91 みんなで夕食(アンジェリカ視点)
クウに剣を見せてもらった後、私たちは再び魔術談義をした。
主に無詠唱について。
夢中になって話す内、いつの間にかクウは寝ていた。
こつん。
と頭に軽い痛みが走って何かと思ったら、空中にふわふわ浮かんで眠っていたクウが流れてきて私にぶつかったのだった。
「クウ、邪魔」
とりあえず脇にどけた。
「もう、クウちゃんったら」
それをセラが優しく引き寄せてとなりに置いた。
手を握って嬉しそうに微笑む。
セラは本当にクウのことか好きなのね。
皇女様と精霊かぁ。
将来、すごい物語になるのかも知れない。
というかクウはどんな存在なんだろ。
なにしろ大精霊を名乗るゼノを、かなり気楽に扱っている。
ゼノもそれが当然の態度だし。
大精霊以上の精霊?
それってなんだろ。
そもそも精霊って、こんなに気軽な存在だったのね。
私は、クウが精霊だってことを疑っていない。
とんでもない話ではあるけど、なんだろ。
理屈がなくても、心が認めている。
不思議な感覚だけど、そこに違和感はまったくないのよね。
私、精霊のことは――精霊様のことは、ずっと神様と同じように祈りを捧げて崇拝してきたはずなのに。
もうなんか、まるで友達?
実際、友達か。
おじいちゃんが聞いたら卒倒するわよね。
……言わないけど。
クウはこれで、正体を隠したがっている。
クウに隠すつもりがないとしても、広めない方がいい。
絶対に騒ぎになる。
そして、その騒ぎはクウにとっても私たちにとって楽しいものではないだろうし。
頭の隅っこで、たまにそんなことも考えつつ。
結局、夕暮れまで魔術論議で盛り上がってしまった。
話の落ち着いたところで、お腹が空いたとちょうどクウも目を覚ました。
夕食は、みんなで作ろうということになった。
ちゃんとキッチンもあるみたいだ。
その前に、下で飲み食いしていたバルターさんとオダンさんを見送る。
外にはバルターさんの迎えで、立派な馬車が来ていた。
帯剣した、いかにも強そうな男の人たちもいた。
セラに――皇女様に近い人なのだから、バルターさんは実は貴族、たぶんその中でも高位の人なのだろう。
いくら地味な服を着ていても、立ち居振る舞いからして平民ではないし。
あえて聞かなかったけど。
オダンさんは、気さくな田舎のおじさんね。
エミリーのお父さん。
バルターさんが馬車で、オダンさんは歩いて、それぞれ帰っていった。
「バルターさん、またねー! オダンさんはまた明日ー!」
クウが元気な声と共に手を振る。
強そうな男の人たちも、みんな、バルターさんと共に帰った。
セラの護衛には誰も残らない。
メイドのシルエラさんがそばにいるだけだった。
いいのかな、そんな無防備で。
とは思ったけど、帝都は治安がよいし平気なのだろう。
そもそもクウとゼノとヒオリさんがいれば、たいていの暴漢なんて軽くあしらえちゃうだろうし。
私も早く、そんな風になりたい。
夕食は、1人1品を作ろうとクウが提案した。
のだけど……。
ゼノはそもそも、ニンゲンの料理を知らない。
ニンゲンの食べ物を口にしたのも、つい最近のことらしかった。
ヒオリさんは野外料理の経験しかないとのことで、それでいいなら作ると言ったけど結局は見学になった。
だって、肉は焼く! 草は煮る! 味付けは塩!
だったしね。
それはそれでアリとは思うけど……。
クウはもっとちゃんとした料理をテーブルに並べたいようだった。
結局、作れる人が作るということになった。
私は参加することにした。
とはいえ私は、実は生まれてから一度も自分で食事を作ったことがない。
でもグルメな生活はしてきたし、やればできるはずだ。
なんて高をくくっていたのだけれど。
無理だった。
料理、いざやってみるとわけがわからない。
一体どうやって、ただの野菜とただの肉が、姿を変えて味を変えて、いつも食べている料理になるのかしら。
料理も魔術なんて知らなかったわ、私。
セラも私と同じだった。
料理経験はゼロ。
ただ、私と違って無意味に自信は持たずに、謙虚にお手伝いとして参加した。
でも、指ごと切り落としそうな勢いでジャガイモにナイフを突き刺したところでクウが退場させた。
そんなわけで、クウとエミリーが2人で楽しそうに料理を作る様子を2人でうしろから眺めることになった。
セラはクウのとなりにいられなくて、ぷっくりと頬を膨らませている。
可愛らしかった。
やっちゃっていいのかなぁ……。
少し迷ったけど、膨らんだ頬を指で突いてみた。
ぷすっと空気が抜けて、面白かった。
「クウとエミリーが何を作ってくれるのか、楽しみね」
そう笑いかけると、そうですね、と、柔らかい笑みが返ってきた。
気を取り直してくれたみたいだ。
「でもさ……。私、実はお腹、ぜんぜん減ってないのよね」
「実はわたくしもです。クウちゃんの用意してくれたスイーツが美味しすぎて、つい食べすぎてしまいました」
「よねー」
いけないと思いつつ、つい私も食べすぎてしまった。
「あの2人が空腹なのが不思議でならないわ」
「そうですね」
2人で苦笑する。
あの2人とは、ヒオリさんとゼノのことだ。
2人ともキッチンにかじりついて、クウとエミリーの料理を見ている。
早く食べたくてウズウズしている。
あの2人、私たち以上に、ずっとお菓子と屋台料理を食べていたはずなんだけど。
謎だ。
やがて夕食。
テーブルに並んだクウとエミリーの料理は、なかなかに見事だった。
エミリーが作ったのはポテトサラダ。
エミリーは芋の調理にはこだわりがあるようだ。
芋は茹でるよりも、断然、蒸したほうが美味しいと力説していた。
味の引き立ち方が違うのだそうだ。
お母さん直伝らしい。
そうして作ったポテトサラダは、実際、とても美味しかった。
クウが作ったのはミートパイのようなものだった。
ラザニアという料理らしい。
平たいパスタとミートソースとホワイトソースとチーズを幾重にも重ねてオーブンで焼き上げた料理だった。
私を含めて、セラもエミリーもヒオリさんも初めての料理だった。
ただ、使っている素材には馴染みがあるので、特に抵抗なく食べることはできた。
こちらも美味しかった。
クウの料理もお母さん直伝らしい。
クウは何気なくそう言ったけど、私は驚いた。
「お母さん、いるんだ?」
だってクウは精霊。
人間ではない。
「そりゃいるよー」
何を言っているのかとクウは笑った。
「精霊って、自然に生まれる感じだと思ってた」
「まっさかー。と言いたいけど、どうなんだろ、ゼノ?」
「個体によるんじゃない? 泡から生まれる小さな子がいれば、同じ精霊から生まれたボクもいるし」
話を聞いた感じ、ゼノやクウみたいな人間の形をした精霊には、ちゃんと親がいるということなのかな。
「ならクウも将来は結婚するのねえ」
私が何気なくそう言うと、クウは一瞬で顔を真っ赤にした。
「な、ななななんでぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「いや、そんなに動揺しなくたって……」
ここからしばらく……たぶん、お泊り会の間は、
アンジェリカ視点で行こうと思っております。
 




