867 シャルさん
「うわーん! なんとかしてよ、クウちゃーん!」
「あのお……」
「もう私は駄目ですおしまいです……。いっそ殺してください……」
シャルさんの様子を見に行ったら、泣きつかれて、落ち込まれた。
「……明日は大会だっていうのに、これはどういうことですか、モスさん?」
シャルさんのお店にいたドワーフのモスさんに私はたずねた。
「いやあ、それが、な……。客にいろいろと言われ過ぎて、方向性を見失ったみたいでな……」
こんにちは、クウちゃんさまです。
季節は移り変わり、ついに11月になりました。
明日は最強バーガー決定戦です。
帝都は大いに盛り上がっております。
通りでは、たくさんのお店がハンバーガーを売って、お祭り騒ぎです。
そんな中――。
私は参加者の1人であるシャルさんのお店に来ていた。
シャルさんのお店は、ハンバーガー屋。
パティを何枚も重ねた肉厚なバーガーがウリで、食事時にはそれなりに賑わうそれなりに人気のお店だ。
ただ今日、お店は閉まっていた。
まあ、うん。
明日は大会なのだから、それについては自然だと思うけど。
ちなみにお店だけど……。
いつの間にか、黄色に染まっていた。
壁と天井が黄色に塗られて、テーブルクロスも黄色だった。
黄色い花瓶も、たくさん置かれていた。
幸いにも床は白いけど……。
どうやら「ボンバーハッピー」に多大なる影響を受けたようだ。
外の看板も黄色かった。
まあ、うん。
私はあえて気にしない。
なにしろシャルさんは、ボンバーの実の姉だ。
通じるところは多いのだろう。
ともかく私は、シャルさんに話を聞いてみることにした。
「どんなことを言われたの?」
「……肉のコネかたが悪いとか、肉の焼きかたが悪いとか、バンズが肉に合っていないとか、ピクルスが不味いとか、ソースが不味いとか」
「全部だね、それ」
「うわーん!」
「ああー! ごめんごめんっ!」
また泣いちゃったシャルさんをあやしていると、モスさんがため息をついた。
「まあ、しゃーねーわな。なにしろシャルは、並み居る料理人を押しのけて栄誉ある料理大会に出るんだ。帝国中から集まった食通や料理人が、最初から喧嘩腰で食べに来るんだからよ」
「あー。それはねー」
あるかー。
うん。
今回の最強バーガー決定戦には、告知後、たくさんの立候補者が現れた。
一流のプロも多かった。
皆、我こそが、『料理の賢人』に相応しいと名乗りを上げたのだ。
美食ソサエティとか、料理の賢人とか……。
私がテキトーにでっち上げた架空のものなんだけど……。
私が賢人に認定したハラデル男爵が大いに喧伝して……。
そこに、陛下や皇妃様が乗っかった結果、もはや取り返しがつかないほどにそれは存在することになっていた。
うん。
私もあきらめて、きっと、美食ソサエティは世界のどこかにあるんだろうと思うことにしている。
ク・ウチャンも、きっと、どこかに本物がいるのだろう。
ともかく……。
残念ながら希望者は1人も参加できていない。
検討はしたんだけど、人数を増やすと審査が難しいし、なにより観客の視線が散漫になってしまう。
なので今回は最初から決まっていた人だけにしたのだ。
すなわち――。
食の都ハラヘールの現当主、料理の賢人ハラデル男爵。
食の都サンネイラの次期当主、若き英才トルイドさん。
帝国最高の権威、大宮殿料理長バンザさん。
そして、シャルさん。
この4人だ。
この中で、普通にお店を開いているのは、シャルさんだけ。
そりゃ、来るよね。
参加できなかったプロの人とか、食通な人とか。
「私も迂闊だったよ。ごめんね、シャルさん」
「もう私、むりー! おうちかえるー!」
「シャルさんのおうちはここだよー。それとも実家かなー」
「うわーん!」
どうしたものか。
くまったね。
「……じゃあ、大会は棄権する?」
「しません」
「やるの?」
「だって、万が一にも偶然にも奇跡的にも何かの弾みで運良く勝てれば、私、すごいことになるよね? 料理の賢人だよね?」
「ちなみに、大会で作るバーガーは決まっているの?」
「……シャルバーガー・フォー」
「ふむ」
シャルバーガー・スリーは以前に食べたことがある。
バンズに長芋と大根を挟んでホワイトソースをかけた異色のバーガーだった。
フォーというからには、その進化系なのだろうか。
それとも完全に別のものだろうか。
「……食べてみる?」
シャルさんが上目遣いで聞いてくるけど――。
「うーん。それは無理かな」
私は断った。
「どうして?」
「だって私、運営側だし。大会前日にアドバイスはできないよ」
さすがに。
「……助けに来てくれたんじゃないの?」
「様子を見に来ただけかな」
「うわーん」
「モスさんがいるでしょー」
私はモスさんに目を向けた。
「いや、まあ、な……。当然、協力はしているのだがな……。どうもシャルには奇抜な発想が多いというか、な……」
「なるほど」
大根と長芋をパティの代わりにするくらいだしねぇ。
「……ねえ、クウちゃん」
「なぁに、シャルさん」
「実は、シャルバーガー・フォー、まだ未完成なの。どうしても何か、最後のひとつが足りないの。私ね、もはやこれまでかも知れないの。だからね、もう泣くしかないの。だからお願い。助けて?」
「頑張ってね」
私はニッコリと応援した。




