9 お風呂とポーション
話がおわって食堂を出た。
「クウちゃん、せっかくですしお風呂もどうですか?」
「お風呂?」
「はい。わたくしも久しぶりに入りたいと思いまして。実は準備してもらっていたのです」
久しぶりというのは、きっと5年ぶりということなんだろう。
「せっかくだし頂戴しようかな」
断るわけにはいかない。
セラの案内で私達は浴場に向かった。
何事もなく到着。
脱衣所で服を脱ぐ。
下着を脱ぐ時は少し緊張した。
なぜならゲームでは、下着を取り替えることはできても、脱いで全裸になることはできなかった。
下着は、まさに最終防衛ラインだった。
ゲームでは、お風呂に入る時も下着姿のままだったのだ。
するっと脱げた。
よかった。
ちゃんと全裸になれましたー!
「こちらのお召し物は洗濯させていただきます。明日の出立のお時間までには部屋にお持ちいたしますので」
「え。あ、必要――」
私の衣服には汚れない特性がある。
のだけど……。
断るより先に、控えていたメイドさんに脱いだもの全部を持っていかれた。
さすがはプロ。
無駄のない動きだった。
まあいいか。
服は汚れないとしても、下着は洗ったほうがいいのかも知れない。
さあ、異世界の初風呂だ。
スーパー銭湯も顔負けの豪華な大浴場だった。
身体を洗って、ざぼん。
魔石の力でお湯の温度はぴったり快適。
湯船、最高。
「はぁー生き返るー」
本当に生き返ったんだけどね。
「最高ですねぇ」
「そだねー」
まったり。
お風呂の後はパジャマに着替えて、セラの部屋に入った。
シルエラさんはそこで退出した。
さて。
2人きりになった。
この世界の常識を確かめるためにもセラにいくらかの能力を明かしてみよう。
幸いにもテーブルには水が置いてある。
「セラ、水もらっていい?」
「はい。どうぞ」
「今からポーションを作ろうと思うんだけど、驚かないで見ててね」
コップに水を注ぐ。
「ここで作られるんですか? 道具も何もないようですが……」
「やっぱり普通は、道具とかいるのかな?」
「はい。そうだと思うのですが、ちがうのですか?」
「んー。どうだろ」
私もそこが知りたい。
「とりあえずやってみるから、おかしいかどうか後で教えて。大きな声を上げると誰か来ちゃうから静かにお願いね」
「はい。静かに見ています」
アイテム欄から薬草を取り出し、コップの横に置く。
「えっ! なんですかこの草っ! どこから出したんですか!? クウちゃんが出したんですか!?」
「しー」
「……あ、ごめんなさい」
「後で説明するね」
「はい」
ソウルスロットに生成技能の錬金をセット。
後は素材の上に手のひらを浮かせて。
精神集中。
「――生成、下級ポーション」
素材が光に包まれる。
5秒待機。
光が収まって、完成。
テーブルの上には素材のかわりに下級ポーション――薄い青色の液体が入ったガラス瓶があった。
「どう?」
「……どうとおっしゃいましても」
「もしかして普通だった?」
セラはしばらく硬直した後、ぶんぶんと首を横に振った。
「とっ、とんでもないっ! なんですか今のっ! なんで草と水が消えて別のものになっているんですかっ!」
「しー」
「あ、ごめんなさい……」
「えっと、つまり、この世界では、こういう作り方はしていない?」
「しているわけないです!」
