874 閑話・オルデ・オリンスの新しい友人
私をせせら笑う貴族の青年たちを前にして、私、オルデ・オリンスは正直なところ後悔していた。
今日はお祭り。
いきなり開催されることになった最強バーガー決定戦の当日だ。
最初は、え、なにそれ……。
と思ったものだけど、大会前から帝都は大いに盛り上がって、たくさんのお店が便乗してバーガーを売り出した。
大通りにはお祭りの飾りつけがされて、雰囲気も良い。
他の町からも、わざわざこの最強バーガー決定戦に合わせて、多くの観光客が帝都を訪れていた。
私が思った以上に、バーガーを愛する人は多いようだ。
私もせっかくなので、今日はお祭りの雰囲気を楽しむことにした。
朝から久しぶりに上等な服を着た。
最近はモッサ先生の指導の元、我ながら随分とお嬢様っぽい立ち振舞ができるようになったと思う。
バーガーの綺麗な食べ方も練習した。
今日は、お忍びのお嬢様気分で、町を歩こうと思ったのだ。
で……。
中央広場で、貴族の青年たちに責められる親子を見つけた。
その親子は、明らかに帝都の市民ではなかった。
服装が貧相だし、身だしなみも悪い。
多分、どこかの村から最強バーガー決定戦の見学に来たのだろう。
それで浮かれて、子供が姫様ドッグを手に持ったまま、貴族の青年にぶつかって服を汚したようだ。
思わず私は、助けに出てしまった。
お嬢様モードで、気持ちが大きくなっていたのだ。
トリスティン王国のお城で、あーだこーだ偉そうにしゃべった成功体験も影響していたのだろう。
ただ、今回は、背中に最強の存在がいてくれるわけではない。
私は1人だった。
つまりは、どうにも出来ないということだ。
ただ、それでも私は、一応はお嬢様に見えたようで……。
最初は警戒されて、丁寧に接せられた。
正直、そのまま嘘をついて、どこかの貴族令嬢を演じれば、トラブルは解決できたのかも知れない。
だけど私は、正直に庶民の娘だと答えた。
モッサ先生から、そう教えられたからだ。
私のお嬢様モードは、まだ未熟。
自白すれば簡単に、庶民だと思われてしまうレベルのものだった。
そして、私は今……。
汚れた服代を弁済できないなら、代わりにおまえの服をよこせ、と言われて貴族の青年たちに笑われている。
私にはわかる。
惨めに謝れば、それで彼らの怒りは収まる。
許してもらえるのだろう。
私を大いにバカにして、彼らは去っていくはずだ。
なにしろここは帝都。
しかも、そのど真ん中の中央広場だ。
いくら貴族の青年でも、こんなところで騒ぎを起こせば問題になる。
ただ、バカにされるのは悔しい。
私にも意地はあるのだ。
モッサ先生にも、心だけは常にまっすぐにと教えられた。
なので……。
この勝負、受けてやろうと思った。
「わかりました。それで許していただけるのなら、私の服は差し上げます」
脱いでやろうと思った。
「おいおい。やめとけ。そんなこと、できるわけねーよな」
「いえ、大丈夫です。どうせ庶民なので」
私はにっこりと笑って見せた。
青年が、明らかに動揺した顔をする。
ははっ!
ざまぁみろ、だ。
当然ながら、庶民といっても、公衆の面前で服を脱ぐのは恥ずかしい。
しかも、せっかく頑張って着飾ったのに。
惨めではある。
だけど、それがもっとも効果的な攻撃だ。
自爆攻撃でもあるけど……。
私は服のボタンに手をかけた。
その時だった。
「あらあら。面白いことをしていますのね」
と――。
余裕のある笑顔を見せながら、シンプルなベージュのワンピースを着たどこかのご令嬢が歩いてきた。
もう、うん。
一目見て、これこそが本物のお忍びのお嬢様だとわかる。
笑顔も出で立ちも、私とは格が違う。
「彼女がボタンを外したら、このわたくしが証言させていただきますの。皆様が公衆の面前で彼女に卑劣な行為を強要した、と」
「そ、それは……」
「失礼だが、どちらの方で? 貴女にも見覚えはないが」
青年の1人が警戒してたずねる。
「あら。皆様に見覚えなど、あるはずはないでしょう。わたくしは、どちらも何もない普通の庶民の娘ですの」
嘘だぁぁぁ!
思わず私は心の中でツッコミを入れた。
彼らも同様なのだろう。
青年たちがお互いの顔を見合わせる。
「さあ、皆様、彼女の心意気に答えてあげてはいかがですか? 度量のあるところをわたくしにもお見せください。そもそも、その程度の汚れ、洗浄の水魔術で簡単に落とせますわよね」
結局……。
貴族の青年たちは、現れた真のお嬢様に歯向かうことなく、今度から気をつけろと言い残して、その場を去っていった。
真のお嬢様は、しゃがんでいた親子を優しく立たせると――。
これで姫様ドッグを買い直しなさい、と小銭を子供に与えて、その親子をその場から立ち去らせた。
私は感動した。
カンペキだ。
私がしたかったお嬢様の立ち振る舞いが、そこにはすべてあった。
そのお嬢様が、ぼんやりしていた私に笑顔を見せた。
「お疲れ様でした。勇気ある行動でしたの」
「あ、いえ……。あの……。ありがとうございました、お嬢様!」
「なにを言っていますの。わたくしは庶民ですの。今日はおめかしをして散歩をしていただけですわ」
「そんなバカなこと……。ないですよね……?」
「ありますの。ほら、ここに」
私は迷った。
いや、うん。
たぶん、冗談で言っているだけだろう。
ただ、一応、念の為、もしそうだったらすごいことなので、私はおそるおそるながらもたずねてみた。
「ホントに……? 貴女、私とおんなじなの……?」
「ええ」
…………。
……。
「ね、ねえ……。もしもそうなら、私と友達になってくれないかな?」
「わたくし、まだ12歳なので、貴女より年下ですよ」
「年齢なんていいよ! 正直ね、感動したの! 貴女、最高にお嬢様だった! 最高で最強だったよ!」
「……それなら構いませんけれど」
「私ね、オルデって言うの! お嬢様目指して特訓中なんだー! 庶民だけどねー心だけはってことで!」
「わたくしは、エリカと申しますの」
「へー。他の国の王女様と同じ名前なんだねー。いいねー」
「ありがとうございます」
「私は帝都の住民。貴女はどこの人なの?」
「わたくしはよそから、今日は帝都の観光に来ましたの」
「へー! あ、ならさ、私が案内してあげるよっ!」
私はエリカの手を取った。
「友人も一緒ですけど、よろしいですか?」
見れば、少し離れたところに、2人の女の子がいた。
銀色の髪の獣人の女の子と。
柔らかい物腰の、なんだかどこかでみたことのあるような女の子だ。
「もちろん、いいよっ!」
「なら、お願いしますの」
「うんっ! ねえ、エリカって呼んでいい? 私のことも、オルデって呼び捨てでいいからさっ!」
こうして私には、新しい友人――。
ううん。
お嬢様モードの、お手本のような先輩ができたのだった。




