92 クウに恋人?(アンジェリカ視点)
「するでしょ、だいたいは」
もちろん仕事一筋に生きる女性だっているけど。
一般的には結婚する。
私もたぶん、良家の娘として親の決めた相手と結婚するんだと思う。
「わたくしも親に、意中の殿方はいないのか、いるなら考慮するから言いなさいと言われて嫌になっちゃいます」
「まあ……。セラの場合は特にそうよね……。貴族って、未成年の内に婚約しちゃうことが多いのよね?」
私が住む城郭都市アーレを統治するローゼント家のメイヴィスお嬢様なんて、5歳の時に婚約が成立したって話だし。
「そうですね。一般的には、そうみたいです」
「大変よねえ」
セラは皇族だし、生き方への縛りは私より遥かにキツそうだ。
「セラちゃん、婚約者がいるの? すごいね、おはなしの世界みたいっ!」
エミリーが目をキラキラとさせる。
「いいえ、わたくしの場合はいろいろと事情がありまして……。
そういう話には縁がありませんでした。
今もわたくしは魔術を極めることに全力を傾けているので、正直、そういうお話には興味がないんです。
それよりクウちゃんはどうなんですか?」
「え。私?」
「クウちゃんには、好きな相手はいるんですか? わたくし、気になります」
「いないよー! いないいないっ!」
耳まで赤くしたまま、クウはぶんぶんと首を横に振る。
なんか逆に、すごく思わせぶりな態度だ。
もしかして、いるんだろうか。
「ク、クウちゃん……。い、いいいいい意中の殿方とかいるんですかっ!?」
セラもそう感じたようで、一気に声のトーンを上げた。
「クウちゃんは、大人なんだね」
「あーやーしーわねー」
セラとエミリーに乗っかって、私はクウをからかう。
うん、わかってる。
普段の態度からして、クウにそんな相手がいるわけがない。
ウブすぎて過剰に恥ずかしがっているだけだ。
でも、つい、ね。
かわいくって、いじりたくなってしまう。
クウは愛されキャラよね。
「某が思うに、店長にも青春はあるということですね」
「いいなー羨ましい。ボクにも誰かいないかなー。ねえ、クウ、どうすればそんなにニンゲンと親しくなれるの?」
「ええええっ! クウちゃんのお相手は人間なんですか!? 精霊じゃなくて!? どこの誰なんですか!?」
セラ、もしかして本気にしちゃってる?
からかっているようには見えないけど。
「あの、セラ……。違うと思うわよ?」
あんまり暴走させるのも申し訳ないので、早めに訂正しておこう。
「え。やっぱり精霊なんですか!? もしかして恋人なんですかぁぁぁ!?」
「いや、ていうか、冗談?」
「……え?」
「ごめんね。あんまりクウの反応がかわいいから、ちょっとからかっただけなの。クウに恋人なんているわけないわよ」
「そ、そうなんですか……?」
「うん。ね、クウ」
私が返事を促すと、クウはブンブンと首を縦に振った。
その後もセラは疑い深く本当かどうかを確かめたけど、5回目くらいでようやく冗談だと納得してくれた。
「もう。びっくりしちゃいました」
「私もだよっ! アンジェが変なこと言うからっ!」
クウも、ようやく混乱から立ち直ったみたい。
「変なことって言われても困るけど……。クウは本当に考えたこともないの?」
「ないよっ!」
「さすがはクウちゃんです!」
セラはすっかり上機嫌だ。
「私は、ふわふわと生きていくんです。ふわふわと生きて、ふわふわと消えていく。それが私なのです」
「消えちゃうんですか!?」
「クウちゃん、いなくなっちゃうのー?」
「ショギョウムジョウなのです。
ああ、それこそがふわふわ。
クリーミーなのです」
ふわりと宙に浮かんで目を閉じたクウが、意味ありげにそんなことを言う。
意味はわからないけど、適当に言っただけなのはわかる。
「つまり、なんにも考えていないのね。エミリーとセラが本気で心配しているから否定くらいしてあげて」
私はため息をついた。
「あ、うん。私、消えないよ? ごめんね、言ってみただけです」
「そうなんですかぁ。よかったです」
「よかったね、セラちゃん。わたしもびっくりしたよー」
「さー、みんなっ! お腹も膨れたことだしお風呂にしよう! うち、ちゃんとお風呂もあるんだよー!」
もうクウは次のことに気が向いたようだ。
「クウちゃん、お食事の後は洗い物だよ?」
「ふふー。平気だよー。見てて」
食べたお皿とかは、パッとどこかに消して、パッと元の場所に戻す。
すると、汚れは綺麗に消えていた。
クウの力らしい。
それって、とんでもない奇跡みたいな力なのに、私もみんなも慣れてきて普通に感心してしまった。
お風呂はもめた。
クウの家のお風呂は2人までなら入れるらしい。
なので2人で入ろうということになった。
で、セラとエミリーがクウを取り合って、クウの腕を引っ張ったのだ。
クウも困惑して、オオオカエチゼンカー! とか叫んだ。
結局、どちらも譲らないまま、我慢の切れたクウが力ずくで2人を引き寄せて、2人を抱き合わせた。
クウは、そのまま有無を言わさず2人をお風呂場に連れて行った。
お風呂で仲直りしてきなさいっ!
