882 閑話・学院生マンティス・グリーンの応援
私の名は、マンティス・グリーン。
帝都中央学院の騎士科5年に在籍する男子生徒である。
特技は、蟷螂鎌首流武術。
蟷螂の名の通り、カマキリの動きを模した武術である。
鎌を持って戦う二刀流の武術だが、無手での戦いも得意としている。
カマキリ。
私は親しい友人からはカマと呼ばれているが、それは私にとって、この上もない名誉なことなのである。
さて、私は今、最強バーガー決定戦の会場に来ている。
一緒にいるのは私が学院の卒業後に所属することが決まった冒険者クラン『ボンバーズ』の先輩方。
これから命を預けることになる仲間でもある。
私は、ゆくゆくは蟷螂鎌首流武術の道場を継ぎ、カマキリの極意を後世に伝えたいと思っているが、未だ腕は未熟。
まずは冒険者として生活し、腕と度胸を磨きたいと思っている。
しかし、そんな先輩方の表情は暗い。
「姉上ー! どうされたのですかー!」
クランリーダーであるボンバー先輩が会場に向かって声を上げる。
我々の眼下、特設のステージには――。
大会の参加者の1人、三角巾とエプロンの似合う成人女性シャルロッテ・シャルレーンさんがいた。
彼女は、ボンバー先輩の実の姉。
バーガー製作の腕を買われて大会に参加した。
庶民の店からの参加だ。
それは、極めて栄誉なことに違いなかった。
ただ今、シャルロッテさんは、何故か、ぴくりとも動いていない。
いや、正確には――。
まるで柳のようにゆらゆらと揺れている。
私はそこに、何か奥義のようなものを見なくもなかったが……。
それは気のせいだろう。
何故ならシャルロッテさんは武術家ではない。
会場では、他の3人の参加者が、素晴らしい腕を披露して、バーガー製作をどんどん進めていた。
「おおおっと! 皆様、空中の映像を御覧ください! 今、大宮殿料理長のバンザ氏が見事な手さばきでソースを作っております! 様々な色のハーブやスパイスが混じり合っていくその様は、まさに創世! これは創世のソースと呼んでも、もはや差し支えないのではないでしょうか!」
マイクを手にした白いローブの女性が、ノリノリで実況を進めていく。
ローブを羽織っているので顔は見えないが――。
体格といい、アップテンポな語り口といい、それは以前にパーティーを組んだ空色の髪の少女のものに似ていた。
ただ、声質は異なる。
なので別人だろうが。
私はふと、その少女、マイヤのことを思い出した。
彼女は普通科の生徒だったが、水の魔術の腕前はまさに天才的だった。
私は学院で、ボンバーズで、いくらかの水の魔術師は見てきたが、マイヤほどの才能の持ち主はいなかった。
ふ。
惜しいものだ……。
彼女が仲間になれば、さぞかし冒険は楽になっただろうが――。
彼女は一応、冒険者として登録はしているものの、本格的に冒険者として活動する気はないようだった。
決まったクランに所属する気もないらしい。
マイヤは普通科の生徒として、地味に平和に、悪目立ちすることなく学院生活を送りたいと言っていた。
故に私は、今度の野外実習でマイヤを誘うことも遠慮しておいた。
ネスカやヤマちゃんも同じだった。
おっと、いかん。
今は、マイヤのことを思い出している時ではなかった。
我らがクランリーダー、ボンバー先輩の姉上の応援をしなくては。
「しかし、いったい、どうしてしまったんすかね、シャルさんは……。たしかにいろいろと煮詰まってはいたようっすけど……」
タタ先輩が困惑してつぶやく。
「頑張れー、シャルさーん!」
「いけいけー!」
「美味いバーガー、作ってくれよー!」
「姉上ー! ハッピーの心ですぞー! ハッピースマイル! ハッピースマイルで元気を取り戻すのですー!」
ボンバーズの先輩たちが、どんどん声援を送るが――。
シャルロッテさんからの反応はない。
時間は過ぎていく。
このままでは、不味い……。
なんとかシャルロッテさんに、活力を取り戻していただかねば。
シャルロッテさんにはお世話になっている。
いつも格安で、美味しくて肉たっぷりなバーガーをごちそうになっているのだ。
お金に余裕のない私にとっては、まさに助け神のような存在だった。
このまま何もせずに負けて、恥を晒させるわけにはいない。
しかし、どうする……。
考えて、私は思った。
シャルロッテさんは、勢いに乗りやすい人だ。
良くも悪くも、すぐに流される。
実際、ボンバー先輩がハッピーにハマった途端、影響されてお店を黄色に塗り替えてしまった。
「先輩、皆でコールを送りましょう」
私はボンバー先輩に言った。
「コールですか?」
「はい。ハッピーコールです。ハッピーを、届けましょう」
「……そうですね。それはいい考えかも知れません」
「僭越ながら、このマンティス、先導させていただきます!」
「わかりました。頼みますよ、カマ君」
「はい!」
私は立ち上がった。
心を、無へと、野生へと変える。
目覚めさせるのだ。
我が根源を!
カマキリパワーを!
「かまきりぃぃぃぃぃ! ぱわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
うおおおおおお!
燃え上がれ、緑の情熱!
「ハッピィィィィィィィィィィィ!
かまぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は叫んだ。
そして、大きくを腕を降って、そのリズムに合わせて、ただひたすらに魂のカマコールを繰り返した。
「カマ! カマ! カマ!
カマ! カマ! カマ!
カマ! カマ! カマ!」
そんな私の様子を見て、ボンバー先輩が後に続いた。
その様子を見て、次々にボンバーズの仲間たちも立ち上がった。
やがて「カマ」コールは――。
大きなひとつのかたまりとなって、会場を包んだ。
シャルロッテさんは、最初、ぼんやりと、そんな私たちのことを見ていた。
しかし、やがて。
我々の声は届いた!
「……みんな、ありがとう。こんな私を、カマってくれて」
シャルロッテさんが、頬に流れて一筋の涙を拭う。
そして、顔を上げた。
「私、やるよ! カマだけに、結果なんて、おカマいなくの精神で! きらめく輝きをバーガーに乗せて!」
「うおおおおお! 姉上ー! カマ魂を、見せてやってくださいー!」
ボンバー先輩が叫んだ。
「うん! 任せて! お姉ちゃん、やるよ!」
おおおおおおお!
その声を聞いて、ボンバーズの仲間たちが大歓声を上げた。
会場の皆さんも応えてくれた。
時間は、かなり過ぎた。
でもシャルロッテさんなら、やってくれるはずだ。
私は満足して席についた。
カマを届けることができて、本当によかった。
カマ。
やはり、カマキリパワーは最強だ。




