908 対決! クウvsブリジット!
「ねえ、ヒオリさん。ヒオリさんってさ、私のところに来る時、かなり遠い場所から旅をしてきたんだよね?」
「はい。そうですね。何日もかかりました」
「その時の旅の道具ってさ、どんなものを持っていたの? あと、どれくらいの大きさのバッグとか使ってた?」
「そうですね……」
夜。
私はヒオリさんと『陽気な白猫亭』に来ていた。
いつものように夕食を取る。
今日もお店は、常連さんで賑やかだ。
「まずは武器でしょうか。腰に短剣をつけて、ショートボウと20本の矢を常に装備していました」
「獲物を狩りつつ旅をしていたの?」
「いえ。確かに武器は狩りのために持ってきましたが、実際に使うことはありませんでした。某の場合は、すぐに街道に出て、道中の宿場町で泊まりつつ、店長の噂を探し求めて旅しましたので。宿場町ごとに名物料理があって、それを食べるのも実に楽しかったものです」
「へー。いいねー。なら、テントとかは持ってなかったの?」
「はい。バックパックに入れていたのは、タオルにコップ、あとは保存食くらいのものでしょうか」
「着替えは?」
「某には洗浄の魔術があります故、不要でした」
「あー。そうだねー」
ヒオリさんの場合、旅もイージーモードか。
水の魔術は生活には本当に便利だ。
「なので旅と言っても、かなりの軽装でした。特別なものといえば、魔術で加工した外套くらいでしょうか。大雨に打たれても浸水せず、素人の刃なら余裕で跳ね返す丈夫な品でしたので」
「ふむう。なるほどー」
「店長は、普通に旅に出るご予定でもあるのですか?」
「あ、うん。ほら、今度の野外研修ねー。さすがに必要な品は普通に持っていこうと思っててね」
なにしろマウンテン先輩たちと一緒だし。
さすがにアイテム欄を派手に使用することはできない。
「なるほどです。それならば、あ、ちょうど良い方々が来たようですよ」
見れば、いつものローブ姿でブリジットさんがお店に入ってきた。
ロックさんも一緒だ。
ロックさんは、今までお店で働いていたのだろう。
お店の帽子とエプロンを外しただけの姿だった。
「おーい!」
私は手を振って呼びかけた。
すると、ロックさんがすぐにやってきた。
「おい、クウ! 今日はよくもやってくれたな! テメェのせいで、この俺様が酷い目に遭ったぞ!」
「それはこっちのセリフでしょー」
「んだと!」
「なによー」
バチバチと睨み合った。
「クウちゃん、ヒオリさん、こんばんは」
「あ、ブリジットさんっ! こんばんはーっ! 久しぶりー!」
「うん。久しぶり」
ブリジットさんが同じテーブル席に座る。
うん。
ロックさんはもういいや。
私はブリジットさんと楽しくおしゃべりすることにした。
「ブリジットさん、最近はどうしてるの? お店にいないよね?」
ブリジットさんは、姫様ドッグ店の店長さんの娘。
普段はロックさんと一緒にお店のお手伝いをしていることが多いけど、最近はお店にいなかった。
「孤児院で魔力のある子を見つけて、指導しているよ」
「へー。すごいねー」
「私と同じ水の属性で、新鮮で生き生きして、いい子だよ。すなわち?」
む。
これは勝負の予感!
私はすかさず答えた!
「みずみずしいね!」
と!
「魔術書も何もみずに教えているよ」
「みずから?」
「むこうみずにも、ね」
「喧嘩とかはするの? ちゃんとみずに流してる?」
「みずが合わないことはないよ」
そかー。
と、危うく言いかけて、私は飲み込んだ。
水……。
水で返答をせねば!
「おい、クウ! テメェ、無視してんじゃねーぞ!」
「まあまあ、ロック殿。ソーセージでもどうぞ」
「ったくよ!」
ロックさんが、ヒオリさんに渡されたソーセージをかじる。
ソーセージ、か。
思わず私は考えてしまった。
……ソーセージとは、世界のはじまりを告げるモノなり。
……すなわち、創世時なり。
なんちて。
「クウちゃん、時間切れ」
「あ」
しまった……。
今は大切な、みずのみずみずしい勝負の最中だった。
「ああああああああああああ! もー! ロックさんのせいで負けちゃったじゃないのさー! どうしてくれるのよー!」
「はぁ!? なんのだよ! だいたいテメェ、俺を無視しやがって!」
この後、メアリーさんに怒られるまで――。
しばらく喧嘩した。
そんなこんなもあったけど……。
ちゃんと、旅や冒険の持ち物の話を聞くこともできた。
ロックさんたちは経験豊富だ。
魔物が徘徊するダンジョンの中や深い森の中でも連泊して、今日まで力強く生き抜いてきた。
まあ、うん。
野外研修に、そこまでのサバイバルは必要ないだろうけど……。
いろいろと勉強させてもらいつつ、この夜は過ぎていった。




