916 閑話・悪魔メティネイルの新生活
あー、陰謀できるって素晴らしいっ!
私はメティネイル。
長年、トリスティン王国で呪具の製作を行い、国王を始めとした国の重鎮連中の心をどこまでも欲望へと誘い――。
トリスティン王国を、呪いと穢れにまみれた獣人奴隷最高な国へと大変身させた張本人の1人だ。
その生活は、実に充実したものだったけど……。
残念ながら、すでにおわった。
唐突に現れた青色髪のせいで、あっさりと簡単に、私たち悪魔が長年をかけて築いた邪悪のるつぼは破壊された。
そして私は、仲間たちと共に、魔界へと強制送還された。
だけど今!
悪魔フォグの助力を得て!
私、メティネイルは、颯爽と再び、人界に降り立った!
媒体となったエルフの少女の体は、よく私に馴染んだ。
本当に心の底から、少女は私を受け入れたのだ。
いったい、このエルフの少女は、どれだけの虐待を受けて絶望の日々を送っていたのだろうか。
まずは私は、そのことを考えた。
まさか、何もなしに、ただひたすら、消えたい、消えたい、と、願うこともないだろうし。
ただ、私となったエルフの少女と同居する母親は、少女に虐待を行うようなタイプではなかった。
村人の連中も同様だった。
みんな、いつか少女が父親の死から立ち直って、父親のように立派な魔術師になることを信じていた。
少女の父親は元の村長であり、村の中心人物だった。
領主からも頼りにされていて、何かあれば相談役として領主のところに行くことも多かったようだ。
ただ5年前、領主と行動を共にしている際、魔物の襲撃を受けて、領主をかばうように戦って他界していた。
少女は、父親譲りの水の魔力を有していた。
ヒト族ではまず有することのできない、強い魔力だった。
領主からも村人からも母親からも、将来は村どころか帝国を代表する魔術師になると期待されていた。
少女は、その大きな期待に、完全に潰されていたようだ。
なるほど。
ヒトの心は難しいものだね!
好意を持たれまくっても、駄目になるなんてさ!
少女は父親の死後、完全に心を閉ざして、陰鬱に孤独に、消えることだけを求めて生きていたようだ。
なので、私がその子になって――。
ケロリとした顔で、まったく事情も知らずに……。
「おはよう、お母さん。今日はいい天気ね」
なんて笑顔で話しかけてみた時には……。
はっきり言ってドン引きするくらい、母親には驚いた顔をされたね。
「……今日は、どうしたの?」
なんて聞かれるから――。
「え? なんで?」
「だって、こんな時間に起きてくるなんて……。それに挨拶も……」
「あー。うん。そうねー。そうかー。なんかね、私、悪い夢を見ていたみたいで急に目覚めたんだよねー」
なーんて、適当に言ってみたら。
泣かれた。
ま、悪い夢は、これからみんなに見せてあげるんだけどね!
私は陽気に外の村人連中にも挨拶して、この体の調整ついでに、怪我をしているゴミがいたら水の魔術で治してあげて――。
怪我をしていなくても、水の魔力でリフレッシュさせてあげて――。
同時に、ほんの少しだけ、十分に細心の注意を払いつつ――。
癒やしの魔術に魅惑の魔術を混入して――。
あっという間に、ゴミクズどもの心をつかんだ。
ふふ。
さすがはメティちゃんと言わざるを得ない!
我ながら計画のためには、ゴミクズそのものにだって、いくらでも愛想を振りまけるのさ!
あと、いざとなれば、弱まっているとはいえ私本来の力――。
圧倒的にグレートな魔眼の力も使えるしねっ!
まあ、うん……。
魔眼については、まだ一度も使ってはいないけどね……。
なにしろ、下手に悪魔の力を使うと、またもや、どこからともなく青色髪が現れるような気がする……。
あれは、うん、悪魔の悪夢だよね……。
今度こそ殺してやるけど!
ビビっているわけじゃないけどね!
ただ、それは、また今度ということで……。
とりあえずは、普通の魔術だけにしておこうかな、と……。
それならバレないだろうし。
というわけで。
私は村人連中をそそのかして、早速、お祭りの準備を進めさせた。
精霊様に感謝を捧げたい、という理由で。
ケッ!
なにが精霊様だ死ねや!
とは思うけど、私はかしこいので口には出さない。
お祭りはもちろん、フォグが計画していた、この地に邪神の落とし子を盛大に呼び出すためのものだ。
上手く行けば大虐殺がおきて――。
フォグたちも、こっちに呼んであげることはできるだろう。
青色髪が現れたとしても――。
さすがの青色髪でも、邪神の落とし子を瞬殺することはできないはずだ。
あいつが落とし子と戦っている間に、私たちは逃げればいい。
そして今度こそ!
上手くやるのだ!
旅商人にでも扮して一箇所にとどまらなければ、今度こそ、あいつに捕捉されることはないはずだ。
周囲の森には、すでにたくさんの呪印が施されている。
少女がフォグの声に従って、日々、自分が綺麗に消滅するために、地道に森の中に刻んでいったものだ。
計画は完璧だった。
私なら、召喚の詠唱を間違えることもない。
あとは新月の夜を待つばかりだった。
と、思ったのだけど……。
「え? 研修って何?」
ゴミクズの1人から話を聞いて、驚いた。
なんと。
帝都のエリート学生たちが、このウツロ村にやってくると言うのだ。
剣も魔術も使える厄介な連中のようだ。
正直、普段の私なら――。
そんな連中、小指一本で消滅させることができる。
ニンゲンなんて、どうとでもなる存在だ。
ただ、今は、難しいかも知れない。
エルフの少女の体には水の魔力があるとはいえ、私本来の力はたいして発揮できない状態なのだ。
「んー。どうしようかなぁ……」
私は思案を巡らせた。