とのことだった。
結局、クウとは私が一緒に入ることになった。
まあ、なんでもいいけど。
セラとエミリーをお風呂に入れてからクウは、「生成」という不思議な力で私たちのパジャマを作った。
「どう? ふわふわフェアリーズの夜の制服だよー」
「夜の制服って言い方はどうかと思うけど……。うん、とっても素敵よ」
「ふふー。でしょー」
シンプルなデザインながらも、ちゃんとフェアリーっぽい感じのするパステルカラーのパジャマだった。
同じ色で下着もセットになっている。
お世辞抜きに普段から使いたくなる素敵な出来栄えだ。
ちなみにヒオリさんとゼノは、私たちのことはそっちのけで、静かに未だに食事を続けている。
「あ、そうだ。せっかくだし、仲間の証も作るね」
「証……?」
「うん、ほら、あるよね、そういうの」
「まあ、そうね……」
「んー。どんなのがいいと思う?」
「そうねえ。やっぱりお揃いの指輪がいいんじゃないかしら」
「……指輪かぁ」
「定番だと思ったんだけど、気に入らない?」
クウは乗り気じゃないみたいだ。
「フェアリーっぽくないなぁと」
「フェアリーっぽくねえ……。なら羽とか?」
私としては、適当な意見として言った。
でもクウは、それだ! と大いに気に入ったようだ。
早速作ってみるねと言うので様子を見ることにした。
すぐに完成する。
「どうかな、こういうの」
出来上がったのは、繊細に織り込まれた白いスカーフだった。
糸が細くて透き通って見える。
首に巻いて両端をうしろに回すと、なんとなく羽っぽい。
「素敵だけど着こなしが難しそうね。少なくとも私服には合わないと思うから、気楽には身につけられなさそう」
クウには私服でも似合っているけど。
でもそれは、クウの私服がそもそも上質なのと、クウ自体が妖精みたいにかわいい子だからよね、うん。
「んー。そかー。ならダメだねえ。気楽に身につけたいよねえ」
「それなら指輪じゃない?」
「そかー。そうだよねえ……。もっと独特なものがいいかなーと思ったけど、逆に使いにくくなるのかぁ……」
「というか、そんなに真面目に考える必要はない気もするけど……」
そもそも、ふわふわフェアリーズ。
何のチームだろうか。
それに正直、みんなが集まる機会なんて二度とないかも知れない。
少し冷静に考えてみれば、理解できる。
きっと、ない。
私とセラは来年には同学年として学院に通うけど。
たぶん……。
学院で親しくすることはない。
今日みたいなノリで気楽に話したら、きっと私は貴族から嫌がらせを受けて学院にはいられなくなる。
たとえセラが許しても、そうなる。
セラとの関係は、今日限定の夢みたいなものだ。
ヒオリさんは学院長で、しかも賢者の称号持ちの名誉貴族。
外の世界で対等に話せる相手じゃない。
エミリーは別の町の平民だ。
明日になって別れたら、もう会えない可能性が高い。
ゼノは大精霊。
私が気軽に話せる相手じゃないことはわかる。
「……その、なんていうかさ。
私たち、もう揃わないかも知れないでしょ?
身分とかも違うし。
記念品みたいなものでいいんじゃない?
今日、みんなで遊びましたよ的な――思い出の品みたいな感じで」
私は弱気になって、そう言った。
すぐに失言だと気づいた。
だってクウが、不思議そうな顔で首を傾げたから。




