907 対決! セラvsロック!
「はぁぁぁ!? 許せませんね、それは!」
「でしょー」
「クウちゃんをみんなの前で困らせるなんて……。わたくし、ロックさんのことを完全に見損ないました」
「だよねー」
放課後、私はセラに剣技実習でのことを愚痴った。
ロックさんが、私と強引に戦おうとした話だ。
場所は、帝都中央広場にある姫様ロール店のオープンカフェ。
「しかもさ、くうううう、とか、クウちゃんだけに、とか言うんだよ。もうさ、どう反応しろと」
「……クウちゃん。行きましょうか」
セラが静かに言った。
「ん? どこに?」
「もちろん、姫様ドッグ店です。おとなりの」
「いいけど、なんで?」
「ロックさん、いらっしゃいますよね」
「どうだろ。いつもならいるけど」
「――いるならば、挨拶とお礼をせねばなりませんよね」
まあ、いいか。
私はセラに手を引かれて姫様ドッグ店に向かった。
放課後の時間。
混み合うにはまだ少し早くて、姫様ドッグ店はそれなりの賑わいだった。
ロックさんは普通にお店にいた。
お客さんに見える場所で、お店の帽子にエプロンをつけて、店員としてソーセージを焼いていた。
目が合った。
私はニッコリと笑った。
それはもう、愛想よく美少女スマイルを振りまいてあげた。
ロックさんは……。
まるで逃げるように目を逸した。
ふむ。
これは、アレか。
学院で私をからかったという自覚はあるようだね。
それで、私が復讐に来たと思ったのかな。
そんな気のする態度だった。
心外だ。
確かに愚痴っていたけど、仕事中にどうこうしちゃうほど、私の心はそんなに小さくはないのだ。
私はセラの付き添いで、詳細は不明だけど挨拶とお礼に来ただけなのにね。
私はセラと共に、カウンターの前まで来た。
セラが言う。
「店長さんはいますか? セラフィーヌが来たとお伝えください」
「セラフィーヌ様……ですか。って!」
「ええ。お願いします」
「は、はい! ただいま!」
店員さんがすっとんで行く。
すぐに、お店の奥にいた店長さんが走ってきた。
「これは――。お嬢様方! ようこそおいでくださいました!」
「こんにちは。お久しぶりですね」
「はい。またお会いできて光栄でございます」
セラに深くお辞儀して、それから店長さんがちらりと私のことを見た。
「……それで、あの。今日は?」
おそるおそる聞いてくる。
「ご挨拶に来ました」
あくまでにこやかにセラが言う。
「は、はぁ……。それは、どうも……」
まわりにいたお客が、早くもざわめき始める。
……おい、セラフィーヌ様だってよ。
……すげぇ、本物か?
……綺麗ねえ。
……握手とかお願いしてもいいのかな?
ささやき声が聞こえる。
その輪は、どんどん広がっている。
なにしろセラは皇女様で、人気演劇『皇女殿下の世直し旅』の主人公で、聖女ユイリア様の愛弟子だ。
学院で過ごしている分には忘れがちだけど、市民の憧れの的なのだ。
幸いにもセラは、顔はあまり知られていないから、普通にしているだけなら騒ぎにはならないけど……。
名乗ってしまえば、話は違う。
ふむ。
騒ぎになりすぎるのは、正直、よくない気もするけど……。
セラはいったい、どうするつもりなのだろうか。
私は成り行きを見守ることにした。
「さて、店長さん」
「はい……。なんでございましょうか……」
「こんにちは」
「ありがとうございます!」
沈黙が流れた。
その沈黙に耐えかねた店長さんが、パンと手を叩いて、
「そうだっ! ぜひとも当店自慢の、最近人気のクウバーガー、腕によりをかけますのでお食べになって――!」
「それは結構です。先日いただきましたので」
「そうですか……」
「大変に美味しかったです」
「ありがとうございます!」
ふむ。
なんとも意味のない会話ですね。
ただ、その半面、セラフィーヌ様が来ていると聞きつけて、外の騒ぎはどんどん大きくなっている気がする。
そこにロックさんが、嫌そうな顔をしてやってきた。
「おい、クウ。なんのつもりだ、テメェ」
「いや、睨まれても。ねえ、セラ」
「そうです。わたくしたちは、ご挨拶に来ただけです。ああ、そういえば、ロックさんには今日、クウちゃんがお世話になったそうですね。今日は本当にいろいろとありがとうございました」
セラが礼儀正しくお辞儀をする。
その後でセラは、ニコニコしたまま、
「ところで、ロックさん」
「おう。なんだよ、セラちゃん」
「セ、セラちゃん……? おい、ロック! なんて口の利き方を!」
驚愕する店長さんを、セラは笑顔のまま手で制した。
ちなみにロックさん、なぜか不思議なことに……。
未だに……。
私のお友達でたまに工房も手伝っている「セラちゃん」と――。
セラフィーヌ殿下が――。
同一人物だと気づいていない。
そんなわけがない、という先入観が強いからだろうか。
まあ、うん。
前世の美少女変身アニメだって、声も背丈もそのままのヒロインたちの正体がバレることはないので……。
きっと、世の中にはそういう法則があるのだろう。
「ロックさん、ひとつ、確認させていただきますね」
「おう……。いいけど……」
「貴方、今日……。学院の授業中に……。クウちゃんだけにくうをしたというのは本当のことですか?」
「は?」
セラの質問に、ロックさんが変な声を出した。
「は、ではありません。質問に答えてください」
「って言われてもなぁ……。おい、クウ」
意味がわからない、という様子で、ロックさんが私を見た。
「私に振られても知らないよ」
私は肩をすくめた。
「答えてください。それならば、お礼をしなければなりませんし。ええ。しっかりとしたお礼を」
セラが笑顔のまま返答をうながす。
「おい、ロック! おまえ、何をした! どんな失礼を働いたんだ! ちゃんと誠意を以てお答えしろぉぉぉ!」
セラの剣幕に店長さんが取り乱して、ロックさんの肩を揺さぶる。
「何もしてねーよ! そもそも会ってねーし! なあ、クウ! 学院でなんておまえとしか会ってねぇよな!」
「ロックさん……」
私はなんとなく、深刻そうに言ってみた。
「なんだよ、おまえまで!」
「……いえ、貴方は大変なものを食ってしまいました」
「はぁ!?」
「姫様ドッグです」
「! ……そりゃ、まあな」
「では失礼します」
私はセラの手を取って、身を返した。
お店の前は、いつの間にか、ごった返していたけど……。
みんな道を開けて、私たちを通してくれた。
私たちが輪から抜けると――。
「ロック! おまえ、何をしたぁぁぁ!」
「何もしてねぇよ! クウ、おい、待て! 逃げてんじゃねーぞー!」
店長さんとロックさんの怒鳴り声が聞こえた。
まわりにいた人たちも、ロックが何かやらかしたらしいぞ、ということで盛り上がり始めていた。
私はなんとなくすっきりした。
うん。
なんかこう、よくわからないけど、とにかく勝った気がする。
「ねえ、セラ」
「はい。なんですか、クウちゃん」
「今日は気分がいいから、1回だけ許してあげるよ」
「そ、それはまさか!」
「いくよ」
「は、はい……!」
「クウちゃんだけに、」
「「くう!!!」」
賑わう中央広場の中、私たちは声を揃えて、楽しく叫んだ。