「しー」
「……しているわけないですよぉ。こんな不思議な作り方、見たことも聞いたこともありません」
「んー。そかー」
そうだとは思っていたけど、やっぱりそうか。
人前で生成はしちゃダメだな。
「私の元いた世界だと、これが普通だったんだよね」
「さすがは精霊さんです」
「後、こういうのは?」
ポーションをアイテム欄に入れて、取り出す。
「……消えて、出てきました。魔術ですか?」
「というか能力かな。異次元収納って言えばいいのかな。私、アイテムを別の空間に保管できるんだよ」
「すごいです……。すごすぎて言葉が出ません……」
「こういうの、魔法であったり、道具であったりしない?」
「わたくしは聞いたこともありません」
「そかー」
「クウちゃん、すごいことはわかっていましたけど、やっぱりすごいんですね」
「秘密でお願いね?」
「わかりました。言いません」
「ありがと。そのかわり、商売が軌道に乗ったら、なにかいいものを作ってプレゼントするよ」
「そんな――。ものなんてもらわなくても言いません」
「プレゼント、いらない?」
「ほしいですけど……」
頬を膨らませて拗ねられてしまった。
「じゃあ、あげる」
可愛らしかったので私は笑った。
「……ありがとうございます」
やがてセラも笑ってくれた。
この後は、セラと楽しい時間を過ごした。
難しいことは、また今度でいいよね。
あっちむいてホイをしたり、しりとりをしたり……。
セラは本当に素直で、私が勝ってばかりだったけれど、それでもセラも楽しんでくれたとは思う。
最後はセラのベッドに2人で並んで入った。
ぐっすりと寝た。
朝、起きる。
真っ先に、手持ちの薬草をあるだけ使って下級ポーションを作った。
薬草より完成品のほうが喜んでもらえるだろう。
私も儲かりそうだし。
それから顔を洗ったりいろいろ。
お着替えも。
精霊の服と下着は綺麗に折りたたんでメイドさんが持ってきてくれた。
女神様特製の汚れない服、ちゃんと洗えたんだろうか。
下着はどうだったんだろ。
気になったけど、なんか聞くのも恥ずかしい内容なので聞かなかった。
メイドさんは表情ひとつ変えず、用件だけ済ますとすぐに去ってしまったので窺い知ることもできなかった。
今度、自分で試してみよう。
朝食は、昨夜とは別の食堂で二人で取った。
新鮮な果実や野菜やパンや肉類が食べきれないほど置いてあった。
昼の分も含めて容赦なく限界まで食べた。
大満足。
その後、執事さんから、家の受け渡しが10日後になることを伝えられた。
商業ギルドへの登録は、その後で行うことになった。
そして、通行手形となる紋章が入ったペンダントと、当面の資金として金貨10枚の入ったショルダーバッグを渡されたけど――。
涙を呑んで。
歯を食いしばって金貨は受け取らないでおいた。
金貨10枚って、小銅貨何枚分なのか。
金貨の価値はわからないけど、間違いなくとんでもない額だ。
うん。
お金はダメだ。
お金だけは受け取ったらおわりな気がする。
その代わり、大きな袋にパンと果実と干し肉を詰めてもらった。
重くて潰れそうになるほど、たくさん。
大宮殿を出た後でアイテム欄に入れよう。
アイテム欄に入れておけば、腐ったりはしないだろう。
これでしばらくは死なないっ!
うん。
私のプライドなんて、この程度のもんさー!
