね……。
私は笑顔を見せつつ、最大限に警戒していたけど……。
どうやらそこまでではなかったようで、アンジェリカは普通に、イレースの家へとホイホイ付いてきた。
まあ、うん。
私の考えすぎよね。
そもそも、たかが学生が悪魔の実在なんて知るわけがないのだ。
私はアンジェリカを部屋に招いた。
早速、儀式で着てもらうことになる巫女服を披露した。
「じゃーん。これだよー!」
巫女服は、メティちゃんによる手作り。
メティちゃんは、伊達に呪具を作り続けてきたわけではないのだ。
工作も裁縫も得意なのであった。
見た目は普通。
若葉色の半ズボンに、白い上衣。
この村に住むエルフの連中の正装に合わせた。
ただし!
もちろん、それだけではない!
ちゃんとしっかりと、いくつもの呪印を縫い込んだ特製!
ただし、呪力は込めていない。
元のイレースが森に刻んでいったものと同じで、闇の力を引き寄せる作用に限定させてある。
闇の力は、この自然に存在する力のひとつ。
少しくらい集まったところで、不自然さは少ない。
自然現象だ。
でも、うん。
闇の力は、呪力に近しい力だ。
メティちゃんであれば、最高の効率で変換することができる。
なので。
今夜は儀式で、まずは森の中に広げた闇の力を――。
この服を着たニンゲンに集めて――。
最大限に集めたところで、メティちゃんの力で一気に呪力へと変換!
その力を以て!
邪神の落とし子を召喚!
村人すべてを餌にして、大いに力をつけてもらう!
うん!
我ながら、カンペキね!
同時に、私はとても優しい子なので、人柱となってくれるアンジェリカのことは焼いてあげる予定だ。
焼ける痛みで我に返って苦しんでくれれば――。
苦しんでくれるほど、邪神の落とし子は喜んでくれるだろう。
アンジェリカは本望。
落とし子は嬉しい。
私は楽しい。
まさに、一石三鳥!
我ながら、あまりにもカンペキすぎる!
ちなみに呪印は、エルダーサインとも呼ばれている。
形としては、歪んだ五芒星だ。
正直、ちょっと不気味なデザインではあるけど、まあ、うん。何も知らない素人から見れば、それだけのものでしかない。
これは伝統の印です。
とでも言えば、アンジェリカは気にしないだろう。
と。
そう思って私は――。
呪印をいくつも刻んだ巫女服を見せてあげて、さあ、着てみて、と、陽気に笑顔で語りかけたのだけども……。
巫女服を手に取ったアンジェリカは、着るどころか顔をしかめた。
「どうしたの? 早く着てみてよ」
私は、あくまで笑顔で急かした。
「……ねえ、イレース。これなの?」
「うん。そうだよー。ねーねー、早く早くっ!」
「でも、これって……。ねえ、イレース、なんでこの服、こんなマークがいくつも付いているの?」
「なんでと言われても、ただの伝統? だよ?」
「伝統なの?」
「うんっ! 早く早く!」
「私ね、このマーク、見たことがあるの」
「へえ、そうなの?」
「これって――。呪印、よね?」
まさか、言い当てられるとは思わなかった。
「へー。そうなんだー。イレースちゃん、そういうのは知らないけど、伝統だから気にしなくてもいいよー」
私は笑顔のまま誤魔化してみた。
「駄目よ。これは、とても危険な印なのよ? たとえば、前に見せてもらったことがあるんだけど――。支配の首輪っていう呪いの道具にも使われていて、邪悪な力の発生源になる――」
アンジェリカは、正確に印の正体を看破してみせた。
ただ、すぐに、
「あ、ううん、ごめんね! なんていうか、似ているなーと思っちゃって。この村では昔から使っている印なんだ?」
と、イレースを気遣ったところを見ると、私の正体やアンジェリカへの悪意にまでは気づいていない様子だった。
どうしようか……。
私は、笑顔のままで思考を巡らせた。
正直、巫女服を着せてしまえば、支配するのは簡単だ。
呪印を利用すれば、私の混沌の魔術の効果は何倍にも高まる。
「ねえ、とにかく着てみてよっ! きっと似合うからさっ!」
「ごめん。これは無理だよ……」
「えー! なんでー! ほら、着せてあげるからさ」
「ちょ! やめて!」
「きゃっ!」
強引に着せようとしたら、突き飛ばされた。
「あ、ごめん! 大丈夫!?」
不可抗力だったようで、あわててアンジェが寄ってくる。
あーもう!
限界!
なんでこのメティネイルちゃんが、こんな小娘相手に気を遣って、いちいち小細工をしようとしているのか!
ふふ。
もう、やーめた。
アホくさ。
私は、ずっと頑張って隠してきた、自分の力を解放した。
……ほんの少しだけ。
こんな時でも青色髪が気になってしまうのね。
あー情けな。
でも、それだけは辛抱。
その分も含めて、このイライラ、アンジェリカにぶつけてやろう。
「……ねえ、アンジェリカ。……私を見て」
私は、ゆらりと身を起こした。
「……イレース?
……貴女、誰?」
怯えて身構えるアンジェリカに、私は魔眼をぶつけた。




