924 閑話・アンジェリカのランチタイム
「……厳しいわね」
「……はい。……そうですね」
となりで料理を続けるネスカ先輩のつぶやきに、私は同意してうなずいた。
村の周囲に広がる深い森に目を向ける。
森は、やはり不気味だ。
ネスカ先輩が眉間にシワを寄せるのもわかる。
と思ったら――。
「あら。アンジェリカは綺麗に切れているじゃない」
「あ、はい」
なんだ、料理のことか。
「私はどうも、苦手でね……。ナイフは得意なんだけど、厳しいねえ」
「よく素材を見て、ゆっくりとやってみてはどうでしょうか」
「そうか……。ゆっくり、なのね……」
トン、トン。
トン、トン。
私たちは、ナイフでニンジンやタマネギを刻んでいく。
私はアンジェリカ・フォーン。
学院魔術科の1年生。
12歳。
今は野外研修の最中で、帝都を離れた森の中の村にいる。
湖岸のキャンプ地でランチの準備を進めていた。
大鍋を村から借りて、ネスカ先輩とスープを作っている。
村に滞在する学院生4パーティー、24人分のスープなので大変だ。
先生と護衛の人たちは、すでに森の調査に出かけた。
ランチは携帯食で簡単に済ませるそうだ。
「アンジェリカが頼りだから、期待しているわね」
ネスカ先輩は、料理はまったくダメだった。
素材を切るだけでも四苦八苦だし。
今まで武道一筋で、家庭的なことには一切関わってこなかったという。
「はい……。できるだけは……」
私も正直、料理が得意ではない。
今まで魔術一筋で、私も家庭的なことには関わってこなかった。
だけど、スープなら……。
うん。
今年の夏休みに、キャンプで作った。
その時に盛大に失敗したから、最低限のコツは掴んでいる。
とにかく、アレよね。
サラダは入れない!
根のものを入れる!
味は、市販の固形スープの素を使って、余計な工夫はしない!
以上!
この3箇条を守れば、不味くはならないはずだ。
きっと……。
うん。
はい。
私の料理の腕なんて、その程度なのよね……。
本当は、もっと料理が得意な人に任せたいところだけど……。
なにしろ、うちのパーティーリーダーのルシア先輩が、先生から学生のまとめ役に任命された。
当然ながらメンバーの私たちには重要な仕事が回ってくる。
ランチで言えば、料理役だ。
他のパーティーメンバーには頼らず、見事にやり遂げる必要があった。
幸いにも、スープは実に無難に完成した。
地味なコンソメスープだ。
他は、適度に切ったパンと、適度に切ったハム。
リンゴと水。
食事は、地面にシートを敷いて、その上に座って取る。
2列で向かい合った。
私とネスカ先輩のスープは、温かいものとしてそれなりに絶賛された。
キャンプ補正があるとはいえ、成功だった。
よかった!
食事しつつ、ネスカ先輩と話した。
「アンジェリカ、この村にゾンビが攻めてきたら貴女ならどう守る?」
「そうですね……。何のひねりもないですけど、柵沿いに突く、ですかね」
村と森との間には、木の柵が作られていた。
シンプルなものではあるけれど、それなりに丈夫そうだし。
「村の中に地面から湧いたら?」
「それは――。その場で倒すしかないですよね」
話していると、ルシア先輩が言った。
「アンジェリカとネスカには、そちらの方をお願いしたいわね。2人とも隊列に入るより遊撃の方が得意よね」
「そうね。私は、騎士や兵士っぽい戦いは苦手だから」
ネスカ先輩が肩をすくめる。
ネスカ先輩は、剣も槍も使えるけど、得意なのは格闘なのよね。
「柵沿いの指揮は私に任せておいて」
ルシア先輩はそう言うと、すくっと立ち上がって――。
今度は、食事中のみんなに向けて声をあげた。
「みんな、今夜は大変になるけど、しっかりと守りましょう! ゾンビ程度なら私たちで楽勝よね!」
おー!
と、みんなは威勢よく答えた。
「ガーゴイルが出たら、素直に先生と護衛に救援を出すからねっ!」
ルシア先輩がおちゃめな声でそう言うと、今度は笑いが起きた。
うん。
いい雰囲気ね。
ルシア先輩が座り直して、あらためて私に笑いかけてくる。
「アンジェリカも期待しているからね。貴女の魔術は、はっきり言って、すでに学院全体でも上位よね」
「あ、すみません、先輩……。そういえば私、イレースから今夜は祭りの手伝いをしてほしいと頼まれていまして……」
料理に必死ですっかり忘れていた。
「あら。そうなの?」
「あ、いえっ! 私、後で断ってきます」
「いいえ、それは手伝ってあげて。そういう貢献も大切よね」
「でも……」
みんなが体を張って護衛任務に就こうというのに、私だけお祭りに参加するのは気が引けた。
「いいからいいからっ!」
「そもそもアンジェリカは、まだ1年生でしょ。抜けて困るようじゃ、上級生が情けなさすぎよね」
ネスカ先輩が笑って言った。
「がはははは! その通り! おまえは楽しんでこい! この俺様がいる限り安全は保証されたモンたぜ!」
私と同じ1年生のギザが、謎の上から目線で豪快に笑った。
結局、ランチがおわって後片付けも済ませたところで――。
やってきたイレースに腕を取られて、私は連れて行かれた。
「さあ、アンジェリカ、お腹も膨れたでしょ! 儀式の準備をしましょ!」
「え、ええ……」
「素敵な巫女服を準備したから楽しみにしていて!」
イレースは本当に元気で強引だ。
まあ、仕方ないか。
引き受けちゃったことだし。
私は気を取り直して、イレースに笑顔を向けた。
「ねえ、イレース――。儀式の準備の前に、まずはお祭りの会場を見せてよ。私まだちゃんと見ていないし」




