894 秋の日のこと、放課後
「マイヤさん、今日は午後の授業も呆けずに聞くことができましたね。大変に結構です。その調子で頑張るように」
「はい。ありがとうございます」
普通に起きていただけで先生に褒められてしまいました。
私、異世界の学校で落ちこぼれをしています。
こんにちは、クウちゃんさまです。
というわけで。
バーガー大会の翌日。
無事に1日の授業をおえて、下校の時間となった。
「んー!」
私は思いっきり背伸びをして気持ちを切り替える。
私は自由になった。
11月となって日暮れの時刻も早くなったけど、それでも放課後の時間にあれやこれやとすることはできる。
貴重な青春の一時。
無駄にすることはできないのだ。
「クウちゃん、かえろー」
アヤが声をかけてくる。
「あ。今日はごめんー。ちょっと学内を散歩してから帰るよー」
「そうなんだー。何か見るものあるの?」
「秋の景色を、ちょっとね」
「そっかー。じゃあねー」
興味はなかったみたいで、アヤは帰っていった。
私は1人になる。
今日は、お店に置いてきたファーのことも気になるので、『飛行』の魔法で一気に帰ろうと思ったのだ。
フラウがいるから問題はないと思うけど。
誤作動をしているといけないし。
そう。
学校では、成績不振で落ちこぼれな私なのですが……。
工房では、一流なのです。
アイテムも売れまくりの人気職人なのです。
で、人気のない廊下の踊り場で……。
壁をすり抜けて、ふわりと浮かんで外に出たのだけど……。
改めて見れば、学院の広い庭はけっこう色づいていた。
石畳の歩道や噴水の広場のまわりには、黄色や赤色の葉を広げた樹木をいくつも見ることができた。
秋の景色だ。
ちょっと歩いてみようかな、と思った。
私は庭に着地して、『透化』の固有技能を解いた。
思えば最近は、いろいろと忙しくて、のんびり歩くこともなかった。
たまにはいいよね。
歩いていると、威勢の良い声が聞こえる。
庭に隣接した野外の訓練場からだ。
騎士科の生徒たちが、放課後にも剣の訓練をしているのだ。
大変だねえ……。
いよいよ始まる野外研修は、騎士科の生徒たちにとっては大切な試験の場だ。
それがおわれば、さらに2学期の順位戦がある。
騎士科の生徒は常に競争なのだ。
のんびりしている暇は、ほとんどないのだろう。
「ぬおおおおお! ぐはっ!」
む。
知っている男子生徒の、限界に近いような怒号が聞こえた。
行ってみると……。
片手に剣を構えた清楚な公爵令嬢のメイヴィスさんが、自分より遥かに巨体の獅子男たちを痛めつけていた。
渡り廊下から様子を見ると、メイヴィスさんに気づかれた。
「あら。クウちゃん」
「やっほー」
私は気楽に手を振った。
「こんな時間にこんなところに来るとは珍しいですね。クウちゃんも訓練に来たのですか?」
「私はただの散歩ですよ。秋の景色を楽しんでいました」
「それは風情があって素晴らしいですね」
獅子男たちに休憩を命じて、メイヴィスさんが私に近づいた。
獅子男は、その名をギザ・ロ・ザナド。
騎士科の1年生。
入学試験の時から大いにイキりまくっていたヤツなのだけど……。
運悪くメイヴィスさんに気に入られて……。
今ではすっかり、仲間共々、メイヴィスさんの舎弟だ。
「メイヴィスさんは、頑張ってるみたいですね」
「ギザは一学期の順位戦で負けていますからね。次も醜態を晒されては、わたくしの名誉に関わります」
ギザは一学期の順位戦で2位だった。
スタミナが尽きたところを狙われて、負けてしまったのだ。
「ところでクウちゃん……。ちょっとこちらに……」
急にメイヴィスさんが声を潜めて、私を渡り廊下の隅に連れて行った。
何事と思えば、
「昨日のバーガー大会で、アリーシャに何かありましたの? 今日のアリーシャは明らかに様子が変でしたけど」
「あ、いやー。えっとぉ……」
私は返答に困った。
アリーシャお姉さまとトルイドさんのことを、どこまで言っていいのか、わからなかったからだ。
なにしろ、昨日の今日のことだ。
遠からずメイヴィスさんの耳には入るとしても、それを先に私が言ってしまっていいのかは別問題なのだ。
「それは、うん。お姉さまから聞いてください」
「悪いことでもありましたか……?」
「うーん。いいことだとは思いますよー」
「ならいいですけど。力になれることがあれば、クウちゃんの方からでも、わたくしに声をかけてください」
「はい。わかりました」
「実は、昨日も思わず特訓をしてしまって。わたくしも、バーガー大会の観戦に行けばよかったです」
「あはは。あ、もしかして、ギザも野外研修に出るんですか?」
「ええ。当然です」
「そかー」
ここで私は、ふと思うことがあった。
アンジェはメイヴィスさんの推薦で、騎士科の先輩とパーティーを組んで野外研修に行くことになった。
ギザは、今や推しも押されぬメイヴィスさんの舎弟筆頭。
そして……。
ひとつのパーティーにつき、学年ごとに参加できるのは2名まで。
「ちなみに、なんですけど……。ギザとアンジェって、もしかして同じパーティーだったりしますか?」
「ええ。当然、同じパーティーですよ」
うわぁ。
「今年の1年生の中で、前衛としてのギザと後衛としてのアンジェリカの力は突出しています。組ませない道理がありません。圧倒的な成果を出してくれるとわたくしは確信しています」
「それは、まあ……。そうですね……」
それについては納得できるけど。
…………。
……。
アンジェ、ご愁傷さま……。
野外研修の前に、胃を壊して潰れないようにね……。
まあ、うん。
そうなっても治してあげるけど……。
「もちろん、アンジェリカを男性の中に放り込むつもりはないので、その点はご安心ください。5年生は2人とも女生徒です。1人はアンジェリカと同じ寮生、もう1人は武闘会で活躍したネスカ・F・エクセラさんです。2人とも優秀なので問題はないと確信しています」
「おお……。ネスカ先輩も組むんですね」
ネスカ先輩は、帝都で道場の師範代をしている。
しっかりした人だ。
しかも格闘の達人で、かなり強い。
圧縮させた無属性魔力を解き放つ残像が生まれるほどの加速技には、私でも目を見張るものがあった。
ネスカ先輩に、ギザに、アンジェか。
能力で選んだとはいえ、個性的なパーティーになったものだ。




