901 草原の午後
午後、しっかり休憩した後、セラとアンジェはズボンにシャツという姿で草原の空に浮かんだ。
2人とも浮遊は安定している。
私は付き添わず、スオナと並んでのんびりと草原に座っていた。
「ねえ、スオナ。ズボンって、なんかアレだね」
「アレとは、何かな?」
「なんかさ、ぽかんと見上げてても、なんかこう、発見がないね」
「クウがいったい、何を発見したいのかはともかく、発見されないのは精神の安定に繋がるから良いことではないかい?」
「そかー」
まあ、いいんだけど。
「なんにしても、こうやって見ていると、光は別格として、風の魔力というのは実に羨ましいね。どこへでも行けそうで」
「だねー」
「クウは今でも、どこにでも行けるよね?」
「あー。そだねー」
言われてみれば。
「普段の生活や社会の中では、僕の水の魔力は実に有効で、生きていくには困らないんだけどね」
「だねー」
私は空を見つつ、相づちを打って、
「そういえばスオナって、アンジェの飛行訓練に付き合っていたんだよね? その時には何かしていたの?」
「アンジェの安全を守るため、いつでも水のクッションを出せる準備をして、空を見つめていたよ」
「あはは。そかー。お疲れ様」
「おかげで、いい集中力の訓練にはなったよ」
「今日はのんびりだねー」
「そうだね。たまにはこういうのもいいね。クウの防御魔法がかかっていれば墜落しても平気だし、今度は野外研修で忙しくなるしね」
「あー。そっかー。スオナも出るんだったねー。ディレーナさんの紹介した人たちと組むんだよね?」
「ああ。中央貴族の先輩たちとね。さすがに気疲れするよ」
「変なこと言われたりするの?」
「幸いにも僕にはないよ。これでも一応、中央貴族家の次期当主だしね」
「他にはあるんだ?」
「選民意識の強い人たちでね」
「あー」
なんか、うん。
エリカのところで出会った貴族連中を思い出した。
「行く先々で無意味なトラブルを起こしそうで、今から怖いよ」
「ふむ。なら、いい方法を教えてあげようか? 私が数々のトラブルを解決してきた必殺の技」
「へー。クウちゃんスペシャルかい?」
「え。なにそれ?」
「いや、クウならそういう名前にするかと思って」
「しないよー。真面目な話だよー」
「ははは。それはごめんよ」
「もー」
私は、少し拗ねた感じに唇を尖らせてみたけど……。
でも正直、悪くはないと思ってしまった。
うん。
クウちゃんスペシャル。
今度、考えてみよう。
「クウのことだからてっきり、とりあえず蹴るべしとか、眠らせて他国に連行すれば解決とか。そういうことを言うのかと思ったよ」
「……えっと」
「もしかして、そうだったのかい?」
「あ、うん。ごめんね?」
「いや。ありがたく記憶しておくよ」
…………。
……。
よく考えてみれば……。
まさにクウちゃんスペシャルだったね……。
さすがはスオナ。
冷静で的確な思考だった……。
うぐ。
しかし私は負けない!
「ねえ、スオナ」
「なんだい、クウ」
「にくきゅうにゃ~ん」
本当の必殺技を、久々に目の前で披露してあげた。
スオナがくすりと笑う。
「くくく。また唐突だね。思わず笑ってしまったけど、これは僕の負けということなのかな」
「お互いに勝利だね」
「それはよかった」
「ところで私も、野外研修には出ることにしたよ」
「そうなのかい?」
驚いた顔をされた。
「うん。ちょっと知り合いの手伝いでねー。メンバーが集まらなくて困っていたみたいだから」
「それは、その人は幸運だね」
「でしょー」
「アンジェやセラが聞いたら……。というかセラかな。きっと、自分も参加すると言い出すと思うよ」
「セラは無理だよねー」
皇女様だし。
「そうだね。学院生であれば誰でも参加可能とはいっても、現実的には許可は出ないだろうね。真っ先に参加してきそうなメイヴィス様やブレンダ様も、参加は自重しているくらいだし」
「代わりにメイヴィスさんは、後輩を鍛えまくっていたよー」
「後輩にとっては不幸というか……。いや、幸運なのかな。メイヴィス様に鍛えられれば一気に強くなれそうだし」
「だねー」
「ところで、クウが組むのはどんな人なんだい?」
「騎士科のマウンテン先輩って人」
「ああ。武闘会に出ていた、山のように大きな男子生徒だね」
「そうそう。その人」
「あの人はたしかに、メンバー集めには苦労しそうだね。なにしろ巨体すぎて馬車での移動には苦労しそうだし」
スオナとしゃべっていると、セラとアンジェが休憩で降りてきた。
一応、野外研修の話をしておくと――。
スオナの予想通り、セラが自分も参加すると言い出した。
アンジェが呆れて諭す。
「セラ、クウの背中についてくばかりじゃ、いつまで経っても横に並ぶことなんてできないわよ」
「う。それは……」
「そうよね?」
「はい……」
「ま、野外研修には私とスオナも出るから、応援しておいてよ」
「3人で同じ組になれたら面白いね」
スオナが言う。
野外研修は、馬車や教員の数の関係で、みんなが一斉に行うことはせず、何組かに分けて実施されるのだ。
「だねー。その方が面白そうだねー」
私は笑って同意した。
「ううー! わたくしだけ置いてきぼりじゃないですかー! やだー! やだやだやだやだですー!」
この後しばらく、セラをあやした。
草原の休日は、こうして楽しく過ぎていった。




