877 クウちゃんさま、自己弁護する
謝ってから、私は不意に、自分の正当性に気づいた。
「ちがうのー! ナオ、ちがうのー!」
「なにが?」
ナオの声が冷たい!
「私は、誰でも彼でも蹴っているわけじゃないのー! ボンバーだけなのー! それにはちゃんとした理由があるのー!」
「どんな?」
ナオの目も冷たい!
私は懸命に、今までの経緯を語った。
ボンバーが一方的に私に惚れて、私のことをエンジェルとか言って気持ち悪く接近してきたこと。
他の女に気が移った後も、いちいち筋肉を見せつけてくること。
蹴っても蹴っても、見せつけてくること。
私も困り果てていたのだ。
うん。
可愛い女の子の、可愛い完全なる正当防衛なのだ。
私は悪くないっ!
「そかー」
「そかーはいいから! わかってくれたよね!?」
「多少は」
「多少じゃなくて、しっかりわかってね!? だいたいあいつはギャグ属性だから蹴られてもいつも平気で――」
私が懸命に訴えていると――。
ほら。
どこからともなくボンバーが戻ってきて、私たちの間近でそれはもう楽しそうにマッスルポーズを決めた。
「お待たせしました。貴女のボンバー、只今戻りました。クウちゃんさん、今日の蹴りはいつもより強烈でしたねっ! この私も思わず、遠い世界に吹き飛ばされてしまうところでしたぞ!」
「ほらー!」
私はナオに同意を求めた。
「クウちゃんさんは、そちらのカメさんとはお友だちなのですよね?」
「まあ、そうだけど……」
ボンバーに聞かれて、私は仕方なくうなずいた。
聞くまでもなく、カメさんとはカメのリュックを背負ったナオのことだろう。
「ふむふむ。なるほど」
ボンバーは考えて、納得して、それからこう言った。
「クウちゃんさんは、私たちがクウちゃんさんを誘わずにハッピーしていたから思わず嫉妬してしまったのですね」
うぐ。
まさかボンバーごときに図星をつかれるとは!
「ふふ。さすがはクウちゃんさん、お可愛らしいですね」
ボンバーに笑われたぁぁぁぁぁぁぁ!
許せん。
蹴る。
今度こそ戻ってくれないくらい遠くに飛ばしてやる!
と思ったけど……。
ナオがじっと見ている。
ユイも戻ってきた。
「クウー! なんてことするのー! 人を蹴るなんて良くないよー!」
戻ってくるなり、ユイまで私を非難してきた。
「はっはっは! 大丈夫ですよ、ユイナさん。クウちゃんさんの蹴りには常に愛があるので、ダメージにはならないのです」
「まあ、うん。愛があるならいいけど」
何故かユイは納得した。
何故!?
あるわけないよね、そんなもの!
「ラブ・アンド・ハッピー! 素晴らしいですね!」
「実際、この大男の体には、クウちゃんさまの防御魔法がかかっていたのです。なので飛ばしただけなのです」
踊るボンバーは気にせず、ユイナちゃんの肩にいた白いフェレットのリトがため息混じりに言った。
「そうなんだ?」
意識していなかったので、私は思わずたずねた。
まあ、うん。
もちろん、ボンバーを殺すつもりはなかったから……。
その意識が作用したのかも知れない。
「本当に。どうしてクウちゃんさまは、いつもいつも、怒りの沸点がシャボン玉のように低いのですか。パンパンパンパン破裂して。ユイナちゃんの迷惑も考えろなのです。マリエの元で100年修行しろなのです」
「ごめんねー。短絡的でー」
リトをつまみ上げて、ヨシヨシしてやろうと思ったところで……。
ふむ。
私、思う。
よく見れば、脇にマリエがいた。
ニコニコしている。
目が合うと、ハッと驚いた顔をされた。
「マリエ、ごめんね。またもや迷惑をかけちゃって」
「クウちゃん、さすがだね。この私の空気の極意を見破るなんて」
「ねえ、マリエ。どうしてこんなことになったの?」
「クウちゃんが蹴ったからだよね?」
「その前だよー。ボンバーと、あっちの子」
「あ、うん。それはね……」
ちなみにエリカとオルデは、私たちの騒ぎを無視して、カフェのオープンテラスでお茶を楽しみ続けていた。
その動じない心。
さすがのお嬢様力と言わざるを得ないだろう。
私はマリエから簡単に事情を聞いた。
ボンバーはなんと、普通に歩いているだけだった。
普通に他人としてすれ違ったところを、ナオがいきなり背中から服を掴んで止めたのだそうだ。
「どうしてそんなことしたの?」
私はナオにたずねた。
「クウの匂いがした」
「え」
「それで話を聞いたら、なんと」
「なんと?」
「一度はクウと愛を紡いだ仲だというので、話を聞くことにした。そうしたらハッピータイムになった」
…………。
……。
「……ね、ねえ、ナオ」
「なに、クウ」
「私の匂いって、どんなのかな……?」
ボンバーの妄言よりも、むしろ私はそちらが気になった。
「言葉にするのは難しいけど……。あえていうのなら、大自然の息吹。ほんのわずかだけど感じた」
「そかー」
「セラフィーヌを始めとした、クウの友達からも感じる」
私の魔法を受けているから、だろうか。
たぶん、そうだろう。
ボンバーに魔法をかけた記憶はないけど……。
先程の蹴り飛ばしの件が事実ならば、今まで無意識にかけてきたのだろう。
それこそ、何度も。
「ちなみに私には、よくわからなかったよ。修行不足だねぇ」
ユイが言う。
「自然の息吹を感じることは、獣人独特の知覚なのです。ユイが気にすることはないのです。ナオは中でも特に優秀なのです。かすかな残滓なんて、普通は感じられるものではないのです」
「それを聞いて少しだけ安心したよー」
たまにリトも良いことを言ってくれるね!
みんなに匂う匂うとか言われたら、正直、たまらない。
「ねえ、クウ」
「どうしたの、ユイ」
「ちょっと匂いを嗅がせて?」
「えー」
「ね、お願い」
「……いいけどさぁ」
くんくん。
くんくん。
ユイに匂いを嗅がれた。
恥ずかしい……。
そんなことをしているとタタくんが走ってきた。
「申し訳ないっす! ボンバーが騒いでいると聞いて飛んできたっす! 本当にご迷惑をおかけしたっす!」
ボンバーは、ボンバーズのメンバーに連れて行かれた。
ボンバーズは、シャルさんの応援をするために、これからみんなで闘技場に向かうのだそうだ。
ボンバーは、名残惜しそうに手を振るけど……。
愛するマイハニー、オルデのことには気づいていない様子だった。
すぐ横のカフェにいるのにね。
まあ、うん。
エリカと2人でいるオルデは、まさにお嬢様。
今の騒ぎも完全に無視して、2人で美しい時間を過ごしている。
本人に見えないのは仕方ないか。
とりあえず私からは、変な匂いはしていないようだった。
よかった。




