873 閑話・マリエのお出かけ
こんにちは、私、マリエです。
今日は朝から、ユイナちゃんとナオさんとエリカさん――変装してお忍びな3人と帝都の観光です。
今日は、最強バーガー決定戦の開催日。
各地からたくさんの人が集まって、帝都は朝から賑やかです。
すでに多くのお店が開いて、それぞれにバーガーを売ったり、帝都土産をあれやこれやと売り込んでいます。
「帝国は平和ですわね」
私と並んで歩くエリカさんがポツリと言いました。
「王国も平和ですよね?」
エリカさんのジルドリア王国は、帝国と張り合えるほどの大国です。
栄えていると聞きます。
「ええ。今はなんとか。去年は、各地で暴動が起きたりして大変でしたけれど」
「そうなんですかぁ……」
「帝国には、そういう話は流れてきませんの?」
「はい。私は初めて聞きました」
「そうですか」
それは本当のことです。
他国の話なんて、庶民の耳にはそんなに入ってきません。
少しは入ってきますけど。
エリカさんのことなら、10歳の時に国中をあげての盛大な誕生祭を開いたということですね。
最近なら、新獣王国のこととか。
凄まじい強さで領土を奪還して新生を果たした、とか。
新生獣王軍を率いる戦士長ナオ・ダ・リムは一騎当千の強者で、その力はソード様にも匹敵する、とか。
その戦士長のナオ・ダ・リム様は、私が聞いた話では、若くて素敵で超イケメンな男の人ということでしたけど……。
本物は今、ユイナちゃんと一緒に、私とエリカさんの前にいますね。
カメの甲羅のリュックを背負った同い年の女の子です。
まあ、はい。
私のところに流れてくる噂は、その程度の正確さです。
「気楽な散歩って最高だね! なんか走りたくなっちゃうね! ねえ、ナオ、少しだけ走っちゃおっか!」
「了解。カメは走る」
「うんうんっ! 今時のカメは走れるよねー!」
ナオさんが、ユイナちゃんと2人で、楽しそうに駆け出しました。
私はポケっとその光景を見送って……。
ハッと我に返りました!
いけません!
ユイナちゃんが駆け出すなんて、学院祭の悲劇再びのフラグです!
どうせまた前を見ずに、何かにぶつかります!
「ユイナちゃん! 町で走っちゃ駄目ー!」
「あははー! 平気だよー! まずは中央広場に行くんだよねー! まっすぐでいいよねー! 迷子にはならないよー!」
「そういう問題じゃなくってー!」
私の伸ばした手は、むなしい空回りです。
もちろん放ってはおけません。
「待ってー!」
私は追いかけることにしました。
ああっ!
ユイナちゃんとナオさんの前に、脇道から出てきた荷馬車がぁぁぁぁ!
このままでは激突!
荷馬車が破壊されてしまいます!
「あああああああ!」
私が悲鳴を上げると……。
ユイナちゃんとナオさんが、急停止しました。
その前を、荷馬車が横切っていきます。
振り返ったユイナちゃんが得意顔でポーズを決めます。
「いえーい! あははー。ねえ、マリエちゃん、びっくりした? また私、馬車にぶつかると思っちゃった? 今のは、ちゃーんと来ているのがわかって、ちょっとやってみたのでしたー!」
「どっきり成功」
ナオさんも振り返って指でVサインです。
無表情ですが、ピクピクと動く銀色の獣耳が可愛らしいです。
「もー! 心臓が止まると思ったよー!」
「2人とも、はしゃぎ過ぎですの。大人のすることではありませんわね」
エリカさんが呆れて言います。
「私、まだ12歳だよ? 子供だよね?」
ユイナちゃんはキョトンとしますけど――。
「立場をお考えなさい」
エリカさんがピシャリと言ってくれました。
本当にその通りです。
まあ、うん。
2人は自国では常に人目に晒されて落ち着く暇もないそうなので、浮かれてしまうのはわかりますけど。
その後は、何事もなく中央広場に着きました。
まずは、姫様ロールと姫様ドッグをみんなで楽しく食べる予定です。
帝都のお約束ですよね!
今日はお祭りなので、朝からオープンしていますし!
朝なので、まだ混み合っていませんし!
さすがは私。
カンペキで隙のない計画なのです!
ただ……。
騒動は、私のカンペキな計画とは別のところで起きるようです。
状況は、一目見て、だいたい理解できます。
どうやら小さな男の子が、貴族の青年たちにぶつかって、姫様ドッグをぶつけてしまったようです。
足元に姫様ドッグが散らばっていました。
青年の服には、赤い汚れがあります。
お母さんが男の子を抱きかかえて、しゃがんで震えていました。
外から来た親子なのでしょう。
帝都では見ることのない色や柄の服装でした。
そして、その2人を、綺麗な服を着たご令嬢がかばっているようです。
青年の笑い声が響きました。
「はははは! 聞いたか、皆! どこのご令嬢が出しゃばってきたかと思えば、ただの庶民の娘だと!」
「そう言ってやるな。淑女の練習とは立派なものではないか」
「どこで使うんだよ、それ」
「さあな」
私は、実は庶民の娘というそのご令嬢に、見覚えがありました。
昨日、モッサを先生と呼んで、門下生の人たちと一緒に、バーガーを綺麗に食べる練習をしていた子です。
「とにかく、皆様からすれば些細なことでしょう? 恫喝などせず、笑って許してあげるくらいの度量を見せてはいただけないかしら」
女の子が物怖じすることなく、堂々とした態度で言います。
その姿は、まさにご令嬢です。
「駄目だな。このガキのせいで、俺は、皇帝陛下までいらっしゃる、この後の予定が遅刻になるんだぞ。許せどうこうより、まずは責任を取るのが筋だよな。せめて衣服代くらいはよこせ」
「貴方の服は高価すぎて、この方に払えるわけがないでしょう」
「なら、おまえが立て替えろ」
「残念ながら、先程も申し上げましたように、私は庶民の娘です。そこまでのお金なんてありません」
「なら脱げ。おまえの高そうなその服で勘弁してやるよ」
わはははは。
と、青年たちが笑います。
…………。
……。
私は、うん、諦めました。
だって、ユイナちゃんたちは立ち止まって……。
じっと、その話を聞いています。
さっきまでの浮かれた顔がどんどん消えていって、ものすごく怖くなっていくのがわかります……。
やがてエリカさんが言います。
「本当に、ほっとしましたわ。こういうのは王国だけではありませんのね」




