87 楽しいおしゃべりは続く
「ねーねー、クウ。大きなベッドねー。みんなで寝られそう」
アンジェがベッドの縁に腰掛ける。
たしかに私の部屋のベッドは、11歳で子供な私が寝るだけのものなのに、普通にダブルのサイズがある。
「せっかくだし泊まってく?」
「いいの?」
「うん。おじいさんがいいって言うなら歓迎するよ。一緒に寝よー」
「やった! 聞いてみる!」
「クウちゃん、わたしも!」
「いいよー。オダンさんがいいって言ったらね」
「わ、わたくしもお泊りしたいです! ちょうどバルターがいるので伝言しておけば問題ありませんっ!」
「……セラは、大丈夫?」
立場が立場だけに。
「平気ですっ! どうせ帰っても部屋にいるだけですしっ!」
とりあえず聞きに戻ってみた。
「おう、いいぞ。クウちゃん、エミリーのこと、悪いが一晩だけ頼むな」
「うん。任せといて」
オダンさんは二つ返事でオーケーだった。
「オダンさんはどうする? 2階に泊まってもらってもいいよ?」
「宿を取っちまったからな。もったいないから俺は宿に行くよ。明日の朝一番に迎えに来させてもらうよ」
「りょーかーい」
意外なことにバルターさんもあっさりとオーケーをくれた。
「奥様からは、クウちゃんと一緒なら好きにしてよいと言われております」
「そなんだ」
「いずれにせよ今夜は、屋敷に人の出入りが多いのです。逆に屋敷に居ない方が問題は少ないという話もありましてな」
セラには秘密があるもんねえ。
光の魔力っていう。
まだ当分は隠しておきたいみたいだし。
「それにしてもバルターさんはすごいぞ、クウちゃん。商売に詳しくってなぁ、さっきから感心することしきりだ」
「いえいえ。オダン殿の行商人としての創意もたいしたものです」
「私もひとっ走り聞いてくるわね! みんなが泊まるなら、私も絶対に泊まる!」
アンジェが赤い髪をなびかせ、外に走り出ようとする。
「待って、アンジェ」
「どしたの、クウ?」
「これを着て」
「うん。わかった。なんで?」
私が渡したローブをアンジェは身につける。
その上で緑魔法をかけてあげる。
「身体強化」
「なにこれ! 力が湧き出してくる! クウの魔術なの!?」
「速度を出しすぎてぶつからないようにね」
「ありがとう! 行ってくる!」
まさに風となってアンジェは出て行った。
元気だねー。
「魔術ってすごいんだね」
その背中を見つめて、エミリーちゃんがつぶやく。
「……ねえ、クウちゃん。今の、わたしにもできるようになる?」
「これからの勉強次第だね」
「わたし、がんばる」
エミリーちゃんは黄色の光を持っている。
すなわち土属性だ。
身体強化は、できるようになるんじゃないだろうか。
もっとも属性的に、速度重視じゃなくてパワー重視になりそうだけど。
「ところでお元気になられたようなので、ご挨拶をさせていただいてよろしいでしょうか。賢者殿」
バルターさんが椅子から身を起こして、ヒオリさんに姿勢を正す。
「某ですか?」
「はい。実は私、かつて賢者殿に魔道具の作り方を学んだことがございまして」
「バルターと言いましたね。……ああ」
「はい。左様でございます」
バルターさんは微笑んだ。
「元気そうで何よりです」
ヒオリさんも微笑みを返した。
バルターさんの言いたいことを即座に察したのだろう。
余計なことは言わない。
「どうご挨拶をしたものか迷ってしまって。今更で申し訳ないのですが」
「気にすることはありません。承知しました」
気のせいか、ヒオリさんのしゃべり方がとても大人っぽい。
見た目は変わらないのに、なんだかゆったりと構えていて、頭のよさと懐の大きさと心の余裕を感じる。
へえ、これが学院長で賢者の顔かぁ……。
私は感心してしまった。
と思ったのは束の間で、
「ひおりん、知的! かっこいい!」
「ぎゃああああ! ダメ、ダメですううう!」
感動したゼノに抱きつかれて、ヒオリさんは悲鳴をあげた。
「吸わないってばー。感動しただけー」
「ヘルプ、ヘルプです店長ー!」
うん。
いつものヒオリさんだ。
「……あのクウちゃん、ヒオリさんはどのような方なのですか?」
セラが小声で聞いてくる。
「ただのうちの居候というか店員なんだけど、帝都中央学院の先生――というか学院長みたいだね」
「ええっ……! そうなんですか……!?」
「うん。そうみたい」
「びっくりですけど、クウちゃんといると納得できてしまうのがすごいです」
「あはは」
来年からセラたちはヒオリさんに教わるのか。
なんか不思議な感じだ。
さっきの印象からして、ちゃんと先生もできるのだろうけど。
「ただいまっ!」
赤い髪をなびかせて、アンジェが帰ってきた。
「はやっ!」
魔法をかけておいてなんだけど、びっくりの速さだ。
「おじいちゃんに許可はもらってきたから! 私も泊まるからねっ!」
「うん。りょーかい」
「クウちゃん、みんなでお泊り楽しいね」
「そだねー」
エミリーちゃんと笑い合う。
「ふう。疲れたぁ」
膝に手を当てて、アンジェが大きく息をつく。
強化魔法は解除しておく。
「紅茶を淹れてあげるね。スイーツも準備してあげる。まずはお茶会しよっか」
「俺が買ってきたモンも食ってくれよー」
「うん。ありがと」
「大人がいては邪魔でしょうし、上で楽しんではいかがですかな」
「わはは。それはそうか。エミリー、クウちゃん、俺らに遠慮せず行っていいぞ。俺らは俺らで楽しませてもらうからな。食いモンは、好きなだけ持っていっていいぞ!」
「ならば遠慮なく!」
「ボクもー!」
「やったー!」
ヒオリさんとゼノとエミリーちゃんが飛びついた。
さあ。
セラと、エミリーちゃんと、アンジェと、ヒオリさんと、ゼノと。
みんなで楽しくお茶会だ。
あれでも考えてみるとヒオリさんって大人枠?
下の組?
置いていこうかな?
と、少し考えたけど、「店長ー!」というヒオリさんの泣き声が頭の中に木霊したのでそれはやめておいた。
うん。
ヒオリさんは、めんどくさいエルフの女の子。
そういうことにしておこう。




