925 閑話・アンジェリカは違和感を覚えつつも……。
「ほら、ここが今夜の、お祭りの会場だよー!」
イレースに連れられて村の広場に出た。
土くれの広場では、10人以上の村人がお祭りの準備をしていた。
木で組んだ塔を中心にして広場の隅まで何本ものロープを張って、そこに五色の布を飾っている。
「……ねえ、イレース。アレって燃やすわけじゃないのよね?」
私は塔に指を向けてたずねた。
「どうして?」
「お祭りって、ああいうのを燃やして盛り上がるものかなーと思って」
そういうような話を、以前にクウから聞いたことがある。
キャンプファイヤーだっけ……。
「アンジェ、燃えたいんだ?」
「え? なんで私?」
「だって、あの櫓の上に立つのは巫女だよ?」
「立つんだ?」
「ええ。アンジェにはあの場所で、儀式をしてもらうの」
「そうなんだ……。目立つわね……」
「そりゃ、巫女だもん! アンジェには思いっきり目立ってもらって、最後には燃えてもらおうかな」
そういうものなのね……。
って。
「燃やさないでね!?」
「きゃははは! なんでー? ヒトなんてどうせ死ぬんだし、どうせ死ぬなら派手な方がよくない?」
「あのね」
何を言っているのか。
「……アンジェは死にたくないんだ?」
「そりゃ。死にたくないわよ」
「そっかぁ。それは、うん、楽しみだねっ!」
「だから、何がよ」
「あ、ごめんねっ! 今のはジョーダンだよ、ジョーダン」
冗談にしても、さすがに例えが怖い。
私はつい、顔をしかめてしまった。
私は気を取り直して、あらためて広場に目を向けた。
村人は、みんな、陽気だ。
わはははっ!
と、愉しそうに笑って作業をしている。
私は思う。
森にゾンビが発生して、ガーゴイルまで現れているのに、みんな、怖いとは思わないのだろうか……。
あ、もしかして。
精霊様へ祈りを捧げる今夜の儀式をすることで、森の異常を静めることができるのかも知れない。
村人にとっては、実は慣れたことなのかも知れない。
ただ、うん。
私がそのことを口にすると、イレースには笑ってこう言われた。
「精霊様への儀式は、今年が初めてだよー」
「え、あ、そうなんだ?」
「うんっ! イレースちゃんが思いついたの! 今まで生きてきたことを感謝してみんなでお祭りをしようって!」
「……思いついて、みんながここまで協力してくれるのね」
「イレースちゃんには水の魔力があるからね。みんなを癒やしてあげたから、イレースちゃんのことを好きになってくれたの」
「へえ。そんなんだ。イレース、頑張ったのね」
「あ、そうだ! アンジェにもかけてあげるよ、私の癒やしの力!」
「私は健康だからいいわ」
「そういわずにっ! ほら、目を閉じて」
本当に強引で困る。
私は仕方なく、されるままにした。
額に当てられたイレースの柔らかい手のひらから、水の魔力が伝わる。
それは、うん。
安心して受け入れることのできる癒やしの力だ。
いつもスオナの練習相手にさせられて、よく入れられているので、私にはそれを理解することができる。
ただ、なんとなく、違う気もするけど……。
少し違和感があるというか……。
とはいえ、それは、きっと、魔力の個人差だろう……。
なにしろ、気持ちがいいことは同じだし……。
あ、でも……。
「ごめん! ストップストップ!」
私はイレースを引き剥がした。
「どうしたのー?」
イレースが不満そうな顔を見せるけど――。
「もう十分だから! ありがとね!」
なんか、一瞬、危なかった。
意識が重くなって、まるで湖の底に沈んでいくように感じたのだ。
「もしかして、変なところあった?」
イレースがジロジロと私の顔を見てくる。
私は顔を逸らした。
「ううん、なんにもなかったわよ。それより巫女の練習はどこでやるの? 会場は見れたし、行きましょう」
「じゃあ、イレースちゃんのおうちにご案内するね! 巫女の衣装もあるし! せっかくだから着替えてやりましょー!」
イレースに背中を押されて、私は歩いた。
イレースが唱えたのは、ちゃんと癒やしの魔術だったと思う。
水の力は感じられた。
イレースとは、魔力が合わないのかも知れないわね……。
「ねえ、ところで、イレース」
「どうしたの、アンジェ」
「この村って、エルフもそれなりにいるわよね」
広場にも何人かいた。
「そだねー。イレースちゃんも、見ての通りのエルフ族だし?」
「それなのに水の魔力って、みんなが大感謝するくらいに珍しいの? エルフなら風か水の力は使えるものよね?」
「ここのエルフは風属性ばかりみたいでね。選ばれしイレースちゃんだけが父親譲りの水属性だったみたい」
「そかー」
イレースの返答はまるで他人事だけど、気にしても仕方ないわよね。
変わった子だし。
「ところで、アンジェ。さっき、イレースちゃんの癒やしをいきなり止めちゃったけど、もしかして何か感じたの?」
「うん。ちょっとね」
「感じたんだ?」
「あ、えっと……。うん……。ほんの少しだけね……」
「どんな?」
「どんなと言われても……。水の魔力よね……。ただ、ちょっとだけ、独特な感触かなとは思ったけど……」
悪い印象に取られるといけないので、私は言葉を濁した。
「そっか。やっぱりアンジェは、すごいんだね。きゃははは! イレースちゃん楽しみになってきたよっ!」
今夜の、お祭りのことよね。
他にはないし。
「そうね。実は私、神官の娘でね。精霊様への儀式には興味があるんだ」
「へー。そうなんだー。普段は、どんなことをしているの?」
聞かれて私は、毎日のお祈りを教えてあげた。
それは、精霊神教では、ザニデア山脈を越えた向こう側でも行われている共通のお祈りだったけれど……。
イレースは、まったく知らなかった。
「このウツロ村では、普段はどんなお祈りをしているの?」
独特の体系があるのだろうか。
だとすれば興味深い。
「んー。それはねー。あとで教えてあげるっ」
「そっか」
今夜のお祭りに密接しているのかな。
きっと、そうなのだろう。
私は楽しみにして、イレースの家へと向かった。




