881 閑話・マリエはいつも通り
『バーガー対決! 開始!』
クウちゃんの大きな声が聞こえて、会場がまた盛り上がりました。
あー。
いよいよなんだねー。
と、私、マリエは、豪華な椅子に姿勢正しく座りつつ思いました。
『さあ、開始と共に4者――3者が一斉に動き始めた!
制限時間は40分!
無駄なことをしてしまえば、一瞬で過ぎてしまう時間であります!
果たして、選手たちは、どのように動くのか!
おおっと!
最初に動いたのはハラデル選手!
迷わずひき肉を手に取ったぁぁぁぁ!
対するトルイド氏とバンザ氏は、まずはバンズの選定をするようです!
今回、バンズについては、帝都の名店より選び抜いた品を10種類、用意させていただいております!
それぞれのバンズには、それぞれの特徴がある!
どのバンズを選ぶか!
それもまた勝敗の大きなカギとなるでしょう!』
クウちゃんの声はいつもとは違って、とても大人っぽいです。
まるで別人のように聞こえます。
ヒオリさんとフラウさんが開発した魔道具の効果だそうです。
ただ私はクウちゃんが実況をすると知っていますし、なによりこのしゃべり方はクウちゃんのものです。
なので、わかるけど。
ちなみに今、私がいるのは闘技場の特別室です。
闘技場を一望することができて、今回の料理大会の特設ステージにも近い、とてもいい場所です。
同じ部屋には、皇妃様とカイトス皇太子殿下、セラフィーヌ殿下。
さらに、お忍びの御二方……。
聖女ユイリア様と薔薇姫エリカ様がいます。
はい。
もういつものことなので、なんかもう、諦めているのですけれど……。
なぜか私は連れてこられました。
そして、部屋の隅っこで、微笑みを絶やさず、静かに座っています。
奥義発動中です。
ちなみにオルデさんとは、カフェでお別れしました。
エリカ様とは、いつかまた会いましょうと握手を交わしていました。
2人は気が合ったようです。
私もそのタイミングで帰りたかったです。
皇帝陛下とナオ様は、となりの部屋に移動しました。
大会はそっちのけで難しい話をするようです。
「ふふ。闘技場を見なくても、クウちゃんの実況だけで、だいたい状況がわかるのが楽しいですね」
「そうですね。さすがはクウです」
「いつでも元気いっぱいで、羨ましい限りですの」
紅茶と軽食の置かれた部屋の真ん中のテーブル席で、皇妃様とユイリア様とエリカ様が微笑みを交わしています。
ユイリア様は、大通りでギャーギャー騒いでいたユイナちゃんと同一人物とはまるで思えません。
悠然と構えて物怖じすることなく、皇妃様と対等に会話しています。
人間って、くるっと変われるものなんですね……。
『さあ、2選手がバンズの選定をする中――。ハラデル選手が早くもひき肉をこねてパティの製作に入った! お。呼ばれているので行きたいと思います! どうされましたかハラデル選手!』
『観客よ、見よ! 我が奥義を! これぞ、究極のパティ成形技! フライング・ミックス・ミート!』
『おおおっと! 早くも大技が炸裂するようです! 皆様、空中に投影される魔法のスクリーンを御覧ください!』
わー!
観客がまた沸きます。
「マリエさん! 奥義だそうですよ! これは見ないと損ですよ! 早くこっちに来てください!」
闘技場を見下ろせる内側の席にいたセラちゃんが、明るい笑顔で振り向いて私に呼びかけます。
「いえ、私は結構です」
私は笑顔でお断りさせていただきました。
私の奥義は残念ながら、通じていなかったみたいです。
「どうしてですか?」
「だって内側にいたら、顔を見られちゃいますよー」
知り合いに見られたら大変です。
説明のしようがありません。
すると、カイスト皇太子殿下までもが私に言います。
「安心しろ。ここは高い場所だ。普通に座っていれば、観客から顔を見られる心配はたいしてない」
私としては、たいしてというところに不安を感じますが……。
殿下に言われては断れません。
「で、では……。失礼します、セラフィーヌ殿下……」
私は仕方なくセラちゃんの横に座りました。
「マリエさん、わたくしには、いつも通りでいいですよっ!」
「気楽にしろ」
皇太子殿下にまで言われました。
「は、はい……」
仕方なくうなずいたところで、空中に映像が広がりました。
クウちゃんの魔法『ライブスクリーン』ですね。
私も詳しくなってしまいました。
『ほっ! ほっ! ほっ!』
ハラデル男爵が、まるでお手玉のように、何個ものひき肉の玉を見事な手際で空中へと放り投げます。
『言っておくが、これはただの芸ではないぞ! 適切な空気と適切な柔らかさを求めた最適解としての自然回転なのだ! 言うなればこのひき肉は今、世界の力を借りて美味へと変化しているのだ!』
おー。
ハラデル男爵の技には、思わず私も見とれました。
特に最後。
まな板の上に落とされたパティが、ぺちょり、と、潰れて、丸い綺麗なパティの形になっていく様には感動しました。
『これはすごい! 落下によって、手で整えることなくパティが出来上がる! まさにこれは世界の力か! 世界のパティか! 世界のパティが今! 私たちの目の前にその姿を現したのです!』
『見たか! 我が肉技に、向かうところ敵なしである!』
ハラデル男爵が、ひき肉のついた手を高々と掲げて、歓声に応える。
「ねえ、マリエさん」
「はい。なんですか、セラちゃん」
「勝負をしましょう」
「え」
いきなり何を。
「大丈夫ですよ。お金や何かを賭けるわけではありません。ただ単に、誰が勝つのかを予想してみませんか?」
「はい。それなら……」
「マリエさんは、誰が勝つと思いますか?」
「えっと……。そうだなぁ……。やっぱり今のハラデル男爵かなぁ」
「そうですか」
セラさんが不敵に微笑みます。
「セラちゃんは、別の人だと思うの?」
「ええ」
「誰ですか?」
「もちろん、クウちゃんです」
セラちゃんは堂々と、宣言するように言いました。
なるほど。
そうですね。