セラとは10日後の昼に、私の『帰還』の場所になっている、奥庭園の願いの泉で再会することを約束した。
考えたら私、許可証とかいらないね。
そもそも正面から入っていない。
でもまあ、『帰還』の場所は家をもらったら変更するだろうし、今後もセラと遊ぶことを考えれば必要か。
10日か。
食料も手に入ったし、素材探しの旅に出てみようかな。
この世界を見てみたいしね。
私とセラは、大宮殿から奥庭園に出た。
「じゃあ、これで行くね。セラ、昨日からありがとう。楽しかった」
「わたくしこそっ! 楽しかったですっ!」
セラともお別れの時だ。
もう飛び去るだけのところではあったんだけど。
私はいったん大袋を足元に置いた。
「どうかされましたか?」
「うん。私、しばらく素材探しの旅に出るから近くにいなくなるんだよね」
「はい。寂しいです」
「離れてから、実は呪いが残っていましたとかだと嫌だなぁと」
女神様の力を信じないわけじゃないけど。
女神様が治そうと思って治したものではないわけだし。
「お医者様だけでなく、魔道具を使って診断しましたから問題はないと思いますよ。体調もすごくいいですし」
「ねえ、セラ。魔法、かけてもいい?」
「はい。お願いします」
「そんなあっさりと。内容も言っていないのに」
「平気です。お願いします。クウちゃんがしてくれることなら、わたくし、なんでも大丈夫です」
「ありがと。じゃあ、ちょっと待ってね」
スロットに白魔法と古代魔法と技能「パワーワード」をセットする。
安全地帯でなら変更は簡単だ。
まずはお試しに自分にかけてみよう。
「ヒール」
「ヒール」
「ヒール」
「ハイヒール」
「キュアポイズン」
「キュアデジース」
「リムーブカース」
「……あのクウちゃん」
「ん?」
「それって魔術ですか?」
「そだよ。魔法」
微妙に名称が違うけど、たぶん同じものだよね。
「なんの苦もなく一瞬で発動させているように見えるのですけれど……」
「そだねー」
魔法は基本的に意識するだけで発動可能だ。
魔法名を声に出せば、より確実だ。
「よし。なんにしても問題ないかな」
回復魔法も普通に使える。
「じゃあ、セラ。とっておきの解呪魔法をかけてあげるね。万が一にも呪いが残っていたら大変だし、念には念を押して」
「はい。お願いします」
「また光るけど、できるだけ秘密でお願いね。できるだけでいいから」
さすがに皇帝陛下とかには説明がいるだろうしね。
「はい。わかりました。言いません」
「ありがと。じゃあ、目を閉じて動かないでいてね」
「はい」
では。
発動。
「パワーワード」
この技能は、名前を告げて世界に願うことによって、次に使用する魔法の効果を倍増させる。
10分に一度という使用制限はあるけど効果は凄まじい。
「我、クウ・マイヤが世界に願う。
我に力を与え給え」
よし。
ぐっと魔力が高まった。
「発現せよ」
古代魔法の欄から究極回復魔法を選択。
集中ゲージが現れる。
「集中せよ」
集中ゲージを頑張って100まで上げていく。
心が乱れると失敗するので、しっかりと意識を研ぎ澄ませる。
よし、たまった。
「解放せよ」
あとは魔法の名前を言葉に出して、発動させるだけだ。
「エンシェント・ホーリーヒール」
天から降り注いだ光が柱となってセラを包む。
エンシェント・ホーリーヒールは、範囲内にいる者のHPを全快して、同時にすべての状態異常を回復する。
パワーワードを重ねれば、通常では時間回復を待つしかない戦闘不能ペナルティや罠解除失敗による呪いも打ち消す。
詠唱が長くてMP消費が激しいので、古代魔法のお約束で実戦向きの魔法ではないけど効果は最強だ。
「よしっ! これでいいねっ! カンペキっ!」
「……ありがとうございます。……ますます体が軽くなりました」
「よかったよかった」
これで後顧の憂いなし。
「じゃあ、行くね。また10日後に」
「はいっ! お待ちしていますっ!」
「ぐへっ」
銀魔法をセットして『飛行』したら、大袋の重さに負けて潰れた。
我ながら変な声を出してしまった。
「クウちゃんっ! 大丈夫ですか!?」
「へ、へいきだよぉ……」
仕方がないので『浮遊』で行くことにした。
こちらは速度が出ないけど、重くてもそれなりに浮いてくれるのだ。
アイテム欄のことは、セラ以外には秘密にしたい。
食料は、もう少し離れてから、こっそりと収納するつもりだ。
「クウちゃーん! いってらっしゃーい!」
「またねー。セラー」
こうして私は、ちょっとカッコよくなく、頑張って重い荷物を担ぎながら大宮殿を浮かび去るのだった。