913 馬車に乗って
さあ、ウツロ村へ向かう旅が始まった。
学院生たちを乗せた馬車が、帝都の大門前の広場を離れて、それぞれの目的地に向かって進んでいく。
「オーレリア様、申し訳ありませんが先に失礼します」
横に並んだ馬車の御者台からブレンディ先輩が言葉をかけてくる。
「ええ。健闘を期待していますわ」
「ありがとうございます」
ブレンディ先輩たちの馬車が私たちを追い抜いていく。
「クウ、また明日なー! 悪いが、俺らは先に行ってるぜー!」
「安全第一でいきなよー」
命あっての物種だよ。
「わはは! バカ野郎、騎士や冒険者に安全なんてあるかよ! 現地の獲物を狩り尽くしたらごめんなー!」
フラグ製造機にしか見えない余裕しゃくしゃくのレオを乗せて、ブレンディ先輩たちの馬車は走り過ぎていった。
ちなみにアンジェたちの馬車は、最初から先を行っている。
他パーティーは、せわしないね。
みんな、キャンプ地なんて気にせずに、とにかく日が暮れるまでに行けるところまで行くつもりなのだ。
私たちは、最初から町で一泊の予定だ。
時間には余裕がある。
なのでマウンテン先輩がスピードを上げることはなかった。
「魔物退治、我々も腕が鳴りますね」
サクナも気は逸っているようだ。
「魔物かぁ」
私たちのパーティーは、果たして、どうなるんだろうか。
今までの経験から鑑みるに……。
私に牙を向けてくる魔物くんは、いるのだろうか。
気配をしっかりと消して、気づかれなければいいんだろうけど……。
それはそれで魔物くんに申し訳ない……。
私が参加したのは失敗のような気もしてくる。
とはいえ、さすがに、今さら辞めますとはいえないので、もうなるようになれの心意気だけど。
「現地には、どのような魔物がいるのですか?」
オーレリア様がたずねてくる。
「さあ」
私は肩をすくめた。
「知らん。私とクウちゃんさまの前では、何だろうと大差はない」
サクヤも知らない、というより、気にもしていない様子だ。
ちなみにまた「さま」が付いているけど、いちいち指摘するのも面倒なので気にしないことにした。
「ウツロ村の周囲の森には、グリーディ・ボアと呼ばれる大猪の魔物が生息しているようですよ。一般人にとっては危険な相手ですが、冒険者や騎士にとっては脅威度の低い平凡な魔物ですね」
御者台からマウンテン先輩が教えてくれた。
「そかー。だからレオたちは、余裕の勢い任せなんですねー」
「すみません、平凡な魔物すぎて、そういえば皆さんには事前にお伝えしていませんでしたね」
「いえー。私たちも、まったく気にしていなかったので」
学院の研修で高レベルの魔物が出る場所に行くとは思っていなかったし。
正直、私にはピクニック気分もあったのだ。
「あーでも、アンデッドじゃないんですね。ちょっと残念。アンデッドだったら良かったのになぁ」
アンデッドなら気兼ねなく退治できるし。
「アンデッドって、オバケですわね? 去年、帝都に出たという……」
オーレリアさんがおそるおそるの様子でたずねる。
「はい。そうです」
私はうなずいた。
「……ね、ねえ、クウちゃん」
「はい。なんですか、オーレリアさん」
「わたくし、やっぱり家に」
「いえーす! がんばりましょうね! ほら、田園が綺麗ですよー。帝都の外は緑豊かで素敵ですよねー」
「え、ええ……。そうですわね……」
今さら帰らせませんよっ!
「ウツロ村については、町に着いたら情報収集をしてみましょう。あるいは現地で急な異変があり、状況が変化している可能性もあります。情報さえ掴んでいれば対処もし易いですし」
「ですねー」
闇雲に突っ込むのと比べれば、安全性は段違いだ。
「アンデッドが出ていますように」
私はお祈りした。
「クウちゃんさまはアンデッドがお好きなのですね……。わかりました。この不詳サクナ、アンデッドの発生地を調べ尽くし、クウちゃんさまが楽しく死者と過ごせる死者の楽園を作り上げてみせます!」
「あの、えっと。好きってわけじゃないからね? アンデッドの方が、気兼ねなく倒せていいなーっていうだけで……」
アンデッドの楽園なんて、ほしくないからね?
うん、本気で。
「倒すのですか! なるほど! 腕が鳴りますね!」
「そだねー」
がたがた。
ごとごと。
上半分にだけ幌のついた商売用の馬車は、私たちを乗せて街道を進む。
やがて街道は、田園から丘陵の麓に入る。
季節は秋だけど、丘陵も緑豊かだ。
その中に黄色や赤色の樹冠が混じる景色は実に風光明媚。
気温も日が昇れば穏やか。
良い旅だね。
馬車の中では、いざという時の自衛のために、サクナがオーレリアさんに短剣の使い方を教えていた。
意外にもサクナの指導は丁寧でわかりやすい。
誰にでも少しは取り柄があるもんだねえ……。
私はしみじみと思ったけど、口にはしない。
私はかしこい子なのだ。
何も考えずに言ったりやったりするタイプではないのだ。
すべては、深い思慮の上で……。
私は今、ここにいるのだ。




