893 秋の日のこと、午前編
大変だったバーガー大会がおわって、私には日常が戻ってきた。
大会の翌日。
朝、起きると、ちょっと肌寒い。
小さく身を震わせつつ、手早く身支度を整える。
防御魔法をかければ寒さは凌げるけど、私は普段の生活では、できるだけの普通を求めている。
だから使わないのだ。
2階のリビングに降りると、すでにフラウとヒオリさんとファーがいた。
3人は今の私の家族だ。
「ニクキュウニャーン」
「にゃ~ん。おはよー」
ファーは、今まではアイテム欄にしまっていたけど――。
待機状態中に自動的に魔素を取り込んで魔力補充することが判明したので、今は出したままにしている。
そろそろ挨拶は、一般向けなものに変えようかな。
にくきゅうにゃ~んは身内向けだ。
昼間は、フラウとエミリーちゃんと一緒にお店にいるしね。
ファーは、それなりに仕事も覚えてくれた。
言われたことしかできないのが難点だけど、言われたことは失敗しないので、なかなかに有能だ。
フラウとヒオリさんと3人で朝食をいただく。
ヒオリさんは食事をおえると、すぐに学院に出かける。
私は、生成の仕事だ。
最近、妙に需要のある女性向けバッグを作る。
バッグは、生成リストに乗っているままの規定品なんだけど、前世の人気ブランド品によく似ている。
すなわち、高級感があってオシャレ。
使用する素材も、ウェーバーさんに頼んで揃えてもらった、信頼できる品質の高級素材だ。
価格は金貨5枚から。
すなわち、最低でも約50万円の値札を付けている。
ふわふわ工房はどこに行くのだろうね。
私にもわからない。
学校には、姿を消して空を飛んで、さくっと向かう。
我が家から帝都中央学院へは、普通なら馬車で行く距離だけど、飛んでしまえばあっという間に到着だ。
「みんな、おっはよー!」
元気に教室に入った。
「おはよー」
「おはよう、クウちゃん」
挨拶の後、女の子たちの輪の中にいたアヤが話しかけてくる。
「クウちゃん、昨日のバーガー大会には行った?」
「うん。少しだけー」
「クウバーガーは食べた? クウちゃんのバーガー!」
「私じゃないけどねー」
本当は私だけど。
秘密なのだ。
クラスの子たちも、けっこう行っていたようだ。
バーガーのことだけではなく、審判者マリーエ様や料理人のトルイドさんのことでも盛り上がっていた。
マリーエ様は……、まあ、うん、マリーエ様なので、やむなしだけど。
トルイドさんはイケメン貴公子として注目を集めたようだ。
お姉さまも今頃は、クラスで同じような話を、まるで他人事のように聞いているのだろうね、きっと。
休み時間になると、レオがうざ絡みしてきた。
「よう、クウ。おまえ、まだ生きてたのか」
「生きてるに決まってるでしょ。なんなの」
「おまえ、クウバーガーの具材にされちまったのかと思ってたぜ。俺も食ったけどアレは美味かったぞ」
一瞬、蹴りかけた。
我慢した私、偉い。
「……で、なに?」
「ふふー。ついに俺のパーティーメンバーが正式に決まってな。おまえにも教えてやろうと思ったのさ」
「それって、今度の野外研修の?」
「おうよ」
椅子に座ったままの私の前で、腰に手を立てたレオが偉そうにうなずく。
「けっこうギリギリまで決まらないものなんだね」
「騎士科とか魔術科だと、将来もかかってるし、けっこう熾烈な引き抜き合戦もあるみたいだしな」
「へー。そうなんだー。大変だねー」
「ちなみに俺のメンバーだけどよ。5年生は、なんと、武闘会にも出た騎士科のブレンディ先輩とマキシム先輩なんだぜ! すげーだろ!」
これはまた懐かしい名前が出た。
その2人は私も知っている。
うちの工房で以前に剣を買ってくれたことがある。
ブレンディ先輩は、アンジェとのデートを賭けて武闘会に出て、あっさりと負けてしまった先輩だ。
マキシム先輩は、中央騎士への就職を目指して武闘会に出て、あっさりと負けてしまった先輩だ。
2人ともあっさりだったけど、アレは相手もわるかった。
なにしろ、メイヴィスさんとブレンダさんだったし……。
武闘会に出られるだけで、実は優秀なのだ。
「よくそんな人が普通科のレオと組んでくれたね」
「俺にはゴブリン退治の実績があるからな。あと、うちの親父とブレンディ先輩の親父が友達でな」
「あー。なるほどねー」
家のつながりか。
「さらにすげーのは、ついに昨日、ブレンディ先輩が、魔術科の2年生の水魔術師を口説き落としてパーティーに入れたんだぜ。水魔術師だぞ。回復役だぞ。これはもう勝ったも同然だよなっ!」
「そかー」
まあ、うん。
冒険者パーティーにおいて、水魔術師の役割は大きい。
いるといないでは大違いなのだ。
レオが大喜びするのは、ある意味では当然か。
「昨日もミーティングしたんだけどよ、他のメンバーも超優秀で、これはもう勝利は間違いなしだったな! 俺ら、もしかしたら、学院史上最高評価で野外研修を突破しちまうかもな! 滞在先の村にも最速で到着して、他の連中の獲物がなくなるくらいに魔物を狩りまくる予定なんだぜ!」
なんか、うん。
すべてが悪い方向に進むフラグに聞こえてしまうのは……。
私の気のせいだろうか。
まあ、うん。
気のせいだよね、きっと。
ブレンディ先輩たちも、頑張ることだろうし。
「ま、頑張ってね。怪我はしないようにね」
そっけなくだけど、クラスメイトとして義理で応援はしてあげた。
私は、窓の外に目を向けた。
見事な秋空だ。
朝と夜は、さすがに冷えるけど……。
まだ昼なら、それなりに暖かい。
私は参加しないけど――。
野外研修は、きっと、楽しい旅になることだろう。




