880 選手たちの意気込み!
「さあ、今! 満員の観客が見守る闘技場のステージに、ついに最強のバーガーを作り描く選ばれし料理人たちが揃った! それでは早速ですが、意気込みを語ってもらいましょう! まずは――」
ここで私は迷った。
普通なら、こういう場合は、もっともキャリアの低いシャルさんから語ってもらうところなんだろうけど……。
三角巾にエプロン姿のよく似合う元気が取り柄のシャルさんは、今、ほとんど生きる屍と化していた。
マイクを渡して……。
大丈夫だろうか……。
ヤマスバとか叫んじゃわないだろうか……。
と思っていると、ハラデル男爵と目が合う。
すると男爵が手を伸ばしてきたので、そのままマイクを渡した。
「諸君! 本日はよくぞ集まってくれた!
我こそが料理の賢人、タベルーノ・フォン・ハラデルである!
今、我らが帝国は、まさに料理新時代を迎えようとしている!
長らく険悪であった東側諸国との関係が改善され、今、帝国には次々と東側諸国の料理が流れてきている!
ジルドリア王国の名物料理である、エリカリータ!
さらにはリゼス聖国より、かの聖女ユイリア・オル・ノルンメストが愛する米を中心とした料理群!
そんな中、我ら料理人は更に腕を磨き、それら新しい料理に負けぬよう、帝国料理を次の段階へと高めているのである!
バーガーは、まさに、その最たるものである!
本日は、帝国を代表する東西の食の都、ハラヘールとサンネイラの対決という側面もあるにはあるが――。
それだけではない!
帝国料理の真髄を、皆に見せるため、我らはここに集ったのである!
皆の中には、すでに料理の賢人であるこの私が、料理の賢人を決めるこの場にいるのはふさわしくないと思う者もおるであろう――。
しかし!
故にこそ! 料理新時代であるからこそ!
私はあえて、この場に立つのである!
さあ、皆!
本日は刮目して見よ!
そして、知るがよい!
今、帝国で空前のブームを巻き起こしているバーガーの!
その最強の姿を!
伝説の美食家ク・ウチャンの名の許に!」
わあああああああ!
観客は大いに盛り上がった。
私も拍手した。
さすがはハラデル男爵。
なんかよくわからないけど、とにかくバーガー大会に、すごい意味があるような気がしてきた!
会場が熱気に包まれる中、次にマイクを握るのは、ニヒルな中年男性、大宮殿料理長のバンザ氏だった。
「……皆さん、初めまして。私はサンネイラの出身、現在は大宮殿にて料理を任されております、バンザと申します」
バンザは、低い声で静かに語る。
その声に合わせて、会場もまた静まった。
「皆さんはご存知でしょうか……。
この世界には、ただひたすらに美食を目指す、そんな組織があることを。
私は恥ずかしながら、知りませんでした……。
その組織とは、美食ソサエティ。
伝説の美食家ク・ウチャンが主宰する、秘密の組織です。
私はこの大会に参加するに当たり、実はある旅人から興味深い話を聞き、いくらかの休日をいただき――。
戦いの前、その真実の一端でも知るため、旅に出ました。
それは帝国の中南部。
岩と土の広がる何もない不毛の大地に、ぽつんとありました。
美食の塔――。
それは、初代ク・ウチャンが建てたとされる、年代測定も不能な、どう建てたのかもわからない――。
まさに、神秘としか言えない、天に届くような塔でした。
そこに描かれていたものは――。
まさに今日、最強バーガー決定戦をク・ウチャン様が主宰した、その理由を明確に物語るものでした。
料理人よ。
これから料理人を目指す者よ。
そんな君たちに、私は、この言葉を送ろう――。
美食の真理を求める者よ――。
荒野の中、遙かなる美食の塔を求めよ。
汝に資質あらば、偉大なる始祖の意思をそこに見るであろう。
それ即ち、美食の真髄なり」
バンザ氏の静かな語りが、会場に響いた。
いったい、彼は何を語っているのだろうか……。
私には、わけがわからなかったけど……。
深い深い意味はありそうだった……。
バンザ氏の話は、それでおわった。
私はマイクを受け取る。
まばらな拍手が会場からは起きた。
拍手の中、私はふと、夏休みのとある1日のことを思い出した。
それは、新獣王国の新獣王都を整地するに先立って、帝国の荒野で整地の練習をしていた時のことだ。
その日、私は練習の〆として、ひとつの塔を建てた。
うん。
その塔は、美食の塔。
そう名付けて、なんとなくク・ウチャン一世の石碑も置いた。
うん。
ハンザ氏が言っているのは……。
もしかしたら、その塔のことなのかも知れないね……。
…………。
……。
まあ、いいか。
私は気にしないことにした!
さあ、次はトルイドさんだ。
トルイドさんはいったい、何を語るのだろうか。
「サンネイラから来ました。トルイドと申します。
若輩の身ではありますが、こうして選ばれた以上、全身全霊の力で最強のバーガーを作ろうと思います。
そして、まずは審査員の方に笑顔になっていただきたいと思います」
トルイドさんの挨拶は短かった。
先の2人があまりに独特だったために、なんとなく拍子抜けはしたけど、これが普通だろう。
会場からも普通に拍手が起きた。
「では最後に……。シャルロッテさん、お願いします」
私は、ちょっとドキドキしながらシャルさんにマイクを渡した。
シャルさんは何を語るのか。
シャルさんはマイクを手に取ると、その視線をぼんやりに虚空に向けて、ぼんやりとこう言った。
「くうちゃんだけに……。くう……」
私は一瞬、呆けた。
やがて我に返った。
なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
なんでそこでクウちゃんだけにが出てくるの!
せめてヤマスバにしようよ!
幸いにも、会場はざわめかしくて、シャルさんのつぶやきは、ほとんど聞こえていない様子だった。
「ありがとうございましたぁぁぁぁぁ!
これにて、参加者の挨拶をおわらせていただきます!
いよいよ決戦です!
皆さん、試合中には売り子も会場を歩きますよ!
販売物は、大会特製のバーガーです!
バーガーを食べて、お腹に楽しく料理対決を御覧ください!
バーガーは最高ですよね!
バーガーは、素晴らしいものですよね!
いえーい!」
私は話を流した!
全力で!
かくして、対決は始まるっ!
美食の塔はこちらです⇒744 練習。塔。そして伝説へ……。




