887 閑話・セラフィーヌは見ていた
試食の時間がおわりました。
お姉さまを始めとする審査員の方々が退場して、闘技場の特設ステージでは再びの模様替えが始まりました。
机と椅子が片付けられて、金の刺繍が入った立派な赤い絨毯が敷かれ、帝国旗が飾られていきます。
わたくし、セラフィーヌはその様子を、高い場所にいる特別観戦席から見下ろしています。
料理人がバーガーを作って、審査員が試食する。
今回は、そうした大会でした。
正直、見ているには単調かな、とも思っていたのですけれど……。
勢いがあって止まらないクウちゃんの実況に押されて、気がつけばおわっているくらいの楽しさでした。
料理人の皆様もすごかったですけれど、クウちゃんもすごかったです。
わたくし的には、クウちゃんの勝ちですね。
はい。
間違いはありません。
いつでもクウちゃんは勝つのです。
クウちゃんこそがまさに、クウちゃんだけにクウ、すなわち、この世界の真理そのものなのですから。
ただ、バーガー大会としては、クウちゃんは参加者ではないので、クウちゃんが優勝することはありません。
「あの、お父さま。ひとつ、よろしいでしょうか?」
別室で難しい話をしていたお父さまとナオさんは、試食の時には観戦室に戻ってきていました。
お父さまは、わたくしのとなりに座っています。
「どうした、セラフィーヌ」
「この大会でサンネイラのトルイドさんが優勝すれば、それでお姉さまとの婚約が決まるんですよね?」
「セラフィーヌ、公式にはまだ始まってすらいないことを、外の場で口にするものではない」
「……はい。すみませんでした。そうですね」
それは、そうでした。
わたくしは反省して、うつむいて……。
となりの席に座っていたマリエちゃんと目が合いました。
「マリエちゃん」
「はい、なんですか、セラちゃん」
「今の話は忘れてくださいね?」
「え? なんのことですか? ごめんなさい。私、クウちゃんになっていたから聞いていなかったよ」
「ならいいのです」
わたくしが納得すると、マリエさんの向こうにいたユイさん――いいえ、今日は変装しているのでユイナちゃんでした――が、
「ねえ、セラちゃん、クウになってって、どういう意味なの?」
と、にこやかにたずねてきます。
「そ、それは……。その……」
い、言えません……!
マリエさんの言葉に、思わず当然のように納得してしまいましたが……。
クウちゃんイコール、呆けていた、なんて……!
まるで、それじゃあ、わたくしがクウちゃんのことを、いつも呆けている子だと思っているみたいです……!
そんなことは……!
はい。
クウちゃんは、たまにポケッとしているだけで……。
断じて……。
いつもしているわけではないのです!
わたくしが困っていると、エリカさんが呆れた声で言いました。
「ユイナ、そんなわかりきったことを聞いてどうするんですの。クウといえば何も考えていないの代名詞でしょう」
「なるほどー。そかー」
クウちゃんの真似をしつつ、ユイナちゃんが納得します。
ここでクウちゃんの魔道具で改変された声が会場に響きました。
「お待たせしました! それでは! ついに! 審査結果を発表させていただきたいと思います! 発表していただくのは本大会の実行委員長にして皇太子! カイスト殿下であります!
また本日は、私の実況にお付き合いいただき、ありがとうございました! また機会があれば、よろしくお願いします!」
観客に一礼して、クウちゃんこと白いローブ姿の謎の実況者さんは闘技場から通路に入りました。
いい実況だったぞー、と、拍手と共に声が飛びます。
入れ替わりでお兄さまが姿を現します。
颯爽とマントを翻すその貴公子然とした立派な姿に、さらに会場の拍手と歓声は大きくなりました。
お兄さまがステージの台座の上に立つと、続いて審査員たちが現れて、お兄さまの脇に並びます。
もちろん、そこにはお姉さまもいました。
その後で、4名の料理人がステージに登場しました。
4名は、お兄さまの前に並びます。
ハラデル男爵、バンザ料理長、トルイドさん、シャルロッテさん。
みんな、緊張した面持ちです。
最初にお兄さまは、今回の大会の感想を述べました。
素晴らしい腕前、最高のバーガー、そのどちらも見ることができて、大変に素晴らしい時間であった、と。
「――大会は、実にハイレベルであり、まさに全員が最強のバーガー、その形を示してくれたわけだが。
しかし、競技である以上、優勝者は1名である」
お兄さまの声が競技場に広がります。
緊張の一瞬です……。
果たしてトルイドさんは、将来のわたくしの義兄になるのでしょうか。
いえ……。
「今回は、5名の審査員による得点の合計のみで勝者を定めた。その他の要素は一切加わっていないことを明言する」
そういえば話では、勝ち負けには関係なく、満足できる勝負ができたかどうかが問題でしたっけ……。
でも、とはいえ、勝った方がすっきり話は進みますよね。
「それでは、発表する! 優勝者は――」
お兄さまがいいところで言葉を切って、目の前にいる4人の料理人のひとりひとりに目を向けていく。
わたくしはお姉さまのためにも、トルイドさんの勝利を願いました。
「5人の審査員全員が満点の10点を出し――。
計50点を記録した――。
この人物である!」
お兄さまが大げさな仕草で伸ばした手を、ただ1人に向けます。
その人物は――。
「バンザ・ベーグル!」
残念ながら、それはトルイドさんではありませんでした。
わたくしたちにいつも料理を作ってくれている、大宮殿の料理長です。
彼は、名前を呼ばれた瞬間――。
体を震わせつつも、姿勢を正しくて一礼します。
「君を、最強バーガー決定戦、その優勝者と認定する! では、審査員を代表してドン・イワッチ氏に総評をお願いする」
この後、鍛冶の町アンヴィルの長老ドン・イワッチ様が、バンザさんのバーガーに満点を入れた理由を語りました。
それを聞きながら、わたくしはお姉さまに目を向けます。
お姉さまは、落胆する様子を見せず、身を正して美しく立っています。
さすがです。
トルイドさんの様子も同じでした。
そんな時でした。
「やっほー、マリエ!」
いきなり大きな声と共にクウちゃんが現れて、わたくしのとなりにいたマリエさんの腕を掴みました。
「うわっ! クウちゃん! どうしたの……?」
「ごめん! 来て! 急用! いいこと思いついたんだー!」




