876 奪われたキタイ!? クウちゃんさま、錯乱す!
ユイとナオの居場所は、強烈な魔力反応で簡単にわかる。
私は、いつものように姿を消して空を飛んで、一気に現地へと向かった。
場所は大通りの一角、人通りの多い場所だった。
エリカも当然ながら近い場所にいた。
私はまず、極めて冷静に、エリカに目を向けた。
エリカは、大通りぞいのオシャレなカフェのオープンテラス席で、優雅にお茶を楽しんでいた。
同じテーブルに着いているのは、いかにもお嬢様な出で立ちの、エリカより少し年上で10代後半の女の子――。
私はそれが誰かを知っている。
オルデ・オリンス。
以前、私が、不幸な事故でトリスティンに連行しちゃった子だ。
とはいえ……。
どうしてエリカと一緒にいるのか。
それがわからない。
2人には、接点なんて、何もなかったはずだけど……。
2人は、親しげな様子で談笑している。
まるで友人みたいだ。
まあ、うん。
考えてみれば、エリカとオルデは似ている。
2人とも、お嬢様への憧れが強い子だ。
エリカは今では、お嬢様どころか薔薇姫の名を持つ大国の王女だけど。
気が合うのは自然だろう。
それに、うん。
はい。
正直、エリカとオルデのことは、気持ちを落ち着けるために、一応、冷静に確認しただけことだ。
正直、私的にも、どうでもいい……。
本命は、うん。
大通りの広々とした歩道にいる、ユイとナオの2人だ。
私はあえて、まずは目を逸した。
しかし、エリカの様子を確認した以上、次はそちらに目を向けるしかない。
私はおそるおそる……。
2人に向き直った。
そこには、驚愕すべき光景が広がっていた。
いくらかの通行人が足を止めて、そのパフォーマンスを見ている。
私も見る。
「ハッピー! ハッピー! ハッピー! ちゃっちゃ!」
「ハッピー。ハッピー。ハッピー。ちゃっちゃ」
ユイの弾んだ明るい声と、ナオの平らな無感情な声が、2人の手拍子と共に抜群のリズムで重なっている。
その音頭に合わせて、2人の目の前には黄色い服の男がいた。
長身で筋骨隆々とした若い男だった。
うん。
はい。
ミハエル・シャルレーンさんこと……。
ボンバーですね、わかります。
なぜか、大通りでは……。
ボンバーが、ユイとナオの音頭に合わせて、マッスルポーズを満面の笑顔で決め続けていた。
「ハッピー! ハッピー! ハッピー! ちゃっちゃ!」
「ハッピー。ハッピー。ハッピー。ちゃっちゃ」
楽しそうだ。
ナオの銀色の耳が、ぴこぴこと動いている。
ボンバーの筋肉が躍動していた。
ユイは楽しさのあまり、今にも光のオーラが漏れ出しそうだ。
「ハッピー! ハッピー! ハッピー! ちゃっちゃ!」
「ハッピー。ハッピー。ハッピー。ちゃっちゃ」
ああ……。
私はなぜか、その輪の中にはいなくて、1人、姿を消して、宙に浮かんで、ただその光景を見ている……。
ハッピーのリズムは、どこかキタイに似ていた。
ナオ……。
私にはキタイしてくれないのに……。
会ったばかりに違いないボンバーには、ハッピーしちゃうのね……。
ハッピー、ハッピー、ハッピー。ちゃっちゃ。
ハッピー、ハッピー、ハッピー。ちゃっちゃ。
私はリズムに合わせて、心の中で悲しくつぶやいた。
いったい、何がどうなれば、こんなことになるのか。
ナオとボンバーが出会って、ハッピーの踊りが始まるというのか。
意味がわからない。
ただ、ひとつだけわかることは……。
私の気持ちだ。
私は思う。
許せん。
ボンバーのヤツめ……。
私からナオのキタイを奪うなんて……。
あれは、私のなのに……。
私のなのに……。
この時、不意に、私の中で、何かの糸が切れた。
ぷちん。
と。
ああああああああああああああああああああああああああああああ!
許さん!
許さんぞおおおおおおおおおおおお!
「うおおおおおおおおおおお!」
私は蹴った。
ボンバーを蹴った。
「ぬおーーっ!」
突然の出来事に、ボンバーは変な声をあげた。
私は気にしない。
ボンバーの姿は、空の彼方に消えた。
「ハ、ハッピーさーーーーーーーん!」
ユイが反射的に、飛んでいったボンバーの後を追って、まさに光の勢いで大通りを駆けていった。
「ふう」
私は、汗は流れていないけど、気持ちよく額を拭った。
私はすっきりした。
ボンバーはギャグ要員だ。
死ぬことはないだろう。
うん。
大丈夫、平気だ。
「クウ」
ナオの平坦な声が聞こえた。
「やっほー」
私は笑って答えた。
「どうして、いきなり? ハッピーさんには敵意があった?」
ナオの赤い瞳がじっと私のことを見つめる。
「あ、いや。そういうわけではないけど」
あはは。
「なら、どうして?」
「それは、えっと」
「ハッピーさんに、どんな罪があったの? 私はクウが無闇に暴力を振るう子でないことは知っている。理由を教えて?」
「えっとね……。あの、お約束というか……。うん。あいつ、本当はボンバーって言うんだけどね、いつも蹴ってるの。蹴るのがお約束なの。だから、ね。いつも通りにというか、なんというか」
あはは。
「クウ」
ナオの赤い瞳が、ずっと私を見ている。
「は、はい……」
「暴力をお約束にしてはいけない。それは、よくないことだ。私たちが、絶対にしてはいけないことだ」
う。
「……はい。……ごめんなさい」




